第3話「撃鉄」

 加賀谷翔太カガヤショウタは廃墟の中を歩く。

 少し先で振り返る御統四季音ミスマルシキネは、薄明かりの中で眩しい笑顔を咲かせていた。

 放課後、二人は郊外の丘にある、とある廃屋はいおくを訪れていた。


「ね、翔太君……ですよね。私が思うに、お金持ちが趣味で建てたか、それとも実際に王様がいたか」

「や、ないから。四季音さん、ないから。あのね、ここは――」

「絵に描いたようなお城です。ねっ、翔太君!」

「……ハイ」


 外から見ると、そう……お城だ。

 メルヘンな絵本に出てくるような、城壁の内側に尖塔せんとうが並ぶ古城である。しかし、そのパステルカラーもすすけて色褪いろあせ、すでに人の出入りが絶たれて数年が経過していた。

 心霊スポットとも言われているし、夜中は無軌道な若者たちの溜まり場らしい。

 だが、午後の日差しがわずかに差し込む今は、打ち捨てられたままに寂れている。二人は今、入り口のホールから廊下に進んでいた。


「私も入るのは初めてです……前から気になってはいたんですが」

「そりゃまあ、四季音さんにはそうかなあ。俺も、残念ながら」

「お部屋がいーっぱいありますね」

「うん、まあ……ホテルだから」

「ホテル? とは」

「ここ、ホテルなんだよ。昔はさ」


 それは極めて特殊なホテルだ。

 休憩と宿泊が選べるし、誰にも会わずに利用できる。

 そう、この廃墟と化したこの場所は――


「あっ、翔太君! あそこの部屋が空いてます。見てみましょう」


 声を弾ませ、四季音が開いてるドアの向こうに消える。

 遅れて入室した翔太は、眼前に広がる光景に溜息をついた。

 内装はそのままに、調度品や電化製品のたぐいはあらかた撤去されている。目に毒なピンクの壁紙も、ところどころで破れていた。

 そんな中、円形のデカいベッドだけが残されている。


「面白いベッドですね」

「四季音さん。あのな、ここは」

「ホテルだったっていうの、うなずける話です。ふむ、なるほど!」

「う……そ、そうかもだけど、違うくて。その、するとこで」

「はいっ! 思いっきり撃ちましょうね、翔太君」


 この御嬢様、ド天然である。

 彼女は周囲を見渡し、散らかった中で壁に目をやった。

 ダーツのまとが、破れかけたポスターと一緒にぶら下がっている。

 そう、この場所は……街の隅、丘の上に建っていた恋人たちの逢瀬おうせの場所だ。今は潰れてしまったが、小さい頃の翔太はよく覚えている。

 だが、そんなことは四季音にはお構いなしだ。


「じゃあ、翔太君っ! 見ててくださいね? まず、私が撃ってみます」

「……やっぱ撃つの? なあ、四季音さん」

勿論もちろんです、翔太君。きっと、このベレッタさんが撃ち抜いて、風穴を空けてくれます。この私の、さだめられるままに走るしかない日常に」


 少し真剣な表情で、太腿の拳銃を四季音は引き抜いた。

 そして、ダーツの的へと向ける。

 その横顔は、張り詰めた緊張感に不思議な切実さがにじんて、普段から可憐な美貌を神話の域まで高めていた。

 セーラー服姿の女の子と、拳銃。

 それはどこか、背徳的なはかなさを感じさせた。

 学園のマドンナにして優等生が、翔太にだけ見せる悪徳と、その中に堕落した姿。


「……撃ちます、ね。翔太君、見ててください」

「おう」


 そして、銃声が響いた。

 次の瞬間には、目を見開いた翔太は飛び出していた。

 連なる轟音が、四季音を吹き飛ばしていたからだ。

 まるでアクションゲームのヒロインのように、片手で四季音は拳銃をブッ放した。一度の発射で、三発の発砲音。確か、三点バーストとかいう機能だ。

 銃の反動で四季音は、銃把グリップを握る手を高々とあげていた。

 そのままひっくり返りそうになる彼女を抱き止め、翔太は回転ベッドに沈んだ。


「だっ、大丈夫か! 四季音!」

「は、はい……凄い、音ですね」

「そこかよ!」

「それに、突然バババって……沢山弾が出ました。ベレッタさんは機関銃みたいです」

「そういう銃なのかもな、でも……あっ!」


 二人は同時に黙った。

 カビ臭い埃が舞う中で、翔太は四季音を抱き締めていたのだ。

 しかもそのまま、四季音は翔太の胸の上で見上げてくる。

 微かに果実のしぼられる匂いがして、それが四季音の甘やかな体臭だと気付く。火薬と硝煙しょうえんの臭いが、柔らかく鼻孔をくすぐる香りを追ってきた。

 永遠に思えるような短い沈黙が、二人を二人きりの世界に閉じ込めた。


「……翔太君。ドキドキ、してますね?」

「えっ? あ、いや、それは……そうでしょう」


 四季音は、そっと翔太の胸に触れてくる。

 自分からは離れようとしないし、翔太も何故か華奢きゃしゃな身を放したくない。


「さっき、呼び捨てしました。四季音、って」

「ご、ごめん! びっくりしちゃって、焦って……あ、ほら、凄い反動だよな! ハハ、ハハハハ……」

「翔太君、私……ドキドキしてます」


 慌てて翔太は、拳銃を握ったままの四季音の手に手を重ねる。

 トリガーの前に不思議な構造があって、金属製のレバーみたいなものが銃身から突き出ている。それを展開して、多分左手で握って安定させるのだと思う。

 だが、四季音は翔太をじっと見たまま動かない。


「翔太君……このドキドキ、ベレッタさんを拾った時より凄いです」

「よ、よかったじゃねえか」

「撃つ時、そして撃った時よりも、ずっとドキドキしてます」

「あ、ああ……ん?」

「こういうの、なんか……ふふ、物語みたいですね。ね、


 四季音はそう笑って、ようやく身を起こした。

 それで翔太も、奇妙な高揚感の中で四季音へと陶酔してゆく。まるで、飲んだこともないのに酒を痛飲したかのような錯覚。酔っていた。完全に四季音という美酒に酔い始めていた。

 立ち上がったが、二人共何故か互いの手を握る手を離せなかった。

 そして、握る手と手の中に、あの拳銃があった。


「四季音、俺にも貸して。……俺も撃つからさ」

「はい」

「その、なんつーか……俺ら、共犯者だろ?」

「ですね。一緒、ですよね?」

「うん、だからさ」


 四季音が渡してくる拳銃を受け取り、翔太も両手で構えてみる。

 それから、二人は交互にわるわる、何度も拳銃を撃った。すぐに弾切れになったが、その中で交わるようになにかが共有され、一体感が高まる。

 翔太は四季音に、ハートを撃ち抜かれてしまったと感じていた。

 それを口に出して確認する必要がない程度には、二人は初々しくもお年頃そのものな少年少女でいられたのだった。

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