第2回 俺の姉は骨好きかもしれない件について。


 姉は、難しい顔のまま答えた。


「まあ、勤務中とかで目に付いたら、一瞬やけど無意識に追ってるからねえ……。すぐにやめるけど。相手に失礼やし、何してんやろうってなって」


 俺はその言葉に断言する。


「それはもうフェチだね!!」


 途端に姉は、厳しい一瞥を俺へ向けた。

 

「その使い方は本来の『異常な執着』やなくて、誤用の方の『趣味』って意味で?」


「い、意味で!」


 ゴリ押したが姉の視線の厳しさに恐怖し、若干声が震える。


 テレビに目を戻していた姉は不満そうに、何やら難しい事を呟いた。


「確かに言葉の意味とは時代によって、流動的に変わっていくものとは言うけどさあ……」


 姉のこうした発言に触れると説教が始まると、俺は知っているので無視をする。


「姉ちゃんが好きな骨は鎖骨なんですか?」


「突っ込み待ちみたいな台詞形成やめてくれません? いやてか、まだすんのこの話?」


 姉は予想外だったのか、結構驚いた顔で聞き返してきた。


 俺は決意を込めて言う。


「するわよ」


「何でオネエなん……」


「何故今の質問のみで終わったと思っているのかしら」


「問が一つなんやから解も一つ示したら終わるやん……」


「他にいいなと思う骨を全てお答え下さい」


「あーのさーあ!?」


 墓穴を掘ったと気付いた姉は、自分の愚かさに歯痒さを感じながら、俺を非難したそうな声を上げた。


 慌てた姉は敵に見つからないよう、狩人を柱の陰に潜ませると悩み出す。


「えぇそんなんさあ……。いやそんな、語る程中身のある話やないよこれは。大体さあ、この場合のフェチとはあれやろ? 自分が好きな異性のパーツは何? って話やろ? パーツ……? パーツぅ? ――いや確かに、鎖骨出てたら目で追ってるけど、これ別に性別問わへんし。女性の場合でも見ちゃってるからこれはフェチやないよ」


「”女性の鎖骨も見ている”ぅ!?」


「目に入ったらね?」


 姉は今、自分がどれだけセンシティブな発言をしているか気付いていない。


 単に言葉遣いといった、物事の正確さを追いかけているだけで、それにより自身の情報が明かされようと気にしていないのだ。


 気にしていないというかそもそも、そんな意識を持っていない。「質問の意図を正しく理解し、なるべく訊かれた通りに答えなきゃ」と考えているだけである。最早真面目を通り越してアホ。


 いや然し、女性もだと? 俺は脚フェチだが、野郎のムサい脚になどまるで関心が生まれない。ちょっと衝撃的過ぎやしないか……。姉とは無自覚なだけで、そういう性質も持っていると?


 俺がアニメの女の子達を観て、「あれは百合だ」と言えば、「『友達』って本人ら言うてんやん。やめてよすぐそういう事言うの」と叱るのに? その後続けて「オタクなん?」と、それは冷ややかに吐き捨ててきましたよね? まるでゴミを見るような目で!


 混乱で言葉が出ない俺に、姉は悩みながら続ける。


「あー、まーあ、目で追ってまうのは鎖骨ぐらい……。かな。ああ、電車のホームの階段とかで上がってて、前の人がくるぶし見えてたらそれも見ちゃうけど」


 先の姉の発言を、どう受け止めればいいか分からない俺は、当たり障りの無い質問から始めていく。


「それも……。男女問わず?」


「うん」


「へえ……」


 急に反応が鈍くなった俺に、姉は怪訝そうな顔をした。


「何? もういい? やめたいんやけどこの話」


「いや! 待って! 今めちゃくちゃおもしろ――。興味深く感じてるから!」


「へーんな神経やねえ……」


 姉は呆れながら上の空になると、ゲームを再開する。


 その発言が特大ブーメランかもしれないのだが……。どう確かめればいいものか。


 姉は、ゲームに集中したくなってきたのだろう。狩人のステータス表を開くと、ブツブツと計算式を唱え始めた。


 上の空になった姉は、応答速度が速くなる。適当に喋っているのではなく、端的に話すようになるからだ。上の空になる事により相手への配慮が削げ、正直になる。容赦の無さにも鋭さが増すが。既に容赦が無いじゃないかと思われているかもしれないが諸君、姉はこれでもまだ言葉を選んでいる状態である。


 これはチャンスかもしれないと、俺は質問を重ねた。


「じゃあ、男子と女子の骨どっち見るのが好き?」


「どっちも無」


「無!?」


「見てまうだけで性別に対しての感情は無い」


「えっとつまり、骨にだけ興味が行ってるって事……?」


「まあ確かに、理科室の人体骨格模型には内心テンション上がってたけど」


「やっぱり鎖骨見て?」


「いや肋骨」


「鎖骨とくるぶしちゃうんかい!」


 無軌道かよ!


「フェチという言葉に当てはまるような趣味はそもそも無いよ」


 画面を睨む姉は口元に手を当て、更に計算に集中する。


「確かに一部の骨を目で追う癖はあるから、骨……。フェチ? あるんそんな言葉? まああったとして、骨フェチなんですねって言われても否定はせんよ。確かに見てしまうから。でも、何で骨なんですかって言われたら、『骨とは生物の動きが最も現れている部分だと思うので、つい目で追ってしまいます』になる」


「……生物の動き?」


「そう」


「……手とか、足の方が、分かりやすいと思うけど。骨みたいに隠れてへんし」


 姉はつまらなそうに笑った。


「ガワに興味は無いよ。『手足』って、肉とか骨とか神経が構成する、結果の形に過ぎんやん」


「……?」


 話が見えない俺の顔を、姉は無表情に一瞥した。



「多分猟奇趣味なんよ」



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