最終回 「人を不快にさせる話やからせえへんだけで、正常な部分しか持ち合わせてへんとは、生まれて一度も言うてへん」


「対象が人間に変わっていったのは単に、一番身近な生物やから。わざわざ捕まえてかごに入れんたって、その辺見れば幾らでもおるからねえ」


 手間がかからんっていうのはほんまに楽。


 そう姉は、独り言のように零しながら、狩人をゆっくりと前進させた。


 狩人に気付いたボスが、下ろしていた両腕で武器を構える。


「まあ、最も関わる機会が多い生物である時点で、誰かってある程度ヒトに興味持つもんやけど」


 ボスが駆け出して来るのに応じるように、姉も狩人を走らせた。


 本ゲーム内最長の射程レンジを誇る狩人の仕込み杖が、ボスを攻撃範囲内に収める。


 姉はその瞬間を見逃さず、狩人の杖を鞭へ変形させると振り上げた。


 月光に光る一閃が、ボスの頭上で躍ると走る。


 ボスは素早く五時方向へ跳ぶと、鞭を往なしながら狩人の右半身へ潜り込んだ。


 ガラ空きとなった狩人の右半身へ、散弾銃を向ける。


 潜り込まれた瞬間から鞭を引き戻していた姉は、迎撃するように鞭を払った。


 弾と鞭がぶつかりながら突き進み、傷を与えた両者を後方へと押し戻す。


「痛っ」


 姉は、小さく声を漏らすと続けた。


「――動物的な側面を遠ざけるやろヒトって。あんまりガサツな言動取ったら、犬ちゃうんやからとか、猫ちゃうんやからとか言うて……。叱るやんッ!?」


 距離を詰め鞭を払おうとした姉に、猿のように跳躍したボスが、頭上から斧を振り下ろす。


 突然俊敏な動きを見せられ怯んだ姉は、ボスの足元を通過するように、狩人を十一時方向へ走らせた。


 空を裂いた斧は地を叩き割り、着地したボスは即座に狩人へ振り返る。


 互いの銃は拡散性が売りの散弾銃なので、この間合いでは届かない。


 ボスの背後を取った狩人は、構え直した鞭を払った。


 ボスは叩き付けたばかりの斧を、狩人へ薙ぐ。


 片手で振るえるような小振りの斧を、何故この間合いで振るうか?


 ――振るわれる中で斧は、その柄を長柄に変形させ射程レンジを伸ばす。


 ボスが扱う斧は、狩人の仕込み杖と同じく可変式。その射程レンジは仕込み杖に匹敵し、叩き出すダメージは仕込み杖の倍を超える。


「やっば……!」


 続けざまに虚を突かれた姉は反応が間に合わず、そのまま斧と打ち合った。


 互いに攻撃は届くものの、一撃の重さが違う。ボスは軽く仰け反る程度で、狩人は派手に吹き飛ばされた。


 いつ変わるか分からない斧の射程レンジに、不規則なスピードが売りの行動パターン。これらも厄介だがこのボスの最大の特徴は、一撃の重さにある。連続で奴の攻撃を三発浴びてしまえば、死ぬと考えた方がいい。


 既に二発受けてしまった狩人のHPゲージは、残り三分一を切っていた。


「――やのに腹を開けばしっかり内臓が入ってるってギャップがさあ、何か面白いんよ強烈に!」


 姉は即座に、血塗れになった狩人を起き上がらせながら声を張る。


 焦りからではない。


 いや、横顔を見れば確かに焦っているのだが、同時にその緊張感を楽しんでいた。


「人って平気で嘘つくやん? 動植物も擬態する。うちは生き物そのものの構造より、平然と偽る行動を取らせる精神や脳の方が醜いって思うんよ。だから脳は嫌い。あれがあるから生き物は――。嘘つく!」


 斧を振り回しながら接近して来るボスを往なそうと、姉は狩人を走らせた。


 斬撃、銃弾、破壊される墓石の破片を躱しながら、墓地中を駆け回る。


「うち筋の通されへん人が嫌いでさあ。脳味噌邪魔やなって思う時あるんよ。自分が事実に反する言動をしようとした時、その理由は大抵が保身で、保身とは生物である限り当然の機能らしいやん。うち生物である以前に正しくありたいんよ」


 姉は狩人を木の裏に隠れさせると、アイテムを取り出しHPゲージを回復させた。それでも残りHPは半分程。二撃浴びれば死んでしまう。


 然しボスが迫って来たので、狩人は木の陰を飛び出し、再度逃げ出した。


「そう考えてると脳以外のパーツの方が、よっぽど誠実に見えてくるんよなあ」


 かと思えば狩人は立ち止まり、百八十度方向転換する。


 飛びかかるボスを目前に、両手の武器を別の武器に持ち替えた。


 現れるのは、ナイフ状の片刃ののこぎりが二本。


 本ゲームにおいて、攻撃範囲は最低。一撃で生み出すダメージ量も最低だ。


 然し同時に、最速の攻撃速度を誇り、その手数から生み出される瞬間ダメージ量は、本ゲーム内において最大。


 敵に密着して殴り合いに持ち込み、爆発させたその長所で強引に押し勝つ。普段のプレイスタイルに戻した姉は、冷静になったのかのんびり切り出す。


「こうやって生き物傷付けたらさあ」


 頭上から放たれたボスの斧に、狩人は飛び込むように踏み出した。猛進しながら刃を躱し、ボスの懐に潜り込んだ狩人は、目にも止まらぬ速さでのこぎりを振るう。


 それまで不動だったボスのHPゲージが、この一瞬で三分の一まで削り取られた。


「血い出たり中見えるやん?」


 ボスは慌てて斧の柄の長さを戻しつつ、散弾銃を放つ。


 当然躱せる距離にいない狩人は、全弾を浴びた。


 あと一撃浴びれば、死。


 被弾を承知で飛び込んでいる姉は、構わず攻撃コマンドを入力している。


「その瞬間に見える血やら体内構造の方が、本体よりよっぽど綺麗に見えるんよ。それらに嘘をつく機能は無いから」


 躊躇いの無い二つの刃が、ボスを斬り刻んだ。


 ごっそりとHPを抉られたボスは、この一瞬の猛攻を、もう一度浴びれば終わる所まで追い詰められる。


 ボスは距離を取ろうと跳び退るも、同時に狩人も前へ跳んだ。


 機械的かつ、執拗な前進。


 プレイヤースキルというより、冷酷さを感じた。


 斬撃の嵐がボスを襲い、刻まれたその身は、血を撒き散らして散って行く。


「だから当てはめるならうちは、生物の断面図フェチです」


 画面上で流れる、ボス撃破の祝福音やテロップが、聞こえていないように姉は言った。


「フィクションの世界で、ぶった切られたりして内部晒してる生き物を見るのが好き。こうやってゲームでぶった切って、内部晒してやるのも好き。当の本人よりその肉や骨の方がよっぽど誠実なんやから、そのまま死んでもええんちゃう? って思う。脳も止まって、二度と嘘つかんでようなるんやから。生きてれば、ある事無い事ぺちゃくちゃ喋る頭も、死ねば肉塊。そのギャップが強烈に面白いと感じるし、うちはそもそも生き物が好き。厳密には、生き物の体内構造がやけれども。脳に対しては興味半分、嫌悪半分かな。良心の無い、自分本位な人間は嫌い。人として人格を疑うのもあるけれど、ある種完全に脳の言いなりやから、見てて不愉快っていうか醜く感じる」


 その横顔には、何の興奮も無い。


 世間話をしているような態度をしているのだ。


 そんな不気味な事を、普通の顔をして話せる感覚は、残念ながら分かっている。


 "訊かれた事に、ただ答えているだけ"


 だって姉は、真面目だから。


 この姉は、自分が変わっている事も、こうした話は他者にとって不快に当たる事も、分かっているのだからたちが悪い。


 だって俺はこれまでの人生で、姉がこんな思考を持っているだなんて、全く気付かなかったんだから。


 下品な話が苦手な姉は、眉をハの字にして笑うと、ステータス画面を開いて言った。



「もういい? やめたいんやけどこの話」



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とある姉の性癖調査 木元宗 @go-rudennbatto

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