2話 名前も知らない高校生

 今日は非常に天気が良いみたいだ。春らしい暖かさに、気持ちの良い風が吹いていた。 今日の様な天気は、自転車日和なのだが、あいにく昨日、自転車を学校において電車とバスで帰ってきてしまった。まあそれでも天気が良いに越したことはない。帰りは自転車なわけだし。


 近くのバス停でバスに乗り、窓の外を眺めながら新しい小説について考えていた。ジャンルとか、設定とか、主人公についてなどある程度プロットは出来ている。しかし細かな点はまだ思考中だ。そして何よりヒロイン的な人物のキャラ設定がまだ決まっていない。ジャンルはラブコメなので、メインヒロインが重要になってくる。その為、優柔不断な僕は中々決められずにいた。

 結局何も決まらないまま学校に着いてしまった。教室に入ると女子が一人居た。姿勢良く座り、本を読んでいた。本が好きな奴は大体来るのが早いのだ(僕調べ)。

教室で、一人堂々と本を読んでいる彼女の姿に、つい目を引かれてしまった。存在感はあるのに、初めて見る顔だった。あまりに見すぎてしまったせいか、彼女は僕の視線に気づき、本を閉じてこちらを向いた。不味いと思い、瞬時に視線を外した。全身に寒気が走った。


「何か?」


彼女はこちらを睨みつけて、少し威圧的にそう言った。


「あーいや、何でもない。悪い」


とりあえず謝ると、彼女は「そう」と言ってまた本を読み始めた。それを見てホッとした僕も自分の席に座った。

 席について、ポケットからスマホを取り出した。そしていつもの習慣で、無意識にアクセス解析のページを開いていた。昨日一気に何本か投稿して完結したので、ちょっと期待していた。

しかし現実はそう甘くなかった。


「170って」


つい声を出し、ため息までついてしまった。 そんな僕は、後ろから声を掛けられた。


「へー、あなた小説を書いているの?」

「えっ?」


僕は情けない声を出して後ろを振り返った。そこには嬉しそうに僕のスマホを覗く、さっきの女の顔があった。僕は見られてはいけないものを見られてしまったかのように、すぐ様スマホを隠した。


「勝手に見るなよ」

「あら、貴方さっき、私のこと勝手にガン見していたわよね? お互い様じゃない」


彼女は反省している様子もなく、口元を手で隠し、あははとわざとらしく笑ってせた。なんだこの女めっちゃウザいと思いながらも、とにかくこの状況をどう解決しようかを考えていた。僕が小説を書いているなんて誰にも知られたくない。それは今日初めて話した彼女にだってそうだ。彼女がふざけ半分で他の人に言う可能性だってある。

とにかく何か言い訳しないと。しかし、彼女にはそんな気はないようだった。


「でも何で隠すのよ。バレちゃいけない事だった? まあ誰にも言わないから安心して。どうせ私には言いふらす友達もいないから」


彼女は、自分がぼっちなことを自虐的に言った。そんなこと言われるともう言い訳する気も失せる。なので彼女には正直に言うことにした。


「ああ書いてるよ、小説。でもマジで誰にも言わないでくれよ」

「どうして? 別に恥ずかしい事じゃないでしょう」

「いや、恥ずかしいでしょ」

「ふーん。くだらないわね。好きでやってる事なんでしょ? なら堂々とやれば良いじゃない。コソコソやっている方が恥ずかしいわ。ちなみにどんな小説を書いているの?」

「教えない」


 小説を書いていることを知られるのも嫌だが、僕がどんな内容の小説を書いているのかを知られる方が嫌だ。なので絶対に教えない。


「いいじゃない。どうせ投稿サイトにさらしているんでしょう。タイトル教えなさいよ。読んであげるわ」

「やだよ」

 

 僕を弄ぶ彼女は、どこか楽しげだった。


「教えないと皆に言いふらしちゃうわよ」

「絶対に教えないから、そこだけは探るのやめてくれ。ていうか言いふらす相手いないんだろ」

 

 そういうと彼女は少し冷めてしまったのか、さっきまでの笑顔は消え失せていた。そして、「そう、じゃあいいわ」と言いって僕から離れて行った。それでも彼女は、ドアの手前でじゃあねと付け加えると、教室から出て行った。

結局彼女が何者なのか、全然分からなった。分かったことは、彼女はぼっちで性格が悪いということだけだった。絶対友達にはなりたくない。



 今日はまだ授業がなく、午前で学校が終わった。見てはいけないと分かっていても、どうしても気になり、ちょこちょこ彼女のことを見てしまっていた。今日の彼女を見ていると、本当に友達がいないようだった。誰とも話していなかったので、ばらされることもなさそうで少し安心した。でもまだ新クラスになって二日だし、これから友達ができてもおかしくないので油断はできない。が、彼女にその心配は無用に思える。あんな性格で友達ができるわけないし。それを考えて、少し笑いが漏れてしまった。ざまあみろだな。

 

 今日もお昼前に学校が終わったが、今日は特にご飯を食べて行こうとはならなかったので、僕は自転車で家に帰ることにした。

 学校が午前で終わり、天気が良く、暖かい。そんな日のサイクリングは、最高に気持ちが良かった。自転車でも次の小説について考えていた。こういう時はアイデアが出やすいのではと思ったが、また何も決まらなかった。

 途中、家の近くのコンビニに寄った。家には誰もいないし、ご飯も用意されていないので、コンビニで買って帰ることにした。

 お弁当やサンドウィッチ、おにぎりなどが並んでいる棚を五分ほど眺め、ようやく今日の昼食を決まった。さらに紙パックのコーヒー牛乳と、じゃがりこを持ってレジに向かった。ホットスナックのピザまんも買って店を出た。

 貰ったレシートを見て少し罪悪感に襲われる。お会計は八百円くらいだ。学校が早く終わる日は、友達と出かけなければほとんどコンビニでご飯やらジュースやらお菓子を買う。貯金しなければいけないのは分かっているが、どうしても止められないのだ。お陰で貯金はまだ十万円もない。なのでこうして僕は時々罪悪感を感じて気分が落ち込むことがあるのだ。その度に、書籍化されれば印税も入るし、大賞を受賞すれば賞金も入ってウハウハな生活がまっているから大丈夫だ。なんてくだらない考えで自分を慰めている。


 家に着きコンビニのラーメンをレンジで温めている間、僕はピザまんにかぶりついていた。ピザまんを口いっぱいに入れてそれをコーヒー牛乳で流し込む。色々良くないのは分かっているが、僕にはこうした時間が至福の時なのだ。そしてお菓子も食べ終えたころ、何やってんだかってなる。

 昼食を食べ終え、じゃがりことコーヒー牛乳をもって自分の部屋に行く。新しい小説のプロットを練るため、勉強机に置いてあるパソコンを開いた。投稿サイトのページを開いたついでにアクセス数を確認する。『255』。過去最高の数字だった。さして多くもないが、この数字は僕の小説に対するモチベーションを上げてくれた。

夢にまで見た書籍化を現実のものにすべく、僕は次の小説のプロットの続きを作り始めた。

 じゃがりこは直ぐに無くなり、コーヒー牛乳も飲み干してしまった。何か口にしたいので、僕はキッチンへ行きお湯を沸かした。

ホットコーヒーとキッチンにあったポテチを手に持って部屋へ戻ると、僕は再び文字を打ち込んだ。

 3時間ほど経ったころ、ポテチもコーヒーもとうに無くなっていた。夕食までまだ時間があるのに、猛烈な空腹に襲われた僕は、食料を求めてリビングへと出た。

リビングでは、既に帰って来ていた妹の咲菜さなが勉強をしていた。

年頃の僕たちには特に会話もない。もっとも、僕の方は今年高校受験を控えている妹の邪魔をしたくないので、あえて話しかけないのだが。

 何か食べるものを見つけるためにキッチンを漁ったが、手頃なものが無かった。仕方がないので夕飯まで我慢する事にして、部屋に戻った。

 ほとんど完成していたプロットは、ちょっと書くとすぐに出来上がった。しかし、一番大切なヒロインの設定だけが、やっぱりどうしても決まらなかった。このまま考えていても決まりそうもないので、今日はこれで終わることにした。


 プロットを書き終えた僕は、書籍化について調べていた。

 書籍化を目標に、ここまで書き続けてきた僕は、モチベーションを上げるためにたまにこうして書籍化や印税について調べてみたりしている。もちろん小説は好きだから書いている。書籍化も、自分の小説を多くの人に読んでもらいたいから目指している。でも正直な所、お金が欲しいからという理由もある。バイトをやめ、小説家としてお金を稼ぎながら学生をするというのが、僕の憧れなのだ。





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