episode 12. 旅立ちの駅
頼みがある、と国王コラルグランツは言った。
その内容を協議したのち、ソーカルは了承した。イオディスには異論がありそうだったが、トォオーノは黙して語らず、コラルグランツは静かなまでに落ち着き払って、自分の意志を押し通した。ペルルグランツは、呆然と雪の上に座り込んでいた。
* * * * *
兄弟の再会から一週間。
パゴニア王国は、
「犯人は、ペルルグランツ。現国王陛下の、双子の弟である」
同時に伝えられたこの情報に、国中がざわついた。ペルルグランツの出生の秘密から、一連の事件の目的が復讐であったことまで、詳細な内容を全国民が知ることとなった。
そう、コラルグランツは、真実を隠すことなく国民に発表したのだ。
紫煙を吐き出しながら、ソーカルが言った。
「俺たちが口を挟む筋合いじゃありませんが――しばらく王宮の中も外も騒がしいでしょうな」
向かいに腰かけたトォオーノが、苦笑まじりに頷いた。
「あぁ、そうじゃろうな。だが、わしは陛下のお考えを支持するよ」
ペルルグランツの罪は罪。しかしそれは、遡れば前国王の犯した罪が産んだ罪である――。
コラルグランツは、国民に向かって語り掛けた。
不確定の未来への不安から小さな命を奪おうとし、結果その子どもが復讐を求めて国に襲い掛かった。この因果を、隠すべきではないと、彼は語った。
「一度目の誤りを、二度目の誤りで正すことはできない」
そう言って傲然と前を向く若い王に、臣民たちはそれぞれ思うところを胸に沈黙した。
ペルルグランツは、王族として正式に家系図に名を連ねることになった。
同時に、王族として国家を害した罪は重いとして、自らを裁くことを命じられた。離宮に幽閉された彼は、毒を煽って自殺した――これも、王宮の公式発表である。
それを聞いた臣民は、あるものはそれが当然と言い、あるものは少年の境遇を思って涙した。被害にあった村や、犠牲になった人々の遺族には国から手厚い保証が約束され、事件は一応の落着を見た。
ソーカル・ディーブリッジも、事の次第を包み隠さず魔導士協会に報告した。
だが、彼があえて報告書に記載しなかった内容がある。それが、国王コラルグランツと協議した結果の判断だった。
「――はい、終わりましたわ。なかなかの出来でしょう?」
ペルルグランツの背後から正面にまわり、キーチェは満足げに口元をほころばせた。
横で見ていたユーリが「いいね、さっぱりして、男前になったんじゃない?」とぱちぱち手を叩く。
トレフル・ブランは、薬の調合具合をソーカルに確かめてもらい、許可をもらってそれを小瓶に封印してペルルグランツに手渡した。
「今日から三日間、眠る前に飲んで。急速に背が伸びて、横幅もちょっと広がる……ガタイがよくなるイメージかな。ただ、けっこう痛みを伴うと思うから、これ、鎮痛剤も一緒に渡しておく」
ペルルグランツの白い手がそれらを受け取ると、トレフル・ブランは、
中には、薄っぺらい小さなドーム型の物体が、とろりと満たされた液体の中で頼りなく揺れている。
「これは……?」
ペルルの問いに、「瞳の色も変えなくっちゃね」とトレフル・ブランは答えた。
「これは眼球に装着する魔法のカラーベールだよ。君の目の色、国王にそっくりなんだもの。これじゃ困るから、瞳が黒色に見えるように作っておいた。ちょうど髪の色も黒に染めたことだし、よく似合うでしょ?」
現在、髪は急ごしらえで黒色に染めたが、服用するうちに徐々に髪の色が変わる調合薬も、すでに渡してある。
そう、ペルルグランツはひそかに生き延びていた。名前を捨て、姿を変え、別人として生きるために。
「これからの人生のすべてをかけて、君が犯した罪をつぐなってほしい。そして、ご両親が望んだ平穏な生活を手に入れてくれ」
それが国王コラルグランツから弟への願いであり、それに伴う処理をソーカルたちは任されることになった。もちろん、魔導士協会にも秘密裏に。
この処分には、事情を知る一部の関係者から当然「甘すぎる」との声が上がったが、国王も騎士団長もともに罪を背負って生きていく、と国王が自分の意志を明らかにしたことで、大きな声で文句を言うものはいなくなった。
ペルルグランツは地方の僧院に預けられ、そこで僧侶としての修行を積みながら、地域で困窮する人たちの救済にあたることになる。
ペルルグランツは瞳にカラーベールを装着した。キーチェにカットされた短い黒髪、黒い瞳の少年がそこにいた。整った顔立ちだが、どこの村にもひとりはいそうなごく普通の少年だ。
「ふむ、これで体格が変化すれば、だれも陛下のご兄弟とは分かるまい」
トォオーノがあごひげを撫でながら評し、ソーカルも頷いた。
そこへ、国王コラルグランツが顔を出した。
ペルルグランツの全身をしげしげと見つめ、
「うん。すっかり見違えたね」
と満足げにうなずいた。
ペルルグランツは気まずそうに視線を逸らす。
その彼に歩み寄って、コラルグランツは肩に手を置いた。
「一生のうちで、君と出会うことは、もう二度とないかもしれない。それでも、一生に一度も会えずに終わるより、ずっと良かったと私は思っている……どうか達者で暮らしてくれ。そして、私がより国民のための
「……あんた、本当にこれでいいんだな?」
コラルグランツは、静かに頷いた。
「わかった。僕も犯した罪を忘れず、市井の人々に尽くすよ」
「あぁ」
それが、兄弟の交わした最後の会話となった。
執務があるからと、ペルルグランツは長居せず退出した。
ペルルグランツとソーカル一行は、荷馬車にまぎれてひそかに城を出た。トォオーノは名残惜し気に、バルコニーからその姿を見送っていた。
やがて
そこにいる人々が噂している。
「……なんにしても、犯人が捕まったのはいいことだ。これで安心して行商に行けるってもんだ」
「犯人は自殺を命じられたって? どうせなら、縛り首にしてやればよかったのに」
「親戚が被害に遭った。命こそ助かったが大怪我だ。国から金だけもらっても、それで万事解決というわけにはいかん」
「王族がこんなことをしでかすなんてね……前の国王の息子だというから、それも納得かねぇ。まったくろくなもんじゃないよ」
「しかし、お飾りだとばかり思っていた若い王様が、今回はえらく立派に決断なさったもんだ」
「大人におなりんさったか、それかマグレかもしれんねぇ」
じっと耳をそばだてていたペルルグランツが、小声で言った。
「これが、町の人の声なんだね」
そうだね、トレフル・ブランが頷く。
「処分が決まったから、はいそれでめでたしめでたしってわけじゃない。傷跡をかかえながら、人々の営みは続いていくんだ」
幌馬車は人ごみの中をゆっくり進み、王都中央駅に到着した。そこから
幌から降りるとき、ペルルグランツは目深にフードを被った。トレフル・ブランたちも続いて降りる。
人でごったがえす中央駅には、各地方へ向けて複数の
北への
ペルルグランツも彼女に向かって小さく会釈し、トレフル・ブランたちの傍から離れる。
『まもなく、北部キリリク行の魔法陣が発動いたします。移動されるお客様はお急ぎください』
駅に流れるアナウンスをBGMに、しばしトレフル・ブランとペルルグランツは向かい合った。
(こんな時に、なんて言えばいいのかな)
トレフル・ブランはゆうべから考え続けていたのだが、結局平凡な言葉しか見つけられなかった。
「体に気を付けて、元気でね」
それを聞いて、ペルルグランツは苦笑したようだった。
「そんな風に言われるとはね。あぁ、せいぜい長生きして善行を積むさ――そちらも元気でな」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、魔法陣が発動し、ペルルグランツと尼僧の姿は光に包まれて消失した。
「行ってしまいましたわね」
キーチェが言い、トレフル・ブランはなんとなく頷いた。
そのまま、トレフル・ブランたちも国外へと出国する
ユーリが『新薬草学分類図鑑』を抱きしめてうめいた。
「どうしよう、トレフル・ブラン。試験まで一週間しかないのに、やっぱり全部、緑と黄色の葉っぱにしか見えないよ。ホウレンソウとチンゲンサイってどうやって見分けるのかなぁ」
「……そんな家庭的な問題は出題されないと思うけど」
ソーカルとキーチェが、呆れた様子でそのやり取りを見ている。
「おい、ユーリ。今さらそんなこと気にしたって始まらねぇだろ。お前の場合は、炎の操術士受けときゃいいだろ。初級魔導士は二級でいいんだから」
ちなみに、トレフル・ブランたちが受験する初級魔術師認定試験に合格するには、担当教官の推薦状があるほか、魔導士協会から出された課題をクリアすること(これはトレフル・ブランたち三人とも製作済み)、呪文士五級以上の資格を取ること、そのほか『基本六種』と呼ばれる科目から一種以上の科目を取ることが求められる。
つまり、課題と呪文士を除けば、自信のある科目を選んで受験できるため、そこそこ合格率は高いのだ。
「たまにいるけどな、呪文士五級取れないやつ。お前、追い込みやるならそっち勉強しとけ」
「はい……」
しおれるユーリを、キーチェは余裕の表情で見上げている。彼女の場合、四元素どの操術士のうちどれを選んで受験しても合格するだろうし、呪文士五級も問題ないだろうと目されている。
ソーカルの視線が、トレフル・ブランを捉えた。
「お前、受験種目決めてんのか?」
「まぁ、魔法騎士と、地の操術士の両方受けてみようかと」
「ふぅん、頑張れよ」
自分から尋ねたくせに、あまり関心のなさそうな返事である。
大きな魔法陣に押し込まれるように入って、トレフル・ブランは瞳を閉じた。
(この四人での旅も、ひとまずは終わりか)
色々あったなと、思い返せば感慨深い旅だった。
駅のアナウンスが流れ、魔法陣に強い魔力がみなぎり、光り輝き始める。
(さようなら、雪の王国、パゴニア)
体中を圧倒的な浮遊感が包み込み、次いで体中がばらけるような感覚があり、強い光の中でまた再構築されるような感覚。
次に目を開いた場所では、きっと雪は降っていないだろう。代わりに、近代的な建物が所狭しと並ぶ、大都市に立っているはずである。
見習い魔導士としてのトレフル・ブランの旅は、これにて幕を下ろす。
見習い魔導士と、雪原の孤児 路地猫みのる @minoru0302
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