第4話「初恋と拳銃」
朽ち果てた
無言で銃を撃ち合う中で、二人は確実に共犯者だった。
そして、すぐに弾は切れ、お城での二人は終わった。
「なあ、四季音……いいのか? これ、捨てても」
その手には、ホールドオープンのまま固まったベレッタM93Rがある。もはや翔太は、隠そうともせずそれを手に握っていた。
夕暮れ時の河原に人影はない。
背を向けた四季音の気持ちだけが確かだ。
今、完全に翔太は二人の世界しか見えていなかった。
「翔太、銃は弾が切れれば銃ではなくなってしまうんです。だから、再び弾を込めるか、それとも……銃であることをやめ、関わる者たちも銃としての認識を停止させる」
「まあ、弾は手に入らないと思う。
目の前に巨大な鉄橋が迫っている。
その鉄橋の下へと入って、四季音は振り返った。
熱い斜陽の日差しを浴びて、翔太は四季音を真っ直ぐ見詰めて話す。
「この銃は多分、真っ当なものじゃない。手にした瞬間から正義のヒーローにもなれないし、政府の陰謀にも巻き込まれないし」
「それでも、どうやらその銃にまつわるなにかがあって、人が死んでるんですよね」
「……あ、やっぱりダメだったんだ、あの人」
「さっきネットのニュースで見ました」
この銃が発見されたのは、なんの変哲もない自動販売機の底からだ。そして、そこでは後に謎の男が重傷で倒れ、どうやら病院で亡くなったようだ。
だが、不思議と恐怖も嫌悪も湧き上がらない。
この銃が一発の銃弾も当てずに、一人の人間を殺したのだと思った。
「ねえ、翔太。その銃……わたしに向けてみてくれませんか?」
「ん、ああ。いいよ」
「ちゃんと狙ってくださいね、わたしのこと」
「……ああ、ずっと狙ってはいたから大丈夫だ」
鉄橋の下で影になって、四季音の表情ははっきりと見えない。
だが、笑っているような気がした。
銃口を向けられ両腕を広げて、彼女は
「このまま撃ち抜きたい気分になってきた……けど、弾がない。でも……こいつのことは
「ふふ、少しキャラが変わりましたね……それに、殺し文句。素敵です」
「お前の共犯者だからな。名実ともに」
男女が愛し合ったあの部屋で、
ただ狙うでもなく、撃った。
四季音が撃つのも見て、眺めて、支えて一緒に撃った。
不思議な背徳感が奇妙な高揚感を連れてくるのを、はっきりと自覚できた。言い知れぬ興奮は、弾切れになった瞬間から今も続いている。
「四季音、やっぱり俺、お前が好きだった」
「なんで過去形なんですか?」
「競争倍率も高いし、なんか……最初から好きかどうか
「よかった、わたしもです。レールの上をなぞる生き方をやめれば、どうなるかと思ってました。でも、どうにかなっちゃうってことがわかったんです。だから」
翔太は両手で構え直して、銃の狙いをつけた。
薄闇の中で両手を広げる、四季音の笑顔に照準を定める。
弾丸はもうない。
ただ、この
もう変わっている一人と一人が、本当の二人になれる気がした。
止まった時間の中で、電車の響きが徐々に近付いてくる。
「翔太、わたしは日常に戻る気はありません。これからも、あなたとレールを脱線したい。わたしはもう……翔太のことが――」
鉄橋の上を電車が通過する。
轟音が響く中で、翔太は声を張り上げた。
ありったけの気持ちを叫んだ。
そして、電車が通り過ぎてゆく。
気付けば二人は、絶叫していた。
「好きです、翔太! 好きになりました! 唐突に恋してしまいましたっ!」
「前からずっと好きだった、みんなが狙ってるが俺だって狙ってた! かわいくておっぱいデカくて、スタイル抜群で頭もよくて――あっ……」
瞬時に二人は真っ赤になって、それで沈黙を共有し合った。
だが、あとはやることは一つだった。
銃を降ろした翔太は、それを振りかぶるや水面へと向き直る。
なにも言わずにブン投げたら、遠く遠く川の中ほどあたりで水柱が上がった。
「っし、帰ろうぜ? お、俺とお前と……その、なんだ。これからも……フッ、楽しく火遊びに踊ろうぜ。俺のかわいいスィートハニー……四季音」
決まったと思った、ドヤ顔だった。
だが、鉄橋の下で四季音は、そんな翔太を見ていなかった。格好いいと
彼女の視線は何故か草むらの奥へ注がれている。
「あ、翔太! ちょっと……なんか、ここに変な
「鞄だあ? おいおい、よせよせ。誰かがなにか捨ててったんだろう。あとは……アレとかだよ、アレ」
「アレ、とは? ……開きそうですね、この鞄」
「おい待てっ、エロ本が詰まってたらどうする! ここじゃ昔、俺が小さい頃よく……あ、いや、それより! どうしてお前はすぐそうやって!」
だが、遅かった。
大きな大きな鞄を草陰から持ち出し、四季音は歩み寄ってくる。
「ほら、この鞄……中身は、ええと……あら? まあまあ、どうしましょう。翔太、見てください」
「ああ? ……おい、マジかよ」
「マジ、ですね」
四季音が笑顔で取り出したのは、札束だった。
百万円単位で
そして、四季音の笑みが
「翔太、これは……二人の秘密、ですね?」
「え、あ、お、おう……」
「惜しいことをしました。これだけの大金があるとわかってれば、ベレッタさんを捨てずに弾薬を買えたのではないでしょうか」
「あのなー、値段の問題じゃなくて……と、とにかくっ! それちょっと貸せ、持ってやる!」
こうして二人の日常は、日常そのものを忘れてゆく。
愛の共犯者が秘密を共有する日々が、再び始まろうとしていた。
初恋と拳銃 ながやん @nagamono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます