第2話 行こう!タケノコパーティー
誤解が無いように先に述べておきたいのは、私は節制が出来ない男ではないということだ。
規則正しい食生活を送っており、食事メニューも栄養バランスに気をつけている。偏食しすぎることもなく、間食もほどほどに抑えている。
今夜のメニューがコロッケと白米にだったのは、一晩限りの奇跡といって良いだろう。とにかく私の食生活は整っている。
しかし、そんな節制マシーンの私だからこそ、「食べ放題」という言葉に惹かれてしまうのかもしれない。
食べ放題は2つの形式に分けられる。
ひとつは「自分の好きなものを好きなだけ選んで食べる」いわゆるバイキング形式である。
もうひとつは、果樹園で行われるいわゆる果物狩りの形式である。こちらの形式はまさに特化型である。バイキングでは様々な料理が並べられていたが、こちらは見渡す限り同じものである。しかし、それはバイキングに劣るということではない。
この形式の利点は鮮度が良いことである。
鮮度を落とすことなく、素材の持つ本来の美味しさを味わえる。それは一流のバイキングにも負けない利点であろう。
タケノコ
焼いてよし、煮てよし、揚げてよしの山菜界のスーパースターだ。
炊き込みご飯、味噌汁、天ぷら、刺身、和え物、煮物、どんな調理もできて美味しく味わえる。
タケノコの水煮などはオールシーズン楽しめるマストアイテムだが、旬のタケノコはえもいわれぬ美味である。
「筍」という字には「旬」が入っている。それはつまり、漢字が生まれたはるか昔からタケノコは旬がうまいということが認知されていたということだろう。
長々と「タケノコ」「食べ放題」の魅力について述べてきたが、ここで述べたいのは要は私の週末の予定が決まったということだ。「タケノコパーティー」出席決定。
時刻は午前8時55分。集合時間5分前である。
集合場所の校門付近には10人ほどの人がいた。それぞれ、ビラを持っている事からタケノコパーティーの参加者であることがわかる。
あの勧誘風景を見てもこれだけの人数が集まるのはタケノコ食べ放題の魔力だろう。恐るべし食べ放題。恐るべしタケノコ。
集合時間ぴったしに、2人の男性が現れた。
「今日は竹林整備サークル、グリーンにようこそ!農学部3年、会長のひぐまです。」
「同じく農学部3年、副グループ長のマグロです~!よろしく~!」
大柄な方が「ひぐま」さんで、小柄な方が「マグロ」さんだ。
「それでは、農棟に案内するんで、ついてきて下さいね!」
ひぐまさんの後について、ゾロゾロと山の方へ入っていく。
知り合い同士のグループで来ている人が多く、一人で来ているのは自分を含めて3人程度だろうか。少し寂しく思っているとマグロさんが声をかけてくれた。
「今日はよろしくね~!お名前聞いて良い~?」
「あっ、よろしくお願いします。竹田っていいます。」
「竹田くん!良い名前やね~!名前に竹が入ってるやないの~!」
どこの方言かは分からないが、陽気な印象を受ける話し方だ。おかげで緊張が溶けていく感じがする。
「あの、マグロさんは何で【マグロ】っていう名前なんですか?もしかして本名…」
「いやいやいや!違うからね~!これはいわゆるサークルネーム、あだ名だよ~!」
「ああ、そうですよね…」
「そうそう!うちのサークルはあだ名で呼び合うのが伝統になっててね~!それでついあだ名で自己紹介してしまったって訳なんよ~。」
「じゃあ、ひぐまさんも」
「もちろん!まぁ、見た目もまさに「ひぐま」って感じやから、本名でも違和感ないけどね~!」
楽しそうに話すマグロさんの後ろにいつの間にか大きな影…ヒグマさんが立っていた。
「まぁ、マグロは【イワシ】とかの方が似合いそうだけどな。」
「なんやと!」
「見た目の話をするならそうなるだろうが!」
「見た目もどちらかと言えばマグロっぽいやろ~がぁ!」
「いや、似てるのはファッションセンスだけだろうが!黒い服ばっか着やがって!」
突如始まった口喧嘩だったが、互いに楽しんでいる感じがして仲の良さが伺えた。
生暖かい目でやり取りを見ている間に目的地に着いたようだ。
「は~い!農棟についたよ~!ようこそ~!」
農学部棟、略して農棟である。
教育学部に属する身分としては来ることはないと思っていた場所だが、こうして来てみると学部の違いが感じられる。
教育学部の棟は、教室を詰め込んだ直方体の校舎を中庭を囲むように4つ配置したデザインで、全体的にコンパクトなのだ。
中庭に出たときに感じる閉塞感のせいか、裏では「監獄」という異名をつけられている。
それに比べて、農学棟は広い。畑や温室等の設備が山に沿って作られており。茶畑や竹林など様々な風景が見られ、ハイキングも楽しめる。
しかし、こちらは敷地確保のためキャンパスの中心部から離れており、他学部や中心にある共通棟から遠く「陸の孤島」というあ異名をつけられている。つまりはどっちもどっちだ。
農棟についたとたんに、良い匂いがしてきた。
「昨日のうちにちょっとタケノコを採っておいたんだ。」
「そうしないと、終わった後にお腹減っちゃうからね~!タケノコ狩りはハードなんよ~。」
「調理も結構時間かかるしなー。」
農棟の少しひらけたところ、天井があるからいわゆるピロティと呼ぶところに、10人程度が集まっていた。
タケノコの皮を剥いている人や、鍋をかきまぜている人、焚き火をしている人それぞれが生き生きとしている。
「ようこそ!うわー!めっちゃ新入生いるじゃないですか!」
「タケノコ足りるかな…」
「いやー、良い感じに焼き上がったねぇー。」
焚き火をしながらタケノコを焼き上げていたのは、ビラを配っていた緑の3人組だった。
「2年生諸君!準備ありがとうね~!」
どうやらあの3人組は2年生だったようだ。
今は一見普通の人に見える。
「じゃあ、2年生も自己紹介しておこうか。じゃあモッチーから。」
ひぐまさんが促すとそれぞれ、火の番を交代しながら自己紹介を始めた。
「人文学2年のモッチーです!今日は楽しんでいってね!」
「理学部2年…ひろろんといいます。以後よろしく…」
「いやー、農学部2年の辛しょうです。よろしく。」
「今日は主にこの3人が竹林を案内しますんで覚えておいてね。」
「それじゃ~、新入生の子達は名札を作るからこっち来てくれる~?」
マグロさんに引き連れられ、ピロティに設置された大きな机のところへ移動する。
机には色紙で作られた、チューリップやひまわりの形をした名札が有った。
幼稚園児がつけるような可愛らしい名札だ。
「そんじゃあ、今から名札つくるけど、好きな名前で良いからね~!」
「本名でも、あだ名でも好きな方でを書いてね。」
童心に帰り、名札を記入する。名札の形はサクラだった。
「ではグループ分けをします。各グループにはそれぞれサークルのメンバーを配置するので指示に従うようにしてくださいね。」
「じゃあ、同じ名札の子同士集まって~!じゃあ後は2年生よろしく~!」
「それじゃあ、チューリップのグループはこっちに来てください!」
「ひまわりチーム…よろしくお願いします…」
サクラグループのリーダーは緑C役の、辛しょうさんだ。
「いやー、辛しょうです。サクラグループの皆さんよろしくね。」
自己紹介の時から思っていたが、「辛しょう」ってなんだ。
どういう経緯でついたのか気になる。
「いやー、辛いもの好きと鍋将軍が合わさって、辛しょうです。」
聞かれる前に答えてくれた。
きっとよく聞かれるのだろう。
さくらグループの他のメンバーは、大人しそうなメガネの男子、太って貫禄のある男子、そして、頭髪が五分狩りのメガネの男子だった。
ボーイミーツガールを期待していたわけではないが、すこし残念。他のグループにはちらほら女子もいる。
まぁ今回の目的はタケノコ狩りであるため、逆に気を使わずにすむことはありがたい。
準備が整い、いよいよ竹林へ入る。
竹取り物語 ~大学に入りて竹を切りつつよろずのことにつかひけり~ リアム @jhonslee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。竹取り物語 ~大学に入りて竹を切りつつよろずのことにつかひけり~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます