みなさんが犯人です。

枕木きのこ

みなさんが犯人です

「みなさんが犯人です」


 大見得を切って三重みえさんが告げると、場にいたほかの四人は凍り付いたように表情をなくした。——ただ、三重さんの突き出した人差し指にはぐるぐると絆創膏がまかれていて、あまり格好が付かない。


 人里離れた山奥の別荘である。

 僕は両親の反対を押し切り、「仕送りもしなくていい!」と決別を言い渡して無理やりに半年前から勤めている「三重探偵事務所」の助手として、所長の彼と同伴してここまでやってきた。持ち主は富豪、御行おんこう氏である。僕は御行氏と面識がなかったが、彼らは旧友らしく、「最近の不幸の元凶、容疑者と思われる人々を集める。復讐がしたい。お前も来てほしい」と言われたと三重さんから聞き、のこのことついてきたわけである。

 

 しかし御行氏は、最初の晩餐ののち、各々が個室に戻ってすぐのころ、このリビングルームで刺殺された。胸を刺され喉を切られたその様は、筆舌に尽くしがたい表情でだらしなく舌を出していた。

 彼の手元にはそれぞれ、左手のあたりに「み」、右手のほうに「な」と、血文字が書かれており、彼はその中央にどっかりと頭を打ち付けた格好になっている。よく血文字が残ってくれていたと感嘆してしまうほど周辺は鮮血にまみれており、彼の足元には場違いとも思えるほど強く鈍色の光を放つ、凶器らしきバタフライナイフが転がっていた。


「どういうことだ!」


 と泥棒田どろぼうだ盗次とうじが声を荒らげた。


「どうも何もないですよ。彼のダイイングメッセージが示している。みなさんが犯人だ、とそれ以上でも以下でもない。——それでも聞きたいと言うのなら——泥棒田さん、あなたは先月、御行くんの家に忍び入り、壺を盗んだ張本人でしょう」

 三重さんは冷静——否、冷徹な声音で言った。

「な、なにを根拠に……」


 泥棒田の引きつった面前に、三重さんはスマフォを差し出す。そこにはいかにも貧乏らしい殺風景の家の中、泥棒田とその嫁と思われる人物が写った画像の貼られたSNSの投稿が示されていた。

「この背景、ここに在る壺が、まさしくそれだ!」

「ち、違う!」と弁明の声がむなしく響く。「たまたま鍵が開いてなけりゃあ——!」


「しかしそれとこれがどう関係あると言うのだ」

 膝をがっくりと折った泥棒田のわきから、攫升さらいます有界ゆうかいが口を尖らせて言った。


「負け犬ほどよく喚く——」三重さんはすっとスマフォをしまうと、「まるで御行くんの飼い犬のようだな!」

 と、今度は攫升を見た。


「な、なんだとう!」

「泥棒田さんが壺を盗んだ日、御行くんは自宅にいた。眠っていたのです。だが庭先で叫ぶ愛犬の声にハッとして泥棒田さんの存在に気付いた。そして警察犬としても活躍していた愛犬を放ち、泥棒田さんを追いかけさせた。もちろん御行くん本人も追いかけたが——その時、あなたが彼から離れていたその犬を誘拐したのだ!」


「な、なぜ俺が昔から犬を飼いたかったことを——!」

 攫升が愕然として後ずさりしたが、残念ながらそこまでの発言は、別に三重さんはしていなかった。


「さあ、まだまだ続きますよ! ——御行くんが自分の愛犬が連れ去られたと気付いてすぐ、彼の携帯に電話があった。非通知でかかってきたそれを、慌てた彼は勘違いし、取るなり『身代金か!』と叫んだ。すると電話口からは『——そうだ』と聞こえた。これがあなたですね、詐欺山さぎやま嘘太郎うそたろうさん」


「ええい、うるさい! あいつが勘違いしたんだ! 俺は便乗しただけだ!」


「そして消沈した御行くんを襲った最後の事件の犯人が——、傷害谷しょうがいだに殴郎なぐろうさん、あなただ。あなたはひったくりのつもりで御行くんを襲ったが、慌てて飛び出して来ていた彼は無一文だった。それで逆上して通り魔と化した——。そうですね」


「ケガさせるつもりなんてなかったんだ——!」


「さあ。これでわかりましたね」


 三重さんが眼前の阿鼻叫喚に声を向けるが、だれも返事をしないため、僕は横から、

「何がですか?」

 と率直に尋ねた。いかにも、御行氏を取り巻いていた、というか、実にある一日の数十分の内に起こった「最近の不幸」に関しては明らかにして見せたが、この度の殺人に関しては全く言及していないのだ。

 さらに言えば、三重さんは神にでもなったかのように両手を広げて悦に入っていたが、すごいのはわずかにそれだけの情報で彼らをここに招集した御行氏と言えよう。つまりこの探偵、何もしておらず、ポンコツである。


「まだわからないかね。木晴きばらしくん。つまり、御行くんは見事彼らの罪を暴いて見せたのだ。——実のところ、事前に私のもとにも依頼が来ていてね。彼らのことは私も調べてはいた。まさか的中とは思っていなかったがね」


 ——前言を撤回しよう。少なからず、僕のあこがれた探偵ではある。

 しかし。


「暴いて見せて、それからどうして殺されたのですか?」

 眼前の四人の犯罪者は、いかにも今、三重さんに謎を解かれたのが初めてのようだった。御行氏が殺されるまでの間に、が御行氏と二人きりになった記憶もなく、御行氏から罪の言及を受けた様子はない。どうにもみな、頭が回らないようだし、まさか自分が疑われて招待されたとも思ってはいまい。ということは、殺されるいわれがないように見えた。


「復讐——とは悲しいものだな」三重さんはすっと顎を引いて、目をつむった。「彼の復讐は、自殺によって完結したのさ。そしてこうして、名探偵である私に、代わりを願っていた——」


 この旅の道中、二人は古くからの友人だ、と三重さんから聞いていた。学生時代から、互いの女を取った取らない、宿題を写してやるやらないなどでよく揉めていたとか。三重さんはどうも見栄っ張りなところがあるし、ひどくいい加減だから、どこまでが本当の話かは分かったものではないが、二人はライバルとして周囲に認知されるほど、いつも喧嘩していて、一方で仲が良かった。らしい。

 その旧友に対し、華を持たせる意味もあって、御行氏はこの場に三重さんを呼んだのだ。


 ——と、本人は言っているわけだが、どうもそうは思えなかった。


「——さて。事件は解決だ。御行くんは残念ながら自殺した。このナイフは私が責任をもって警察に渡すとしよう。きっと自殺を裏付ける彼の指紋が残っていることだろう」


 そう言ってポケットからハンカチを取り出した三重さんの手を、僕は止めた。

「なんだね、木晴くん」


「待ってください。——どうでもいいことかもしれないんですけれど」

「言ってみたまえ」

 三重さんは助手の力量を推すように、柔和な顔でこちらを見た。


「御行氏は本当に自殺なのでしょうか? ——この事件の冒頭から疑問だったんです。三重さん、、ですよね?」


 御行氏の言った「最近の不幸の元凶、容疑者と思われる人々を集める。復讐がしたい。お前も来てほしい」という言い方が気になっていたのだ。彼は「容疑者」を「集める」「お前も」と言っている。別に、集めたのちにこのような解決編を任せる意図はないように思われたのだ。文脈通りに読めば、「お前も容疑者として来い」とも取れる。

 仮に自分がこういった形の「復讐」をするというのなら、わざわざそれを解決する「探偵」を呼ぶ理由がなおさらなかった。犯人同士が互いに疑心暗鬼になって警察を呼び、そこでみなが断罪されるほうがいいに決まっている。警察を呼ばず散り散りになった場合のために、きっと今日ここにこのメンバーが集うことを、僕らのほか、だれかに言っているに違いない。

 あるいはだれにも言わず、文字通りの「復讐」を成し遂げるほうが、ずいぶんとスマートだ。


「それは君が行間を読めないだけさ」

 説明をすると、三重さんはそう言って肩をすくめた。

「そうでしょうか? 一つ、解明されていない謎があるように思うのです」

「なんだね?」


「御行氏はどうしてあの日、眠っていたにも関わらず家の鍵を開けていたのか? ——です。泥棒田さん、あなたが御行氏の家宅に侵入したのは、どこからですか?」

「——窓だ。窓が少し割れていて、そこの鍵が開いていたんだ」


「割ったのは三重さん、ですね?」

 こう言うと、三重さんはいよいよ柔和な顔を崩し僕を睨みつけ始めた。指先の絆創膏にジワリと汗でも掻いているようだった。

「あなたは本当はあの日、御行氏を襲うつもりだった——違いますか? そこに泥棒田さんがやってきたため中止した」


 いよいよ彼はその大口をぐっと閉じた。いかにも、彼の解決編は見てきたかのようであったではないか。


「それにこのダイイングメッセージです。僕はいつも思うんです。なぜ叫ばないのか。なぜわかる言葉を書かないのか。——今回に関して言えば、御行氏は喉を切られています。当然そこから血も溢れますから、叫ぶことは叶わなかったのでしょう。だからせめてメッセージを書いた。まさか自分がその後突っ伏してしまうとも、噴き出した血で見えなくなるとも思わず、。——ね、三重直砂利なおざりさん」


「ぐ、ぐぬぬ——!」


 ——彼は昔から御行氏と因縁があった、と少なからず思っている。御行氏はきっと鬱陶しいやつくらいにしか思っていなかったのだろうが、その思考の差異が、三重さんのプライドをより傷つける。

 自分は街の流行らない探偵。一方で御行氏は別荘も持つような富豪である。同じ机に本を並べ——たかは知らないが、同じ学校で勉学に励んでいたのにも関わらず、このような天と地の差。心中は察する。堪らないだろう。


 本当は御行氏も改心を望んでいたのかもしれない。きっと情に厚かった。だから此度のトラブルに関してを、発端である三重さんに調べさせてみた。しかし、彼のなおざりな性格に、期待するだけ無駄だったのだ。


 彼らはきっと話をした。だが、御行氏の憐憫は三重さんには理解できなかった。逆上して、殺してしまった。

 ——というのが、おおよその顛末であろう。


「君は助手として立派だった。——いや、もはや立派な探偵さ。いつかまた会えることを願おう」


 ほどなくしてやってきたパトカーに連れられて、僕以外の五人が去っていく。

 三重さんは最後まで見栄っ張りだった。

 人はだれしもコンプレックスを抱いて生きているものだ。文字通り名前に負けた彼らを責めることはだれにもできない。


 取り調べ待ちの僕は気晴らしの一服の許可を得て山林に向け煙を吐いていた。


 ——さて。

 今この瞬間仕事を失くした僕はどうすれば、両親からの仕送りを再開してもらえるのだろうか。

 この謎は、なかなか解決できなさそうである。

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