3話 ヒロインの高校生
退屈な世界史の授業中、僕はぼけーと窓の外を眺めていた。ふと視線を近くにすると、黒髪ロングの整った顔の女子と目があった。昨日の女子だった。
彼女は目が合うと何やら不吉な笑みを浮かべ、視線を外した。なんか変な奴に目をつけられてしまった。黙っていれば顔は良い。でもあれは中身に大問題を抱えている。その性格が見た目でカバー出来ていない。やっぱりあいつは無いな。
そう言えば名前をまだ聞いていなかった。まあ、わざわざこちらから話しかけてまで聞きたくは無い。次の主席確認の時にでも聞けば良いやと思った。
* * *
今日はがっつり六時間目まで授業があったので、学校が終わったのは十六時頃だった。仲の良い雄馬と森にだけ挨拶をして駐輪場へと向かった。
帰宅部の僕は、いつもほとんど一番に学校を出て行く。そのため自転車は、まだ多く停まっている。ようやく自分の自転車を見つけ、鍵をかけた頃、ある女子が僕に声を掛けてきた。
「あら、もうお帰りかしら? 早いわね」
部活もやらずにもう帰るのかと言っているような、皮肉交じりにそう言ったのは、例の彼女だった。
彼女はもうお帰りかしらとか言っておきながら自分も帰ろうとしてやがった。
「なんだよ。お前だって帰ろうとしてるじゃねーかよ」
「私はこれからアルバイトがあるのよ。部活動とかいう何の生産性もない活動をしている連中とは違うのよ」
「言い方に気を付けた方が良いぞ。それに俺だってこれからバイトだ」
いつか誰にかに刺されそうな彼女に、優しく忠告をしてあげた。それを聞いて何か言おうとした彼女は結局何も言わず、自転車にまたがりその場を去ろうとした。その彼女の後姿に何か物足りなさを感じた僕は、彼女を呼び止めた。
「ちょっとまってくれ」
「何よ、私これからバイトがあるのよ」
勇気を出して叫んだ僕の息は、なぜか切れていて、大切な所が弱くなってしまう。
「名前、まだ知らないんだけど」
「それは私のことが好きということかしら」
意味の分からない返事に、僕は少し怯んでしまった。名前を聞いただけで告白と受け取ってしまうなんて、思春期の男子がする恥ずかしい勘違いだ。しかもそれを堂々と口にして確認するなんて、やっぱりこいつはヤバい。
「何言ってんだ、自意識過剰が過ぎるぞ。ただ名前を聞きたいだけだよ。そのことに深い意味はない」
「あらそうだったのね。てっきり、女子に慣れていない男子高校生が、ちょっと話しかけてきた女子のことが気になってしまったのかと思ったわ」
これには流石の僕でもドン引きしてしまった。もう言葉も出ない程に呆れていた僕を見て、彼女は軽く咳払いをした。
「
「こはる......」
小春という名前に、何か引っかかる所を感じていると、彼女は鋭い視線を僕に突き刺してきた。
正直に言おう。似合ってない。こんな尖がった性格で、こんなふんわりした名前は正直似合っていない。勿論そんなことは彼女に言えない。言えば、間違えなく僕は殺される。本能がそう悟った。
「いや、なんかあれだな、いい名前だな」
「安心して。私は自分の名前が似合わないと馬鹿にされたくらいで、殺人というリスクを犯してまで報復しようとは思わないから」
彼女は全てお見通しだった。まあ今のはちょっと失礼だった思い、謝罪することにした。
「悪い、ちょっと似合ってないなと思った。でも、いい名前だとは思う女の子らしいし」
「それは私が女の子らしくないと言いたいのかしら」
「いや違う、本当にそんなことは思ってない」
弁解に必死になりすぎて、余計なことを言ってしまった。そんな焦っている僕を、彼女は少し楽しそうに見ていた。そんな彼女の表情が僕を少し落ち着かせてくれた。
「私、こういう性格でこんな名前だから、たまに言われるのよ。だから気にすることではないわ」
「でも今のは失礼だったよな。悪かった」
もう一度しっかり謝ると、彼女は「もういいわ」と、話に一区切りつけた。
彼女の名前を聞けたわけだし、僕も名乗ろうとした。
「ちなみに僕の名前は、」
「金村幸喜。知っているわ」
彼女は僕の自己紹介に割り込んで、僕の名前を自慢げに言った。
「何で知ってるんだ」
「クラスメートの名前を知っていることが、そんなにおかしいことかしら。むしろクラスメートの名前も覚えていないのはどうかと思うけれど」
「いや、それはそうだけどさ。ほら、まだ始まったばっかじゃん」
「そんなの関係ないわ。もう良いかしら。バイトに遅れてしまうわ」
「ああ悪い、時間とっちゃったな。じゃあまた明日」
名前を聞いただけなのに、何故か物凄く疲れてしまった。
しばらく彼女の背中を眺め、やがて見えなくなった。僕もバイトへ向かうことにした。
* * *
土曜日の朝から、僕はパソコンで文字を打ち込んでいた。窓からは強い日差しが差し込んでいた。僕の勉強机は窓側にあるため、その日差しを浴びながら作業をしていた。お陰で眠気などみじんも感じなかった。
折角の天気なので外に出たいのだが、あいにく僕は、新しい小説の執筆に心を燃やしていた。なかなか決まらなかったヒロインの設定が、一昨日ようやく決まった。しかし、決まってからの二日間はバイトがあったので、書けずにいた。なので、一日予定がない今日は、思う存分書こうと思っている。
お腹が空き、ふと時計を見ると、十二時を過ぎていた。書き始めてから三時間ほどが経っていた。集中していたせいか、あっという間だった。
この三時間で八千字くらい書いていた。書くのが遅い僕では考えられない量だった。そして、今回の作品はとても自信がある。今までにないくらい楽しく書けたからだ。
まだ続きを書きたかったが、お腹が空いたのでお昼ご飯を求めてリビングへ出た。キッチンから料理の音と匂いがした。おそらくチャーハンだろう。椅子に座って少し待つと、予想通りチャーハンが出てきた。チャーハンとスープを三つ机に並べると、母は妹を呼びに行った。
部屋から出てきた妹は既に疲れ果てていた。
「咲奈ちょっと頑張りすぎなんじゃない?」
疲れている妹の咲奈が心配なのか、母は優しくそう言った。
「大丈夫だよ、ちょっとお腹空いてただけだから」
「そう? ならいいんだけど、無理はしないでよ」
「うん、分かった。ありがと」
そう言って笑った妹の笑顔は、無理して作っているように感じた。そんな妹に、僕からも兄として一言言っておくことにした。
「まだ四月なんだし、そんなに焦らなくても良いんじゃないか」
「焦ってないし。しかも、もう四月なんだよ? 焦らないとヤバいでしょ」
「そうだな。。。無理はするなよ」
偏差値六十ほどの高校に通っている僕には、偏差値七十を超える高校を目指している妹に口出しをする権利は無かった。
「
僕と妹のピリピリした空気を察して、母は話を僕に振った。
「勉強というか、本を読んでた」
「本ね~、読書も良いわよね」
小説を書いていることは家族にも知られたくないので、ここでもとっさの嘘で誤魔化した。
昼食を食べ終え、僕はまた、部屋にこもり小説を書き始めた。途中、夕飯やお風呂で中断はしたが、何時間も集中して書いていた。
結局今日は二万字も書いていた。それでもまだ書き足りなかった。もっと書きたかったが、もう眠いので最後に一話投稿して寝ることにした。一日でこんなに書いたのは初めてだし、今までで一番楽しかった。疲れ果てた僕は、倒れこむように布団に入った。
霜月小春。リアルでは友達にもしたくないが、ヒロインには打ってつけだ。
ツンデレな要素があり、不思議ちゃんな要素もある。サバサバしてるところも良いし、何より見てくれが良い。メインヒロインには充分過ぎるキャラだ。
小説家の高校生とヒロインの同級生 武埼 @take190
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