自分でもわからない。

 何故あいつなんかと話したのか、なぜあいつの連絡先を交換したのか。

 そもそも、こんな人嫌いな私が人の連絡先交換してる時点でどうかしてる。

 「・・・。」

 そっと机の脇の花瓶に挿しているアザミの花を見た。

 アザミ。深い切れ込みのある葉と、紫色の花弁が特徴の花である。幼いころ、祖母と散歩に行ったときに見つけて、祖母に教えてもらって以降、ずっと気に入っている。

 そして、この花の花言葉は、「独立」「触れないで」

 まさに私にピッタリだ。私の性格を表している花と言ってもいい。

 「日日たちごり、ね。」

 ふと、例のくせ毛系冴えない男子の名前が出る。

 あいつはキョウチクトウに魅入られたと言った。もしかすると、彼も花の魅力を感じ取れそうだったから、それに惹かれたのかもしれない。

 いや、果たしてそうだろうか。本当にそれだけだろうか。

 「…ふふっ。」

 急に笑えてきた。私がこんな風に考え込むなんて柄じゃない。

 これもキョウチクトウのせいなのかもしれない。いや、考えすぎか。

 だって、あの花の花言葉は…。

 いやもうやめよう。これ以上頭を使っても疲れるだけだ。今日はもうさっさと寝よう。

 私は机の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。シーツと毛布の間の暗がりがちょうどいい。

 「・・・。」

 あいつになんか送るか。

 スマホを起動。指は新しく追加した連絡先へ向かう。

 ああもう、ほんとにどうしたんだ私。

 ちょっと、笑えた。何故だか知らんけど。

 

 ◇


 今日も今日とて暑苦しい。

 外の景色をよく見ると、かすかに陽炎が立っているのが見て取れる。ニュースによれば、外気温は30度以上にもなるらしい。

 この暑さのせいか、セミたちもほとんど鳴いてない。もしこれが休み時間だったら、このエアコンのきいた教室で一眠りしてたところだったが、生憎今はホームルームである。

 明日から夏休みなので、その注意事項やら何やらを話して終わりである。正直どうでもいいような気もするのだが、ここで寝て教師に注意されるのはいろいろと面倒なので、起きてることにしている。

 ふとスマホが鳴る。通知を見ると、八奈見からだ。

 内容は「学校終わったらでいいからホライゾンデューとグミ買ってきて。」とのこと。

 あれ以来、八奈見とはスマホで頻繁に会話をするようになった。ある時はパシリに使われたり,ある時は仕事の愚痴を聞かされたり、またある時は花の写真を送り付けてきたり。

 うーん、何か有名人と会話してるって感じしないなぁ。まあ、同級生なんだからっていうのもあるとは思うんだけど。日日は簡単な自己完結をした。

 それにしても、どうして八奈見は僕みたいなやつと連絡先を交換したがったのだろう。こんな男子よりも、そこらの女子と交換したほうが絶対良いとは思うのだが。これはずっと思ってたことなのだが、口には出さないようにしている。何ていうか、踏み込んではいけない問題のような、そんな気がするのだ。

 ちなみに八奈見は、同級生の連絡先に関しては僕しか追加していない。つまり僕は、この学校のアイドルの連絡先を持っているただ一人の生徒ということだ。

 ふと思う。八奈見は僕をどう思っているのだろう。そもそも、なぜ八奈見は僕なんかと関わっているのだろう。まさかあのキョウチクトウのせいというわけでもあるまい。

 でも、僕がキョウチクトウを見た感想を言ったときの、あの何か含んだような笑みは何だったのだろうか。

 「・・・。」

 考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていく。このくらいにしとこう。

 ホームルームが終わった。さて次の任務と行こうか。


 「ありがと。」

 街なかの高架橋の下で、八奈見に飲み物とグミを渡す。

 「こんぐらい自分で買えばいいのに。」

 「仕方ないでしょ。コンビニ行ってバレるの嫌だし。」

 そう言いながら、彼女はホライゾンデューを飲んだ。

 「…あんたもそれ好きだったんだな。」

 「そりゃもう。中学1年の時から飲んでいるから。」

 八奈見は空になった緑色の缶を近くにある自販機のそばのゴミ箱に捨てる。

 「じゃ、これで。」

 「ちょっと待って。」

 帰ろうとした矢先、呼び止められた。

 「ん?」

 「せっかくなんだし、最寄り駅まで付き合ってよ。どうせこの後、何の予定も無いんでしょ?」

 確かに無いっちゃ無い。このあと、涼しい家で気楽に昼寝するつもりだった。

 だが、自分は暑い中外を歩く気怠さよりも、別の問題が生まれていた。

 「いやだって、異性と一緒にいると、何か誤解が生まれんじゃないの?もし週刊記者何かに撮られたら…。」

 ましてや彼女は人気アイドルである。下手すりゃ彼女と僕の人生に影響を及ぼしかねない。

 「…ぷふっ。」

 「な、なに笑ってんの?」

 「いや、案外慎重なんだなーって。」

 「いや、そりゃ慎重にも…」

 「あの時あんたから声掛けたくせして何言ってんの?」

 「・・・。」

 僕は何も言えなくなる。

 「というわけで、同行決定ね。拒否権はないわよ。はい、これ持って。」

 八奈見はトートバッグを差し出した

 ◇


 最寄り駅までは、ここから歩いて20分程度である。

 ちょっと付き合わすくらいには、ちょうどいいと思う。幸い人通りが少ないのと、帽子と眼鏡で変装してるおかげで声を掛けられずには済んだ。

 どうしてこいつにこんなことさせてるのだろう。どうして私はこいつといるんだろう。私は日日を横目で見ながら、そっと心の中で思っている。

 私だって、こんなこと危険だってわかっている。週刊誌なんて、たまったもんじゃない。

 だけど、気持ちがざわざわしている。

 それは、ミツバチがお気に入りの花を見つけ、その花の蜜をずっと取りたいと思うような、そんな感情だった。自分、ミツバチじゃないけど。

 ああもう、ホントにどうしたんだ私。

 「・・・。」

 駅が見えてきた。


 ◇


 駅が見えてきた。

 ということは、八奈見とはここでお別れである。道中、何にもトラブルがなくてよかった。むしろ、こんなにも声が掛けられないものかと拍子抜けした。

 「そろそろだな。」

 八奈見に声を掛ける。彼女は少し俯いている。

 「あ、うん。そだね。」

 「…?」

 少し変だ。いつになく口数が少ない。いつもの彼女なら、愚痴やら花の知識やらをたくさん話すのに。

 「じゃ、もう行くから。それ返して。」

 そのままのテンションで、八奈見はトートバッグ返却を求めた。

 「…あいよ。」

 トートバッグを持った手を八奈見に伸ばす。

 そして八奈見はトートバッグを取った…かと思えば。

 そのまま僕の手も掴み、路地裏へ引っ張り込んだ。

 「なっ?!」

 突然の行動に脳が追いつかない。

 気がついたら、唇に未知の感触があった。


 ◇


 唇の感触は、思ったほど悪くなかった。

 そのまま、舌を潜り込ませる。

 わかってる。

 自分でも分かってる。馬鹿なことしてるって。

 でも、だけど、しかし、ダメだ出てこない。

 まあいい、とにかく、コイツと時間が共有出来たらいい。それも、とてつもなく濃厚な時間が。

 コイツが連絡先なんて交換してくれなかったら

 コイツがキョウチクトウに興味を持ってくれなかったら。

 コイツが声を掛けてくれなかったら。

 私が、あの日、キョウチクトウを見つけていなかったから。

 そう考えてるうち、向こうも応えてきた。舌が私のところへ上手い具合にやってくる。

 なんだ、案外上手いじゃん。アンタ、ドラマのキスシーンいけるぞ。


 ◇


 今の自分の心を表すとしたら、何だろう。

 炎?いや違う。ハチミツ?それも違う。ダメだ思いつかん。

 もうよそう。考えるだけ無駄だ。ただひとつ分かること。

 彼女のキスは、とてつもなく上手い。

 力強さを感じるものの、そこには女性らしい謙虚さが隠れている。さすが、伊達にキスシーンはやってないってか。

 もう、週刊誌とか、そんなことどうでもいい。

 ただ、委ねていたい。彼女と、この夏の空気に。

 「…ありがとう。」

 彼女が口を離し、そう言う。

 「アンタ上手いね。演技とかでキスシーン出来るよ多分。」

 「それはないよ。多分。」

 彼女の言葉がうつった。笑みが出た。

 彼女も笑った。

 「もう電車の時間だろ。早く行けって。」

 「何それ。もっとお似合いの言葉、言えないわけ?」

 彼女が呆れたように言う。

 「んなこと言われたって…。」

 ああもう、困るなぁ全く。

 「最後に、なんだけど。」

 八奈見が言う。

 「…キョウチクトウの花言葉、知ってる?」

 顔には、あの時と同じ、何か含んだような笑顔がある。

 「…知らない。」

 「ふふふっ。」

 彼女は笑う。そしてー

 僕の耳元に近づいた。息がかかる。

 「危険な愛」

 


 

 

 

 

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キョウチクトウ みやび @nkym0173

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ