鬱になる職業

snowdrop

作家

 ――なぜ、小説家は鬱になるのか?

 この命題に触れずして文筆業に手を出すのは、「痩せるから」や「気分が良くなるから」と安易に薬物に手を出し深みにはまり抜け出せず人生を棒に振る如く、浅ましき所業と言わざる得ない。

 振り返れば、病んで死に至った数多の文豪がいることに気がつけるはずだ。

「何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安である」と手紙をしたため致死量の睡眠薬で服毒自殺した者がいた。

「とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ」と綴って愛人と入水心中した者がいた。

「経済的繁栄にうつつを抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略、欺傲心だけ」と演説し、両手で左脇腹に短刀を突き立て、右へ真一文字の作法で割腹自殺を図った者がいた。

「日本古来の悲しみの中に帰ってゆくばかりである」と決意し、天涯孤独ながらノーベル文学賞を受賞するも、愛弟子の死と病老苦より布団の中でガス管をくわえて自殺した者がいた。

 すべてに当てはまるかはわからないが、物書きは自殺する傾向が高い。なぜなら感受性が一般人より優れているからだといわれている。ひとたび悪い方向に向かってしまうと歯止めが効かなくなってしまうのかもしれない。

 はたまた、いい作品が書けなくなったやもしれない。文筆家の才能の枯渇は、すなわち死である。枯渇したことに気づかない愚鈍な作家は、いい作品が書けずとも自殺せず、醜態を晒す。鈍感なる作家の老醜は目も当てられない。

 では、本当のところはどうなのだろう。


 プロアマ問わず、執筆に従事する者に共通して言えるのは、几帳面で潔癖症で、臨機応変の対応が不得手なところがある。だからこそ、物事を集中して徹底的に取り組めるのだ。反省すべき点は、気分の浮き沈みが激しく、飽きやすく、落ち込むときはかなり深く、奈落の深淵のどん底まで落ち込み、憂鬱を抱えてしまうところにある。

 執筆業に就く者の多くは、鬱病を誘発しやすい性格の持ち主なのだ。


 また、創作活動そのものが、鬱病を誘発させる環境にあるところに原因があることも、あらゆる作家は肝に銘じていただきたい。

 当然ながら、執筆中は座り仕事であるため必然的に運動不足に陥りやすい。

 くわえて決まった時間に食べなかったりジャンクフードなどをダラダラと食べ続けたりと、食生活や栄養摂取が不規則になりがちだ。

 さらに集中できる執筆時間を確保するべく、昼間ではなく夜半に創作したり、思いついてはメモを片手にペンを走らせたりするので、睡眠不足になりやすい。布団に入っている時間さえ、頭の中は常にストーリーを考えているため、熟睡できなくなっている。

 これらを続ければ、当然社交的な生活とは縁遠くなる。接客業とは違い、人と会うことが皆無な職業である。いまでは間接的でありながらネットを利用した疑似社交性を保つことができるものの、リアルでの社交性の延長にネット交流があるため、縁遠いことには変わりない。


 つまり鬱病になりやすい性格の人が、創作活動という鬱病を併発しやすい環境に置かれることで鬱病に陥りやすくなるのである。

 これを回避するためには、集中しすぎないこと、日の光を浴びること、散歩などの適度な運動を心がけ、栄養面も考えた規則正しい食生活をし、最低一日六時間の睡眠をとることを、ぜひともデビュー前から習慣づけていただけたら幸いである。

 


 ――そう綴られた手紙が、ある作家の遺書として見つかった。

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