七不思議(初投稿版)

深谷田 壮

七不思議

「おじゃましまーす」まーす。まーす。繰り返されるだけだ。深夜の学校を探索するときは、必ず玄関であいさつをする。これは私のマイルール。

 なんで学校にいるの?そう思う人もいるだろうが、落ち着いて聞いて、納得してほしい。

 昨日、友人と話をしていると、『二階にある男子トイレの奥から二番目の個室を、夜中の二時に百回ノックするの。それで、百秒待って、ドアを開けると、近くの窓から、落とされるんだって』という、 聞いたことがない怪談を聞いた。にわかには信じがたい。それでも、やってみようか。

 ほとんどの怪談は、実際に試してみて、嘘だとわかった。しかし、『怪談男子トイレ』(今名付けた)は初耳だ。なので、試してみようと思う。


 深夜二時になった。転校してから数ヶ月しかたってないが、校内への侵入口は見つけた。一時間前に学校までたどり着いたので、学校全体をくまなく歩き回った。まだ私が行ったことのない場所がたくさんあり、楽しかった。

 やっぱり、音楽室のピアノは動いてなかったな、とか。松永先生の机の引き出しにぬいぐるみがあったなぁ、とか。わかってたけど、男子の体操着は臭いなぁ、とか。学校探検のことを振り返っていると、あっという間に百回叩き終わった。あとは百秒、のんびりと待つだけだ。

 だけど、ただ待つのも退屈なので、声に出して時間を数えてみた。

「ろくじゅういーち、ろくじゅうにー…」ガタッ、と物音がした。これはもしかして…?私は負けじと大声を出した。

「ななじゅうさーん、ななじゅうしー…」別に怖いわけではない。

「きゅうじゅうはーち、きゅうじゅうきゅー…」大きく息を吸い込んで、

「ひゃく!」ひっ、と大声が、トイレの中から聞こえてきた。誰の声か、思い出せなかった。



 桜の花が散り、葉っぱがつき始めた。葉桜、って言ったっけ?春休み中ずっとアメリカに留学していたので、久しぶりの桜が満開でなかったのは残念だ。登校中に見た桜の木は、とても落ち着いているように見えた。わたし、葉桜のほうが綺麗なのよ。まあ、あいにくの曇り空だけど。

 当然、わたしは落ち着いてない。小学校最後のクラス替え、修学旅行や最後の運動会…『最後』と付くイベントの命運が今日、決まってしまう。


 身長が伸びたのか、学校が少し小さく見えた。でも、ハルちゃんは相変わらずだった。

「おはよー、ハルちゃん」

「リンー!」ハグしてきた。

「毎回毎回、なんでこんなに甘えん坊さんなんだろうね」

「いーじゃん、甘えたって」

「そりゃそうだけど、中学になったら、その甘えグセなんとかしてよね」

「わかってるって、それぐらい」

「…本当?」

「ホントホント」

「嘘でしょ」

「げ!なぜバレた⁉︎」

「嘘ついたときの口癖だよ。『ホントホント』てハルちゃんが喋るの」いつもより2音高く。

「そうかー。じゃ、気をつけよっと」

「じゃあ、新クラス、見る?」

「見る!」ハルちゃんと同じクラスだった。

「やった!ずっとリンと一緒だ!」ハルちゃんは、わたしの左で、大はしゃぎ。軽く飛び跳ねてさえいる。

「これで、六年間同じクラス、だっけ?」二、四、六年にクラス替えはない。

「九年間、だよ!」

「幼稚園のときも入れてる?まあいいけど」


 わたしのクラスに、転校生がきた。

「高城です」早口でそれだけ言うと、足早に彼女の席に座った。ずっとうつむいていたので、どんな顔かわからなかった。



 転校生マジック、って一度は聞いたことはあるだろう。いわゆる、新しく来た子が可愛かったり、カッコ良かったりする現象だ。だが、それにオレが引っかかったことは一度もなかった。

 理由は単純だ。アニキがイケメンすぎて、連れてくる彼女が軒並み美女なのだ。当然そっちに、叶わない恋をしていたので、クラスの女子に惚れることは全くなかった。

 そんな高嶺の花が、同学年に、現れてしまったのだ。

 あれは、忘れもしない、小五の春だ。新しいクラス表が下駄箱に貼り出され、また誰々と一緒だった、とか。同じクラブのあいつとは一度も同じクラスになってないな、とか。そんなことを考えていた。

 自分の名前を見つけ、同クラスの人を確認していると、見慣れない名前。女子の名前だった。

 彼女はオレの左隣の席だった。黒板の前に立ち、「高城です」とだけ言って、オレの隣に座った。

「…高城さん」一応話しかけてみたが、全く反応はなかった。それでも、「どこの小学校から来たの?」と話しかけ続けた。しかし、

「…言いたくない」と言ったきりだった。後の質問は無視され続けた。



 久しぶりに、学校に行ってみた。前の学校は、事情があって行けなくなったので、転校せざるを得なかった。

 夏休みよりも長いあいだ引きこもっていたので、その笑い声と、春だというのに眩しすぎる教室に、恐怖を覚えた。

 自己紹介も必要最小限で済まし、指定された、部屋の中で唯一空いている席へと移動した。途端に、

「…高城さん」と声が聞こえた。それの主は隣の席の男子。名前は覚えているわけがない。

「どこの小学校から来たの?」

「…言いたくない」私はぶっきらぼうに伝えた。

「前の学校って都会?田舎?」

「…」

「好きな教科は?」

「…」

「何か習い事ってしてた?」

「…」

「…そっか」彼は私との接触を諦めたようだ。

 そのまま先生の話が終わり、教室が騒がしくなった。隣の彼は直ぐに立ち上がり、他の男子たちの集団に入っていった。

「どうだ?神川。あの転校生は」ん?神川!?

 その聞き馴染みのある苗字に、私は動揺した。鳥肌が立ち、ポカポカとしている筈の室内で、寒気を覚えた。



「ねえ、高城さん」ハルちゃんと一緒に、話しかけてみた。

「え!え、え!えっと、水口みなくちさん?あと、久代くしろさん?ど、どうしたの⁉︎」

「高城さんって、どこから来たの?」

「え、えっと…」

「あ、無理だったら、ごめん…」

「アメリカ!アメリカから来たの!」

「高城ちゃんって帰国、あれ、なんだっけ?」ハルちゃんが口を挟んだ。

「帰国子女だよ」わたしは返した。

「そうだった!キコクシジョなんだ!」

「まぁ、そうだね」さっきまでとは違い、高城ちゃんはスラスラとしゃべった。

「じゃあ、英語しゃべれる?」

「…ごめん。無理なの」

「え…」ハルちゃんにとって、帰国子女は、英語が話せる人だったらしく、驚いた顔をしている。

「学校の中、あんまり知らないよね?」気まずい雰囲気だったので、わたしは本題に入った。

「よかったら、わたしたちが案内してもいい?」

「あ、えっと、そ、その…」高城ちゃんはしばらく黙っていたが、

「…いいよ」ボソっと答えた。



 オレは、高城と仲良くするのを諦めて、男子グループに入っていった。

「神川さあ、あの転校生に惚れた?」ちなみに、オレの名前は、神川だ。

「それはない」と、適当に受け応えしていると、

「嘘だ!だって話しかけてたじゃん。会話してたじゃん」

「オレはみんなと仲良くなりたいんだよ」それは本音だ。損なことはないからだ。

「全員にモテたいの!」ハハハ、と男子が笑った。だが、オレはそれに構う余裕はなかった。水口と久代のガールズコンビが、高城の、鉄壁のガードに挑もうとしてたからだ。

 オレはその三人を凝視していた。しかし、間に男子グループ一同が居座っていたので、良く見えない。隙間を探すと、自然とchoo choo TRAIN になっていた。

「やっぱり好きじゃん!」男子の冷やかしは自然と気にならなくなっていた。だが、それのせいで、三人が何と言っているかわからなかった。それでも、会話が成立していたのは確かだ。


 定点観察を諦めたオレは、水口たちが動くのを待った。数秒としないうちに、三人は立ち上がり、揃って教室を出た。もちろんオレは尾行しようとしたが、

「水口?久代?高城?」

「誰が好きなのか!」

「それとも…全員!」うるさい男子がすぐそばにいることを思い出した。

「あ!あそこにUFOが…」窓の外を指して、叫んだ。そのまま、教室から逃げ出した。



 水口と久代が学校案内をしてくれるらしい。本当は二週間前に、担任の先生に連れられて大体は理解したのだが…友達付き合いというやつか。

「はい!そうと決まればチャチャッと行こう!」久代が急に手を引っ張り、私を連行する。その弾みで机に腿をぶつけた。大した痛みではない筈だが、身体をぶつけたのが久しぶりでで「く…」と、うめき声を少しあげた。

「ハルちゃん!そんなに乱暴にしないで」水口は見た目の通り、大人だ。年齢はもちろん十歳だが、物事の分別がついている。人生経験がきっと豊富なのだろう、そのうち、良いお嫁さんになれそうだ。まあ、私の方が大人だけど。

「ごめんね〜」久代だ。

「大丈夫、気にしないで」



 ここまでくれば、もう諦めるだろう。トイレの、一番奥の個室に入り、オレは独りごちた。束の間、

「神川くんたち、うるさかったよね」

「ホント、なんで男子って、あんなにうるさいんだろうね」大沢真奈まなと奥野美琴みことだ。このとき、オレがとっさに息を潜めたのは、良い判断だった。だが、どうやって女子トイレから出よう。

 五年生になって早々、ヘンタイとは言われたくない。だが、ずっとここにはいられない。仕方がないので、しばらくそこに座っていた。

 すると、「え!高城ちゃんって、怖い話怖くないの!」久代の声が聞こえてきた。

「ま、まあ、そうだね」高城が答える。オレは、この三人が出たら、そのまま付いていこう、と決めた。

 だが、いくら待っても出る気配がない。既に、三人はトイレの外にいるような気もした。なので、ちょっと出てみ…

「ええと、何時までここでいるの?」水口の声が、突然聞こえた。オレのことを言われたのかと思って、身構えたが、

「真夜中になるまで、かな」高城が応えたようで、安心した。

「多分、無理だと思うよ」水口は、オレに気づいていないらしく、そのまま続けた。

「なんで?」と、高城。

「警備員さんが来ちゃうからね」

「そ、そうか…」高城は、一呼吸おいて、「アメリカには、そういうの、なかったと、思う、から」おどおどと応えた。

「やっぱり、キコクシジョって、そーゆーものなんだ」久代が言った。

「高城ちゃん、大丈夫だよ」と、水口。

「え?どうして?」

「この学校はフェンスが破れてるとこがあって、そこからいつでも入れるの」

「そうなの⁉︎」高城に言ったはずが、久代のリアクションが大きすぎる。

「だから、一旦帰ろうよ」という水口の提案に、後の二人は応えた。

 三人が、トイレから出たタイミングで、オレは女子トイレから脱出した。どうやら、命名『ヘンタイ』トラップは回避したようだ。

 教室に、荷物を取りに帰ると、

「キスした?」などなど、男子の邪魔声トラップが聞こえてきたので、無視して帰った。



 わたしたちと高城ちゃんは、馬が合った。校内のクラブ活動は、全員、一緒のスポーツクラブに入った。昼休みはずっと一緒にいたし、休日は三人でよく遊んだ。公園や買い物に行くことが多いけど、ハルちゃんの家で遊んだこともある。


 夏休み、わたしたちは林間学校に行った。高城ちゃんは行けなかったけど、それでも、楽しかった。

 やっぱり、この三人がいいと、改めて思った。


 楽しかった夏休みが終わり、九月と共に、二学期がやってきた。

 始業式の日の放課後、「林間学校、楽しかった?」高城ちゃんが話し出した。最初はあんなにオドオドしていたのに、今では堂々としている。そのクールさに、女子のわたしでも惚れそうになる。

「まあね」ハルちゃんが応えた。

「男子とかって、どんな話してるんだろう」宿でのことかな。

「誰がかわいい!とか、今日は寝ないぜ、とかかな。あ!あと、怪談もしてた!」

「ハルちゃん、それ、誰から聞いたの?」高城ちゃんが興味津々と尋ねた。

「神川だけど。行動班で一緒だった」

「怪談の話、どんなこと言ってた⁉︎」

「ここが墓地だったとか、あの窓に映ってるのが幽霊だとか。沢山話してた」

「もっと教えて!」

「いいよ!」それから、かなり多くの怖い話が出た。ところが、「…近くの窓から、落とされるんだって」とハルちゃんが言うと、

「…私、保健室に行ってくる」そう言って、小走りで向かった。慌てて追いかけ、高城ちゃんに付き添っていたけど、「もう三時だし、遅いから、あなた達は帰りなさい」と保健室の先生に言われたので、仕方なく、引き上げた。

「高城ちゃん、大丈夫かな」わたしは思わず呟いた。

「だいじょーぶだよ!きっとさ」

「そういえば、あの怪談。突き落とされるやつ。本当?」

「ホントホント」



「ひっ、く、クソっ…」男子トイレの個室の中から、あまりにもか細い声が聞こえてきた。そして、間髪入れずに、ドアが開いた。私はとっさに隠れたが、中にいた男子は消えそうな声で、まるで私がそこにいるかのように喋った。

「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ…やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった…」明らかにビビっていたが、可愛かったので、聞き耳を立てていた。

 すると突然、体が浮き上がった。そのまま、三階の男子トイレの窓から、宙を舞った。

 足から外に出されたので、一瞬だが、顔は見えた。

 神川の、顔だった。



 しばらくは、席替えは行われない。つまり、高城と話す機会が沢山ある。

 もちろん、それを無駄にするオレではない。事あるごとに、高城にアプローチした。社会でグループディスカッションをするときも、給食中でも。道徳のビデオを見るときだって話しかけた。帰り道を尾行したこともある(毎回撒かれたけど)。

 それでも高城の戸は開かなかった。

 何回もトライアンドエラーしてきて、分かったことが一つだけある。高城は、明らかにオレだけを避けているのだ。

 頑なにオレと会話しないのは、始めは男子を避けているからだ、と考えていた。しかし、オレがよく遊んでいるヤツらとは、ある程度は話していたのを、見つけてしまった。

 普通は、嫌われている、と思うべきなのだろうが、高城はツンデレで、オレを好きだから無視している。そんな妄想までした。

 とにかく、オレは高城に惚れていた。

 なので、というと少し変だが、高城と仲がいい、久代と同じ班にした。班と言っても、夏休みに林間学校があり、町巡りのときの行動班である。

 行動開始後すぐに、久代から、

「リンから、聞けって言われたんだけど…」リンとは、水口のことだ。

「高城ちゃんのこと、好きだよね!」

「…」図星だった。

「「やっぱりか!」」同じ班の男子二人が、ボーイソプラノで合唱した。

「…高城ちゃんは可愛いもんね」大沢は何故か、少しだけ上から目線で言った。

「認めたってことでいい?」久代が聞いてきたので、「…まあな」と答えた。

「もー、素直じゃないんだから」久代まで上から目線なのは気にしないでおこう。

「じゃあさ、その、高城の好きなこととか、教えてくれよ」一応聞いてみた。

「それが人に頼むタイドかな?」久代はまだ偉そうな口調だ。

「高城の好きなこと、教えてください」

「よかろう」急に古文チックになった。

「おぜんざいとか、かき氷とか。あと、本が好きって言ってた」

「ジャンルとかはわかります?」

「タブン、怖い話とかかな」

「どんぐらい好きですか?」

「ケッコー試してるみたいなんだよ。夜中に学校に行ってね」

「じゃ、じゃあさ…」オレは少し考えてから、「この話、高城に教えてくれませんか」と言った。

「んーいいよ」快諾してくれたので、よかった。


 そんな訳で、今オレは三階の男子トイレの手前から三個目の個室にいる。高城がきっと、この怪談を試しに来るから、出てきたときに、告白しようと思う。

 気がついたら、ドアはノックされ、その音は止んだ。多分オレは寝てしまったんだろう。そして、多分高城がドアの向こうにいる。オレは静かに百秒待とうとした。だが、

「ろくじゅういーち、ろくじゅうにー…」なんて急に大声を出された。少し驚いて、便座がガタっと鳴ったが、その声は確かに高城のものだ。大丈夫、オレはちゃんとコクれる。

 それでも、「ひゃく!」なんて、盛大にで叫ばれたら誰でも、ひっ、と思わず言ってしまうだろう。オレもそうだった。

 ひっ、く、くそ。後から気づいたが、このときのオレはプロポーズモードなどではなく、ただの戦闘モードだった。

 ドアを開けると、そこには、高城がいた。というのは幻想だった。

 小三のような見た目で、彼女は和服を着ていた。髪型は、いわゆる、おかっぱだが、ハサミの切れ味が悪かったのだろうか、前髪が揃っていなかった。また、何故かは知らないが、向かって左の髪に、ボリュームがなかった。

 そして、彼女は空中であぐらをかいていた。

 間違いない。彼女は、幽霊だ。向こう側が透けているのも、決め手の一つだ。

 それに、あの幽霊に見覚えがあった。美術室にいた幽霊だ。


 あれは、忘れもしない、小学校二年生のときだ。オレは小学校の創立八十五周年記念で、高学年の人がクラス単位で行う出し物に参加したり、クラブごとの企画で遊んでいた。

 オレはそのとき、友達数人と一緒に、美術クラブで粘土体験をしていた。何を作ったかは覚えてないけど、そこにいた人、いや物を見つけてしまったことははっきりと記憶している。

 それは、モナリザの隣に座っていた。いや、浮いて・・・いた。しばらくそれを見ていたが、友達も、先輩、先生までも気づかなかった。

 この事件を理解してくれたのは、アニキだけだった。

 アニキが教えてくれたのは、オレが、幽霊を見ることができる家系に生まれたこと。少なくとも、曽祖父の代から見えるらしいこと。それぐらいだ。

「実は俺も、その幽霊見たことあるぞ」アニキもオレと同じ小学校に通っており、やはり見たらしい。

「で、美術室にいただろ?その幽霊」

「そうだけど」

「…やっぱりか」それだけ言って、黙ってしまった。


 どうやら、幽霊が見えるのは、オレの家族以外にはいないらしかった。隣の席のクラスメートに、あそこに幽霊見えるか?としょっちゅう聞いていたが、誰に聞いても『見えない』の一点張りだった。

 流石にキモがられるので、あの幽霊のことは、小学校三年生の頃に人へ話すのをやめた。アニキを除いて。

 アニキもその幽霊に会ったことがあるそうで、色々なアドバイスをもらっている。その幽霊はおそらく地縛霊で、美術室にしか居られないこと。人と仲良くはしそうにないこと。美術準備室には移動できること。基本的にはそこにいること。

 また、オレ自身も観察、研究した。壁はすり抜けられること。性別はおそらく女性であること。授業中は不定期だが、掃除のときには必ず、美術室に居座っていること。大人のイケメンが好きなこと(大学から来た実習生には首ったけだった。男のオレでも惚れた)。

 ここまではいけたのだが、会話はまだ成立していない。というか、無視され続けている。

 卒業するまでには、知り合い程度の仲になりたいな。なんて、頭の片隅で考えていた小学五年生のとき、美術室から幽霊の姿が消えた。

 除霊でもしたのだろうか。あるいは、無念が無くなったのか。もちろん、考えても答えは出ないことは分かっていた。それよりも、目先のことばかりが気になっていた。

 幽霊が見えるオレにも、恋はできるから。


 狂戦士と化したオレは、「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ…やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった…」前言撤回しよう。狂戦士になりかけたオレだ。正直、ビビっていた。それに、彼女のあぐらで、男子たる者、見ちゃいけないものが見えていたからだ。オレにも、紳士っぽいところはある。

 すると、彼女が投げ飛ばされた。投げ飛ばしたのは、オレの兄だった。



「あ、アニキ」

「やっぱりいたか。可愛い弟よ」

「アニキって、幽霊触れんのかよ?」

「肌の出てるところならな」

「じゃ、じゃあ、なんでここに来た?それに、美術室の幽霊、投げる必要、ないだろ?なんで?」

「…どっちの質問も答えよう。まず、流石に気づいていると思うが、あの幽霊は美術室のそれだ」

「それは分かってる」

「アイツと俺、話したことあるんだぜ」

「えぇぇ⁉︎」

「どうやったかは教えないぞ。それで、彼女が俺の初恋の相手だ。もちろん俺も只の男だ。愛しい弟の目の前でする愛の告白は恥ずかしいだろ?だから投げた」

「…なんだ、そんなことか」

「ちょっと待て。もう一つ、お前に伝えたいことがある」

「それは?」

「お前は高城って女子に告白する予定だったんだよな?」

「そうだけど」

「その子が幽霊な。美術室の」

「…」

「運動会のときにその転校生を見て、一目で分かったよ。苗字は何故か変わっていたけどな。そして、俺がここに来た理由は、お前に彼女を取られたくなかったから。ついでに言うと、彼女、俺の初恋相手だ。因みに、小二のときだ」

 やっぱり、高城は、高嶺の花だった。そして、しばらくの間は、アニキに追いつけない。そう悟った。



 投げ飛ばされた、神川弟のいる学校。そこから思いつくのは、神川兄しかいなかった。目と眉毛がかなり一致しているので、その気配はしたが、今はっきりわかった。

 それに、一応ではあるが、神川弟とも面識はあった。美術室でチラチラ私を見ていたのを思い出した。あれは確実に、『見えている』目だった。

 神川兄とは、一言では言えないような関係だ。

 私のことが見える初めての人で、仲良くもなった。彼のこと、小学校4年生ぐらいまでは可愛く、それからは少しかっこよい印象だ。

 人と話したのも久しぶりで、彼とはすぐ仲良くなった。美術室でしか会えなかったのは残念だった。きっと私がこんな身体じゃなかったら…そんなことはよく考えていた。

 しかし、神川兄が中二ぐらいになった頃。深夜。急に除霊師がやってきた。私は必死に部屋を逃げ回り、なんとか助かった。

 除霊師は1人だが、その周囲に数人人がいて、その中に、神川兄の父親らしき人がいた。目と口が一致した。

 神川兄にとって私は、なんなんだろう。


「久しぶり、藤原」神川兄が呼びかけた。私の旧姓、生前の苗字だ。

「どうしたの神川」

「…付き合ってくれ」

「その前に一つ、確認させて」

「いいけど」

「なんで私の存在を消そうとしたの?」

「それは…その」

「やっぱり迷惑だと思ったの?」

「それはない!」

「…じゃあ?」

「俺の親父は幽霊が嫌いなんだ」

「それは本当だよ」神川弟が返事した。

「それで、俺から『幽霊のにおいがする』って言ってきて、そうした」

「本当?」

「もちろん」


 これは後日談だが、アニキは『幽霊高城』に告白し、成功したらしい。また、彼女が地縛霊になった原因は、建設中の小学校で木材が頭に当たったからで、即死だったらしい。人らしき体で動けるようになっても、学校を離れれば離れるほど、古傷が痛むらしく、家に高城が来たことは今でもない。ついでに言うと、アニキが高城と付き合いだした日が、彼女の百歳の誕生日だった。

 そして今、オレは中三になり、隣の席で、水口、久代、高城の三人が楽しく会話している。なお、小学校から中学校まで、数十メートルしか離れていないので、頭痛はあまり激しくないのだそうだ。

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七不思議(初投稿版) 深谷田 壮 @NOT_FUKAYADA

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