第3話「撃鉄」
少し先で振り返る
放課後、二人は郊外の丘にある、とある
「ね、翔太君……凄いお城ですよね。私が思うに、お金持ちが趣味で建てたか、それとも実際に王様がいたか」
「や、ないから。四季音さん、ないから。あのね、ここは――」
「絵に描いたようなお城です。ねっ、翔太君!」
「……ハイ」
外から見ると、そう……お城だ。
メルヘンな絵本に出てくるような、城壁の内側に
心霊スポットとも言われているし、夜中は無軌道な若者たちの溜まり場らしい。
だが、午後の日差しが
「私も入るのは初めてです……前から気になってはいたんですが」
「そりゃまあ、四季音さんにはそうかなあ。俺も、残念ながら」
「お部屋がいーっぱいありますね」
「うん、まあ……ホテルだから」
「ホテル? とは」
「ここ、ホテルなんだよ。昔はさ」
それは極めて特殊なホテルだ。
休憩と宿泊が選べるし、誰にも会わずに利用できる。
そう、この廃墟と化したこの場所は――
「あっ、翔太君! あそこの部屋が空いてます。見てみましょう」
声を弾ませ、四季音が開いてるドアの向こうに消える。
遅れて入室した翔太は、眼前に広がる光景に溜息をついた。
内装はそのままに、調度品や電化製品の
そんな中、円形のデカいベッドだけが残されている。
「面白いベッドですね」
「四季音さん。あのな、ここは」
「ホテルだったっていうの、
「う……そ、そうかもだけど、違うくて。その、パンパンするとこで」
「はいっ! 思いっきりパンパン撃ちましょうね、翔太君」
この御嬢様、ド天然である。
彼女は周囲を見渡し、散らかった中で壁に目をやった。
ダーツの
そう、この場所はラブホテル……街の隅、丘の上に建っていた恋人たちの
だが、そんなことは四季音にはお構いなしだ。
「じゃあ、翔太君っ! 見ててくださいね? まず、私が撃ってみます」
「……やっぱ撃つの? なあ、四季音さん」
「
少し真剣な表情で、太腿の拳銃を四季音は引き抜いた。
そして、ダーツの的へと向ける。
その横顔は、張り詰めた緊張感に不思議な切実さが
セーラー服姿の女の子と、拳銃。
それはどこか、背徳的な
学園のマドンナにして優等生が、翔太にだけ見せる悪徳と、その中に堕落した姿。
「……撃ちます、ね。翔太君、見ててください」
「おう」
そして、銃声が響いた。
次の瞬間には、目を見開いた翔太は飛び出していた。
連なる轟音が、四季音を吹き飛ばしていたからだ。
まるでアクションゲームのヒロインのように、片手で四季音は拳銃をブッ放した。一度の発射で、三発の発砲音。確か、三点バーストとかいう機能だ。
銃の反動で四季音は、
そのままひっくり返りそうになる彼女を抱き止め、翔太は回転ベッドに沈んだ。
「だっ、大丈夫か! 四季音!」
「は、はい……凄い、音ですね」
「そこかよ!」
「それに、突然バババって……沢山弾が出ました。ベレッタさんは機関銃みたいです」
「そういう銃なのかもな、でも……あっ!」
二人は同時に黙った。
カビ臭い埃が舞う中で、翔太は四季音を抱き締めていたのだ。
しかもそのまま、四季音は翔太の胸の上で見上げてくる。
微かに果実の
永遠に思えるような短い沈黙が、二人を二人きりの世界に閉じ込めた。
「……翔太君。ドキドキ、してますね?」
「えっ? あ、いや、それは……そうでしょう」
四季音は、そっと翔太の胸に触れてくる。
自分からは離れようとしないし、翔太も何故か
「さっき、呼び捨てしました。四季音、って」
「ご、ごめん! びっくりしちゃって、焦って……あ、ほら、凄い反動だよな! ハハ、ハハハハ……」
「翔太君、私……ドキドキしてます」
慌てて翔太は、拳銃を握ったままの四季音の手に手を重ねる。
トリガーの前に不思議な構造があって、金属製のレバーみたいなものが銃身から突き出ている。それを展開して、多分左手で握って安定させるのだと思う。
だが、四季音は翔太をじっと見たまま動かない。
「翔太君……このドキドキ、ベレッタさんを拾った時より凄いです」
「よ、よかったじゃねえか」
「撃つ時、そして撃った時よりも、ずっとドキドキしてます」
「あ、ああ……ん?」
「こういうの、なんか……ふふ、物語みたいですね。ね、翔太」
四季音はそう笑って、ようやく身を起こした。
それで翔太も、奇妙な高揚感の中で四季音へと陶酔してゆく。まるで、飲んだこともないのに酒を痛飲したかのような錯覚。酔っていた。完全に四季音という美酒に酔い始めていた。
立ち上がったが、二人共何故か互いの手を握る手を離せなかった。
そして、握る手と手の中に、あの拳銃があった。
「四季音、俺にも貸して。……俺も撃つからさ」
「はい」
「その、なんつーか……俺ら、共犯者だろ?」
「ですね。一緒、ですよね?」
「うん、だからさ」
四季音が渡してくる拳銃を受け取り、翔太も両手で構えてみる。
それから、二人は交互に
翔太は四季音に、ハートを撃ち抜かれてしまったと感じていた。
それを口に出して確認する必要がない程度には、二人は初々しくもお年頃そのものな少年少女でいられたのだった。
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