110話 魔王討伐の完遂

「――ォオオオ!」


 大声を上げて、ゴファが抗っている。

 吸血鬼出身だって呪いを帯びた声、それだけで威圧の効果が発揮される。

 けれど、空中に縛り付けられているままの姿ではいささか迫力に欠けた。


 魔王ゴファの身に現在進行形で起きている異常事態。空を覆いつくすモンスターの群れ、ゴファの配下だって言葉に出来ずとも理解していたのだろう。

 だからこそ、奴らの一部は既に撤退を始めている。恐怖で支配していたからこそ、魔王ゴファの軍勢には魔王に対する忠誠というものが少ない。

 あれが魔王に対して心酔している軍勢だったら、魔王を討てば命を捨てて、主の無念を果たそうとするからな。その点、ゴファは討伐後、安心だ。


「――ォオオオオォォォオオオ!」


 ゴファの姿を目に宿しながら、俺は淡々と詠唱を続けている。

 手の中に納まる禍々しき本に刻まれた聖句。

 一言一句、間違わずに言葉にして、世界へ薄っすらと浸透させていく。ゴファの声を聴いても心が乱されることはなく、粛々とやるべきことを成すだけだ。


「――グォオオオォオオォオオオオオ!!!!」


 しっかし、こんな序盤から魔王ゴファとエンカウントするなんてな。

 まだ二年生の夏にも至っていないんだぞ。

 この時期って言ったらあれだ。

 『聖マリ』の主人公であるマリアのパーティの元に、ちらほらと魔王による被害情報が届き、さらに強くなろうってあいつが決意するような頃合いなんだ。

 

「――グォオオオォオオォオオオオォオオォオオオオオ!!!!」


 荒れ狂う空へ、張り付けとなったゴファを見ると改めて思う。


 『聖マリ』の世界では、職業の選択は極めて重要だなあって。

 例えば最も選ぶ者が多い始まりの職業――魔法使いを選び、途中で方向転換。

 戦士になりたいと思っても、そう簡単には上手くいかない。

 魔法使い特有の癖は戦士としての成長を阻害するし、最初から戦士を選んだ他プレイヤーとは大きな差がつき、簡単には追いつけない。


 時間は有限だ。

 だからこそ、自分が何の職業を選ぶかは、人生を左右する選択となる。


「おい。何もったいつけてんだよ、賢者ウィンフィールド。詠唱、もう終わってんだろ?」


 そう言うのは、賢者ベルトリ。

 こういう時、ゼロから説明する必要のない相手は便利だ。


「俺の回復を待っているなら必要ない。弱った軍勢を相手にするぐらい、朝飯前だ」


 賢者ベルトリは分かってる。

 俺が持つマガチの聖典が魔王ゴファにとっての必殺になりえることを、十分に。

 さすがに賢者にも至るような男は違うというか、何というか。


 修道士は、奇跡を願う。 

 悪を切るわけでもなく、悪を滅するわけでもなく、祈るのだ。

 生涯に一度だけの奇跡、修道士の祈りとは、そういうものだ。だからこそマガチの聖典は、吸血鬼に属するモンスターにとって一言一言が致命傷に足りうる。


「だから、やれ」


 賢者ベルトリの言葉が耳に届き、俺は黒い輝きを辺りへまき散らしているマガチの聖典を閉じた。そして、最後の言葉を告げる。


「魔王ゴファ、お前は――有罪ギルティだ」


 人生に一度きり、修道士モンクにのみ許された奇跡の光が魔王ゴファを焼き尽くした。



 『聖マリ』の世界では、必勝戦術とされる修道士モンクの祈り。 

 修道士モンクよりも遥かにステータスの高い賢者である俺の祈りが、魔王に届かないわけがなかった。

 さらに言えば、修道士の力によって力の過半を失った魔王ゴファ、ゴファの軍勢は賢者ベルトリの敵ですらなかった。




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久々の更新でした。

また、下の新作を一日一話で更新中です。良ければ見てみてください。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220069941408

題名:冒険者ギルドの頂点に君臨する僕の正体(普段は愚鈍な学生)が、手違えで召喚した少女に暴かれてしまった件

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大賢者への進化条件:それは、どん底を経験すること』〜奴隷の君と共に、レベルアップの先を目指そう!〜 グルグル魔など @damin

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