第4話
アルフォンスはあのときルイーゼに対して初めての感情を抱いた。まだ決して大きくはなかったが、胸に芽生えたばかりの未知の感情は小さくとも確かに存在したのだと思う。十四才のときルイーゼが婚約者候補に選ばれ、それを無意識に喜んでいる自分に気付いた。
だが初めての感情に名前を付ける前に見えない場所へと封じ込めてしまう結果となった。再会したルイーゼは素顔が分からないほどに様変わりしていたのだ。アルフォンスを襲った女たちと同じような派手な外見へと変わり、きつい薔薇の香水を纏っていた。変わってしまったルイーゼを見て、会わなければよかったと思った。アルフォンスはそのときに初めて薔薇を嫌いになったのだ。
そして現在のルイーゼも再会したときと変わらない。蜂蜜色の金髪を高く結い上げ、豪奢なドレスを身に纏い、濃い化粧に加え薔薇の香水をこれでもかとばかりに付けている。
それにしても、アルフォンスが薔薇を好きだとルイーゼが思い込んでいたとは。もしかして幼いころのオスカーの屋敷の庭での会話……あのときにルイーゼは勘違いをしてしまったのだろうか。確信は持てない。だがどうしても気になって仕方がなくなった。
思い立ってルイーゼの住まう南の離宮への訪問を相談すると、オスカーは首を左右に振って告げる。
「陛下、どうか今は姉をそっとしておいていただけませんか? 今、姉は心が疲れ切っています。あのまま城にい続ければ恐らく心を病んでしまっていたでしょう。姉は貴方を心から愛していたのです。貴方の存在は姉にとってあまりに大きすぎる。今貴方が会いに行けば、姉は城にいたころのことを嫌でも思い出してしまうでしょう。どうか私に免じて離宮に向かわれるのはご容赦ください……」
「オスカー……」
姉のことを思い、深々と頭を下げるオスカーにそれ以上何も言えなかった。再会してからアルフォンスがルイーゼに会いたくなかった理由……。あまりにも変わってしまったルイーゼとの再会は、大切にしていた思い出の中のルイーゼの残像を粉々に打ち砕いた。ある意味最初に襲われたとき以上に深い傷を心に残した。今思えば初めての恋をしていたのだと思う。
初めての感情を心に封じ込めて以来、アルフォンスは一度も女性を心から愛することはなかった。心が死んでしまったかのように、誰と出会ってもアルフォンスの心は一切動くことがなかった。
学園でも、周囲の者からはモニカと相思相愛のように思われていたようだが、モニカにすら特別な感情を抱くことはなかった。ただ単に心の傷が痛むことのない相手だったというだけだ。
今思えばルイーゼに二度と会いたくないと周囲にはっきり意思表示をすればよかったのだ。そうすれば婚約をして正妃に迎えて、必要以上にルイーゼを苦しめることはなかっただろう。もはやどうでもいいと婚約者の選定を成り行きに任せていたらルイーゼが婚約者として選ばれてしまった。
そして婚約してからルイーゼに会う機会が増えたものの、顔を見るのはつらかった。ルイーゼを見るたびに大切な思い出が打ち砕かれた瞬間を思い出し、心が膿んでじくじくと痛むからだ。婚姻を結んでからもそうだ。苦い思いをしたくないがためにルイーゼの顔を見ないように徹底的に避けた。
いつか何かが変わるのじゃないかと期待して、他の女性と体だけの関係を求められるまま続けた。嫌いな容姿と香水さえなければそれなりにつきあいもできた。つきあっているうちに愛せる者が見つかり、救われるのではないかという希望が、心のどこかにあったのかもしれない。
そのうち側妃があてがわれた。子を成さぬなど許されないと言っていた先王の言葉を思い出す。子さえなせばいいのだ。義務を果たし、そしてまた探す。もはや何を求めているのかすら分からなくなってしまっていた。
ふとルイーゼの現状が気になり、オスカーに問いかける。心が疲れていると聞いたが、床に伏したりしているのではないかと思うと流石に放置するには忍びない。
「ルイーゼは……その、元気なのか……?」
「ええ、お陰様で体調のほうは問題ないようです。一度会いに行ったときには、
ルイーゼの現状を確認すると、離宮でのことを思い出しているのか、オスカーが優しい眼差しで微笑みながら答える。ルイーゼが朗らかに笑う……? 全く想像ができない。
南の離宮への訪問についてはオスカーに拒否されたが、どうしてもルイーゼの顔を見たくなった。会うのを避けていたのに、なぜそんな気持ちになったのかは分からない。ただルイーゼが、アルフォンスが薔薇を好きだと思っていたというオスカーの言葉が、妙に心に引っかかるのだ。
会うのが駄目ならば、気付かれないように遠くからルイーゼの様子を見ればいいのではないか。そう考えてオスカーに黙って密かに南の離宮へ向かうことを決めた。
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もう一人のルイーゼ ~嫌われたいの 番外編~ 春野こもも @yamadakomomo
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