エピローグ

 あたしは走る。温かな赤い色が溢れる街中を。お店の人やカップルが着るサンタの衣装、ドアに飾られたリースの柊の実、ツリーのボンボン、プレゼントのリボンに、ホットワインの看板。クリスマスカラーが赤である理由を、たぶん多くの人は知らないし、あたしも気にしない。幸せを感じる、祝福の色。それだけわかっていればいい。


 急ぐ足元で、紙袋が揺れる。これをあげたら、彼はどんな顔をするだろう。去年と、一昨年、やっぱり彼は泣いた。顔を涙でいっぱいに濡らしながら、ありがとうってふにゃりと笑う。その顔を見るために、あたしは毎年、研究に励むんだ。


 毎年クリスマスイブにデートするのに、今年はクリスマスにしようと言ったのは彼だった。どうして? 仕事が入った? そう聞くと、彼は真っ赤な顔をして俯いた。珍しい。彼があたしの顔をまっすぐに見ないなんて。そう思いながらも、特に気にしなかった。クリスマスの夜は、元々予定はなかったし、デートが一日ずれ込んでも、どうってことない。


 街には、カップルよりも家族連れの姿が目立った。イブは恋人と過ごす日で、クリスマス当日は、家族で過ごす日なんだよ。ニナが、そんなふうに言っていたっけ。だから、今日は家族連れが多いんだ。


 天まで届くような、大きなクリスマスツリーの下。寒さからか、頬と鼻先を赤くした彼を見つけた。ふう、と吐かれた息が白かった。髪をワックスでかためて、ロングコートなんか着ちゃって、今日はすごくオシャレしてる。気合、入ってるなぁ。


「誠さん!」


 彼があたしを見つける。

 彼の笑顔は、少し緊張をはらんでいた。


 紙袋を掲げて、あたしは大きく手を振る。

 これをあげたら、たぶん、今年も泣くんだろうな。


 だって、これはすごいんだよ。『ひよりスペシャル!』あたしが作った、色覚補助メガネ。赤い色がね、はっきり見えるんだ。鮮やかに、自然に。きっと、世界が変わって見えるよ。クリスマスの赤の世界を、体感できるんだよ。デザイン性だって、ばっちりなんだから。普段使いにして、ずっとかけていたっておかしくない。


 ───忘れられない恋がある。あの頃私はまだ精神的に幼くて、恋だとか、愛だとか、口に出して騒ぐことはできなかったけど。大人になった今では、ちゃんとわかる。あれは、間違いなく、あたしの初恋だった。そして、その初恋は、今日までずっと続いてる。これからもずっと続いてく。



<完>

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猫の目で見る世界 灰羽アリス @nyamoko0916

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