とある姉の性癖調査

木元宗

第1回 俺の姉が真面目過ぎる件について。


 高校生の俺には、年の離れた姉がいる。


 この姉とは大層なお人好しで、募金箱に一万円札を入れたり、署名活動を見れば必ずと言っていい程参加するような、嘘みたいな聖人である。聖人と言うと姉は怒るが。


 そんな俺達には、ゲームという共通の趣味がある。そして、時間が合うと同じ部屋で、それぞれ好きなタイトルを遊びながら談笑をする習慣があるのだ。


 今日も俺はスマホゲーム、姉はその隣で、テレビゲームをしていた。時計の針は気付けば天辺を上り、俺はゲームをしながら、ふと思い付いた事を切り出してみる。


「自分実は脚フェチなんですよね」


「うん……」


 姉は相槌を打つも、テレビから目を離さない。


 姉がやっているゲームは、ソロプレイのアクションRPG。画面を一瞥すると、十九世紀のビクトリア時代を舞台とした夜の街を、姉が操る女狩人が走り回っていた。


 狩人は、左手には散弾銃、右手には鞭に変形する仕込み杖を握っており、獣を模した怪物と出くわす度、慣れた様子で武器を操り狩って行く。


 だが姉は怪物を倒す度、怪訝そうに眉を曲げていた。


 普段使わない武器を用いた新しい戦術を模索中なのだが、納得のいくものが見つからないらしい。先程から、攻撃パターンを変えては試すを繰り返している。


 アクションゲームというシステム上、そうお喋りに興じながら楽しめるタイトルでも無いので、人と話している余裕も無いように見えた。


 だが姉は、そのタイトルを三年近くプレイしており、敵の行動パターンを大凡記憶している。武器を不得手なものに変えようと、プレイに深刻な劣化は起こらない。現に俺が脚フェチだと言い出す直前まで、話しながら軽快に怪物を打ち殺していた。


 口数が減る程ゲームに集中してるんじゃなくて、俺が切り出したこの話題に乗りたくない。


 そう、全く動かない狩人のHPゲージと、固い姉の横顔が物語っていた。


 何故だ。あの寛容な姉が、俺の話を聞いてくれないだと? 俺が「屁ぇ出そう」と言えば、「トイレでとは言わんから廊下でしてきて」と返し、それを無視した俺が室内で放屁しようと、「もォオオ!」だけで結局許してくれるあの姉が?


 この冷え切った空気と、理解されない苦しみに、俺は堪らず声を上げた。


「何!? よくない脚!?」


「いや、ええとかあかんとかやないけど……」


 もごもごと返す姉。困った顔をしている。


 姉は下ネタが苦手なのだ。「何やこいつうピーこ野郎か?」ぐらいなら、ゲーム中に煽る際に限りごく稀に言うものの、こうしたちょっとアレな話題は嫌がる真面目人間である。


 姉は、戦いの合間に合間に俺を見つつ、戸惑いながら続けた。


「その話をする事によって……。何? 同意して欲しいの? 何か得るものがあるんかな、そういう話って……」


「ええやん脚!」


 話を広げたくてゴリ押す俺。


「うちは別に興味無いよ」


 ドン引きしながらもバッサリと切り捨てられた。


 何でだ! 引かれる意味が分からない!


 俺は俺が脚フェチであるという事と、この思いを共有したい!


 姉は真面目だから、こういう話になるといつも躱される! ならこの気持ちは一体、どこにぶつければいいんだ!


「姉ちゃんはさあ、そういうの無いん!? いっつも真面目な事しか言わへんやん!」


「えぇ……?」


 急にキレ散らかし始めたようにしか見えない俺に、困惑を上塗りされる姉。


「その、何て言うか、ちょっと話す相手を選ばなあかんような趣味がー……。ありますかって事?」


「せやで!!」


「声がでかいねん」


 本当に鬱陶しく感じたらしく、氷のように吐き捨てられた。


 姉は感情が表に出やすい。特に苛立ちや軽蔑といった、負の感情が。


 本人は自覚していると言っているが、多分半分も分かっていない。今自分が、どれだけ冷たい目をしているか。それ実の弟に向けるような目じゃないだろ。


 姉はころりと表情を戻すと、難しい顔になって唸った。


「……うーんフェチねえー……。そんなん考えた事無い」


 ドン引きも軽蔑も隠さない姉は然し、ドが付く程の真面目人間だ。一応は俺の話に付き合おうと悩み出す。


 そうだ。別にフェチなんておかしな話じゃない。誰にだってあるものだ。俺は姉と、フェチの話がしたい!


 姉とは真面目ぎるのだ。少しでも清潔感を損なうような話題は本当に避けるし、俺がそうした話を始めようものなら「下品やで」と苦笑して窘める。


 人間とは汚い部分があってこそ、人間らしさがある筈だろう? 俺は姉に、その潔癖症を治して欲しい! そして姉に、そうした人間らしさも身に付けて欲しい!


 ぱっと、思い付いたように姉は言った。


「あ。うち多分ねえ、骨が好き」


「ほおう!?」


 ニッチじゃないか!


 俺は喜びに声を上げる。


 君にもあるんじゃないか! 人の心が!


なんなん……」


 姉は温度差にドン引いた。


 いかん。このテンションで迫ると、その内本当に嫌がられて話を打ち切られる。


 姉は嫌悪感を浮かべると、テレビに視線を戻しながら切り出した。


「あのさあ。世間はこのフェチって言葉をよう使うみたいやけれど、皆ちゃんと辞書引いて意味分かった上で使つこてんの? 異性の身体の特定の部位とか服とか持ち物に対して、異常に執着したり愛好する態度って意味なんやで? 病気やん。嫌やわ気持ち悪い。君さあ、ほんまにそない脚きなん? 絶縁しそうなんやけど」


「マジレスすんなよォ! お察しの通りもっとライトに捉えて使ってるよ皆ァ! 俺はただ、脚が好きですって言うてるだけやって!」


 姉はド真面目人間なので、冗談が効かない。


「ふうん。ほなええけど」


 姉は、俺を含め、言葉の意味を履き違えている世間の馬鹿共を軽蔑しながら相槌を打った。


 姉は言葉遣いにも厳しい。


 俺は気を取り直して尋ねる。


 単に姉が、こういう話題に乗ってくれる事がレアで、テンションが上がってしまう。レアって言うか有り得ない。



「ほう。つまり姉上とはアレですか? 鎖骨とかが好きって事ですか?」

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