第3回 俺の姉が生き物好きな件について。


「生き物は好き。面白いから。一番面白いと感じるのは人間」


 計算を終えた姉は口元から手を放し、柱の影から出した狩人を走らせる。


「君、生物図鑑とか見るの好き? うちが親に初めて買って貰った本は確か、重くてでっかい昆虫図鑑やったんよ。虫が好きで、虫捕りも毎日のようにやってて、買って貰ったその図鑑も、落書きしながらぼろぼろになるまで眺めてた」


 姉の声が、懐かしさに少し丸くなった。


「中でもよく見てたページがあってそれは、虫の体内構造を図解したページやった。図鑑を買って貰う前、虫かごの中で、カマキリがトノサマバッタを捕まえて食べてる所を見たんよ。小学生のうちはその光景に……。どういう言葉を当てはめたらええんかな。『強烈な関心を覚えました』。虫捕りの手を止めて、そのカマキリがトノサマバッタを完食するのを、じーっと見てたんよ。その過程で見えるトノサマバッタの内部をさあ、めちゃくちゃ不思議に感じてん。ただのどろっとした液体にしか見えんのに、その液体がほんまに、このトノサマバッタを動かしてたん? って。物凄く高くジャンプが出来て、はっぱを食べるあの生き物の正体は、たったこれだけの量のよう分からん液体? って事に気付いた時、生き物ってめちゃくちゃ面白いって感じてん。そこから、海洋生物の図鑑とか、よう買って貰って眺めてた。一番見てたのはやっぱり、体内構造についてのページ。どれも醜い。でもこれこそが彼らを彼らたらしめてる。そのギャップが強烈に面白く感じたんよ。特に人間に対して」


 姉は淡々と、慣れた調子で怪物達を殺していく。


 年齢制限が十七歳以上のゲームなので、結構な流血・残酷表現があるものの、姉は特に反応しない。


 殺したばかりの怪物の死骸を、見えていないように蹴り飛ばしては進んで行く。


「学校で習うやん。ヒトの身体の仕組みについて。やっぱり、虫や魚と一緒で内臓が入ってて、骨や筋肉に支えられてる。でも何て言うんかなあ。人間って他の生き物より、”生物感”が薄くない? 感情とか文明を持ってるからそう感じるだけなんやろうけれど、その小奇麗さがまた、面白いって感じるんよなあ」


 狩人が街の広場に出ると、わらわらと怪物が集まっていた。


 狩人に気付いて吠える怪物の群れに、姉は狩人を突進させる。


 狩人は走りながら、仕込み杖を鞭に変形させ、伸びた攻撃範囲を存分に生かして振るった。


 鎖で編まれた鞭は、蛇のように怪物達の頭を打つ。


 痛みに仰け反る怪物達の胴に、銃口マズルを向けていた散弾銃が吠えた。


 血と火花が飛び散り、怪物が断末魔を上げる。


 銃殺された怪物達は吹き飛び、その間に引き戻されていた鞭が、新たに飛びかかろうとしていた別の怪物達を打ち払った。


 散弾銃と仕込み杖。本ゲーム内においてこの組み合わせは、最長の攻撃範囲を誇り、相手を寄せ付けず一方的に叩きのめす、アウトレンジ戦法が取れる。


 姉が操る狩人は返り血も浴びず、わらわらと取り囲んでいた怪物達を、あっと言う間に死骸へ変えた。


 粗方殺し終えた姉は俺を見て、無邪気に尋ねる。


「面白くない? 生き物の、内部と表面のギャップ見んの」


「…………」


 俺自身、虫が苦手だからだろうか。


 何とも言い表せない、不気味さを感じた。


 それに、姉にしては珍しく、話が逸れている気がする。


「……だから、骨が好きなん? 生物の中身やから」


 姉は再び、狩人のステータス表を開きながら言った。


「まあ、表面から見る事が出来る体内を構成してるものって、骨ぐらいやからね。内臓は表面から見えへんし。眼球とは唯一の、剥き出しの臓器であるとは言うけれど」


「じゃあ……。目も好きなん?」


「いんや、目には興味無い。豚の眼球の解剖実習受けた事あるから、もう体感的に中身分かってるし。人間と豚の目えって、よう構造が似てるんやって。アヒルの脳の解剖もやった事あるから、脳もそこまで興味無い。解明されてない仕組みについては面白いなって思うから、ネットで脳科学の記事とか読んでるけど……。――てーかさあ!」


 急に姉は不満そうに声を上げると、眺めていたステータス表を閉じる。


「やっぱり火力ひくない!? 散弾銃と仕込み杖って。射程レンジがある分低火力って理屈は分かるけど、散弾銃の拡散性で相手纏めて怯ませて、その隙に鞭に切り替えて滅多打ちって……。まあ、普段やらんから面白いとは思うけどさあ。好みちゃうんよなあ。小細工って感じで」


 姉は言うと慣れた手つきで、狩人の装備画面を開いていじりだした。


 俺はそれを呆然と見ながら、口を開く。


「あの……。姉ちゃん」


「んー?」


 姉は操作に夢中で、こちらは見ていない。


「何で、虫から始まったその関心がこう……。どんどん対象が、高等な生き物へ変わっていってるんかなっていうか……。てかそもそも俺は、生き物の内部が面白いなんて思った事、一回も無いんですけれど……」


「それを言うならうちかって、脚に関心を覚えた事は無いよ? 脚って。肉と骨ぐらいしか無いやん。臓器の入ってないパーツ切ってもなあ……。大したもん見えへんし」


「き、切る?」


「切らな中身見えへんやん」


 至極真っ当な事を言っている声で返された。


「あっ分かった」


 何が分かったのか、姉は声を零す。


「分かったぞ君の言うフェチとやらが。今からうちなりの答えを示すから、それが正解か見てて」


 姉は上機嫌に言うと、狩人を走らせた。


 広場を越え、橋を渡り、街を抜けると……。寂しく枯れ木が並ぶ、古い墓地が現れる。


 その中心には、右手に斧、左手に散弾銃を握る、男の狩人が立っていた。



 本ステージのボスである。



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