第5話 真実はここにある

「これは読めるぜ。彼女が地球に来たのは生物資源の調査。当初は衛星軌道上に船を待機させ、単身地上に降りて調査活動をしていた。地球人と同じ外観の義体を作成して地球人の中に入り込んでいた。95年ほど前に宇宙船が故障。最後のエネルギーを使用してこの地下トンネルへとジャンプした。彼女が主に取り組んでいたのが遺伝子の調査と改造。そして誕生したのが黒猫のアスワドだってさ」

「黒子の事か?」

「そうだ。彼女の名はシファー・マラク。元々は黒猫の獣人で俺と同族だ。その面影をあの猫に託したらしい」

「彼女は死んだのか」

「私の魂は……アスワドに宿っている」

「そんな事は可能なのか?」

「可能だ。俺が猫ロボに入るより簡単だろうよ」

「信じられんけど……そうなんだな」


 ビックリした。

 目の前にいる黒猫の黒子は、本当の名はアスワドで、中の人はシファー・マラク。彼女はアル・ファールドと同族で元々は黒猫の獣人だったなんて。


「ほほう。これは興味深いぞ」

「どうした。藤吉郎」

「論文だな。『遺伝子改造による環境適正の向上とその効果について』だとよ。それと『地球環境安定化のための地磁気の強化と有効利用について』だな」

「それは確かに興味深い。俺の仕事そのものだ」

「お前は環境省の職員だったな。あれ? こういうのもあるぞ『地球環境の変遷と遺伝子改造の歴史――外的理由による遺伝子改造の痕跡について』だとよ」

「え? それって今までも遺伝子を改造されて来たって事か?」

「驚く事は無いだろう。俺達のような猫獣人だって大昔に遺伝子を改造されて創造されたんだ」

「本当なのか?」

「そうだよ。お前達だって何度かそういった経験をしているはずさ」

「信じられない」

「お前さ。海の中で偶然できたアミノ酸が生物へと進化するとか思っているのか?」

「そう習った」

「馬鹿だな。そこには神の創造が関与しているんだ。突然新しい生命体がポツンと発生するはずがないだろう」

「そうなのか」

「そうだ。遺伝子ってのはな。常に同じものをコピーするだけなんだ。突然変異でサルが人間になったりしないんだよ。それは必ず神が創造しているんだ」


 言われてみればそうかもしれない。

 進化論に関しては学術的な説明がなされているが、それが実験的に再現できた話は聞いたことが無い。人類の発生に関しても、アフリカ単一起源説で説明できるのかどうか疑問を持っていた。人類が全て黒人なら納得がいくのだけれども。


「つまり、猫が獣人になるのも神の創造?」

「当然さ。ま、宇宙は広いから人為的な遺伝子改造も行われていると思うぞ。俺はやらんけどな」


 俺は絶句した。

 今まで俺は信じてきた常識が全て瓦解してしまったからだ。


「どうした。景虎」

「すまない。流石について行けないよ」

「そうか。仕方がないな。昼飯でも食べようじゃないか。黒子も腹を空かせているみたいだしな」

「ああ」


 俺はミサキの用意した弁当を広げた。

 俺用の弁当と、猫用のささみフードが入っていた。藤吉郎と黒子は早速そのささみフードにしゃぶりつく。


「なあ藤吉郎。黒子はどうする? 動物保護局に通報しない方が良いだろう」

「そうだな。猫ロボを用意できるか?」

「問題ない。まさか、シファー・マラクさんを猫ロボに宿らせるのか?」

「そうだ。それなら問題ないだろう。彼女が抜けた後、この黒猫は只の猫になるだけだ。そいつを当局で保護してもらえ」

「なるほど」


 こういう算段なら合理的かもしれない。


 食事を終えた俺達は宇宙船から外へ出た。

 地下通路から外へ出る。

 眩しい陽光にめまいがした。


 藤吉郎と黒子は芝生の上でじゃれあっている。

 俺も芝生の上で寝転んだ。


 心地よい陽だまりの中、段々と眠くなってきた。


 目の前に三毛猫と黒猫の獣人がいた。

 いつの間にか眠ってしまったようだ。


 アル・ファールドとシファー・マラクさんだった。


「景虎さん。ありがとうございます」

「彼女は同族の俺に出会えて喜んでいるんだ」

「それに、景虎さんが体を提供して下さるんですね」

「ああ」


 俺はシファー・マラクさんと握手をする。


「あの論文についてですが、俺が参考にしてもよろしいでしょうか」

「ええ。問題ありません。この地球は生物資源が豊かな星でした。今はそれが激減しています。何とかして以前のような豊かな環境へと戻したい。そんな気持ちで一生懸命綴ったものです。是非、利用して欲下さい」

「わかりました。誠心誠意努力します」


 程なく藤吉郎に起こされた。

 日が陰り、気温が低下していた。


 俺は自室へと戻り、雌の黒猫を注文した。


 これから二体の猫ロボとの楽しい生活が始まる。そして、地球環境改善のための戦いも始まるのだ。


「みゃ~ん」

「にゃ~ん」


 この二匹が手伝ってくれれば鬼に金棒だと思うのだが、そこは猫。元は優秀な研究者であっても、猫の姿となればやはり猫になるようだ。


「みゃ~ん」

「にゃ~ん」


 過大な期待はしないようにしよう。

 そう心に誓ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫ロボの藤吉郎 暗黒星雲 @darknebula

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ