いつしか硝子少女に己を重ねる

 描かれているのは現実にもありそうな日常のはずなのに、硝子の体を持つ少女という非日常の存在が日常と非日常の境をあいまいにしている。

 美しい空も、とりとめのないおしゃべりも、何気ない母の言葉もさりげなく、それだけであれば青春の一幕を見つけたような気持ちさえするのに、そのあいまいさが読者を主人公の硝子少女の傍に立たせ、孤独や疎外感が身に沁み、突き刺すようだった。
 読み返すほど強まるその感覚が、ラストシーンで思わず叫びだしたくなるような感情に突き動かされる作品。