十万隻の宇宙艦隊
碌星らせん
十万隻の宇宙艦隊
銀河帝国が成立し、銀河に平和が訪れて数百年。それでもこの銀河には、十万隻の宇宙艦隊があるらしい。らしいというのは、誰も確かめたことがないからだ。
僕は昔から気になったことは調べないと気が済まない性分で、色々なことを調べてきた。どうして空が青いのか気になった時は実際にいろいろな星まで行って空の色を調べたし、近所の人がどうしていつも決まった時刻に出かけるのか気になったときは、毎日付きまとっていたせいでストーカーと誤解されてしまった(詳細は省くが、そのせいで近所の人は脱税が見つかり捕まった)。
それがあるとき、「本当に十万隻も宇宙戦艦がいるのか?」と気になってしまったのだ。
そもそも、宇宙戦艦なんて銀河中心領域にでも居ない限り、めったに見るものじゃない。その辺の辺境の星に来航したら、星を挙げてお祭り騒ぎになる。そういう希少価値のあるものだ。下手な動物より珍しい。幾ら銀河に人の住む惑星がたくさんあるとはいえ、十万隻、というのはいかにも盛りすぎではないかと気になった。
一度気になりはじめると、気になって仕方がない。夜もろくに寝付けないし、栄養チューブすら喉を通らない。
とはいえ、話は銀河帝国の統治にかかわる。公開情報を引いたところで、満足のいく答えは出てこない。宇宙戦艦の居場所は非公開だし、目撃情報をかき集めても限度がある。
ならば誰に聞けばいいか、と考えたところで、情報通と評判の友人に調べてもらった。
僕と同じファウンデーション国際大学の出身で、成績も優秀だった筈なのだが卒業してからぷらぷらしている変わり者だ。
結果は、数日のうちにもたらされた。
「軍艦の建造記録と、物資納入企業の財務諸表なんかを調べたが……十万隻というのは、まぁ建前だな」
「建前?」
「実際には船の形をしたものをかき集めて、多くて九万、といったところさ。中央に三万、辺境に六万くらい。しかも中央の艦隊は戦乱から遠ざかっていて稼働率が低い。実働は一万五千……予備までかき集めて二万というところだ。防衛の都合もあるから、実際に動かせる戦力は一万以下だろう」
なるほど、納得のいく数字ではあった。
しかし、この数字が正しければ、中央に二倍する艦隊……いや、実働戦力として考えれば、数倍以上の艦隊が辺境にあることになる。
帝国の2/3くらいが辺境の部類とはいえ、宇宙戦艦との遭遇頻度が低い銀河辺境にこそ、艦隊がたくさんある。本当にそんなことがあるものだろうか?
幸い、僕の実家は地方の名士なので、地方のことなら地方に、と伝手を頼って評議員に繋いでもらった。
評議員はでっぷりと太っていて、足が八本くらいあった。次で25期目だという。 辺境経済と軍隊の維持費の話からそれとなく水を向けて、
「地方には六万隻があると聞きましたが」
そう聞くと、
「あれはな、ハッタリよ」
評議員は「そんなことも知らんのか」という顔で答えた。
「ハッタリ……ですか?」
「辺境の領主が言う数字を合算したら、ああなった、というだけに過ぎない。どこも自分達を大きく見せたいのさ」
「しかし、動員がかかった場合はどうするのです?」
「その時は、傭兵で数合わせするのさ」
なるほど、そういうものか。
次に調べるべきことも決まったので、僕は別の地方領へと飛んだ。
こういうときも、ファウンデーション国際大学出身の肩書が役に立つ。
地方領主の下で働いていた同級生を見つけたのだ。大学時代はスポーツに傾倒していて、同じサークルだった。
「辺境伯は艦隊の不足を傭兵で補っていると聞きましたが、実際のところはどうなんでしょう?」
地方勤めだと過去に共通点を持つ人間と出会う機会も乏しいのか、僕が訪ねると彼は上機嫌で呑み屋を紹介してくれた。だが、ひとしきりフ国大あるあるネタで会話を弾ませた後にそう聞くと、彼は打って変わって気まずそうな顔になった。
ちなみに、同級生なのに敬語なのは、取材という対面を守るためなので気にしないでほしい。
「一体全体、どこでそんな話を聞いたんだ?」
少し慌てたような口ぶりで、地方領主の秘書官をしている元同級生はそう返した。
「それは言えませんが、確かな筋です。それで、実際はどのくらいなのでしょうか」
「……そうさな。本式艦隊戦力となると、主要領地と航路の防衛、海賊避けに艦隊を置いてある程度で、旧式やそもそもワープに耐えない艦が大半。領地数から逆算して二万五千くらいか」
「傭兵というのはどのくらいの数がいるんでしょう?」
「三千とも六千とも。海賊を雇ってるとも聞くな」
「中央も艦隊の数を盛っている、と聞きましたが」
「……本当なら、中央と辺境のパワーバランスに関わる。それだけでも由々しきことだが……ことによると、もっと由々しき事態なのかもしれない」
同級生の顔は険しかった。
「もしも、本当に十万隻の宇宙戦艦があって。それが気付かないうちに、どこかに消えているとしたら?」
「それは……その、例えば、横領とか?」
建造される筈の船を、建造したことにして、建造費をちょろまかす。
宇宙戦艦の建造費ともなれば、一つの惑星の経済活動に匹敵する資金と工業力が必要だ。それを一千隻単位でちょろまかすとすれば……想像絶する資金が動く。
「それもある。だが、最悪のケースは……本当に戦艦を建造していて、それが消えている場合だ」
「……?」
「宇宙戦艦は、そもそも何のためにある? 戦うためだろう」
「……つまり、この銀河のどこかで……帝国が『何か』と戦っている、と……?」
「確証はないが……何かあるとすれば、辺境だろう。やたらと戦艦が多いのに、遭遇しない。額面通りに考えれば、『どこかに固まっている』と考えるべきだろう」
俺が言ったなんて書くなよ、と友人に念押しされながら、僕は考える。
大変なことを知ってしまった。
つまり、友人たちの話を繋ぎ合わせるとこうだ。
中央も辺境も、宇宙戦艦の数を盛っている。
最も単純で平和なのが、十万隻の艦隊などありはしなかったのだ、という結論。
そして……次にありそうなのが、帝国は何かと戦っている、という結論。それも、千隻、一万隻単位の艦隊をすり潰すような相手と。
しかし、これ以上はどう調べたものか。
戦艦には乗組員や生体ユニットが必要なはず。いや、クローン培養なら賄えてしまうのだろうか? 物資の流れ、戦艦のドックの数。そのあたりだろうか? 友人にも見つけられなかった以上、この線は望み薄だが。
あとは……
◇
そうして中心領域に帰ると、家がガサ入れされていた。
慌ててクラウド領域を確認すると、執筆中だった原稿ファイルがいくつか消されている。何らかの検閲に遭ったのだ。
十万隻の宇宙艦隊についての調査データは綺麗さっぱり消去され、友人たちからは「もう来ないでくれ」というメールが来ていた。フレンド登録も解除されていた。
茫然自失のまま取り調べを受け、適当な答えを返し。
また新たな取調官が目の前にいる。そんなことを繰り返していると。
気が付くと
「君は、情報を収集する過程で幾つかのトラップデータを踏んでしまった」
青白い顔に剥げた細長い頭のメトセラは、僕を目にするなり不機嫌そうに口を開いた。さながら、「またペットの犬が面倒を起こしたぞ」と言いたげな飼い主の面持ちでだ。
「トラップ……? なんです?」
「データベースの中にある欺瞞情報。『正しい調べ方』、『通常の業務』の範囲なら、決してアクセスしないファイル。『何らかの目的でデータベースを漁った人間』だけが引っかかるトラップ、侵入者への撒き餌だな」
はて、何のことだろう。ととぼけたいところだが、心当たりはある。例の消去されたファイル……「十万隻の宇宙艦隊」の話だろうか。だが、腑に落ちない点もある。
僕は別に、自分でデータベースを漁ったわけではない。調べるように頼んだだけだ。わざわざメトセラが出てきているとはいえ、焦りは禁物。別件の可能性も大いにあるのだ。
「なるほど。そこから通信の逆探知を?」
「そんな面倒なことはしない。ただ、そういうトラップデータを使うと、アクセス者は間違った数字を使い、間違った結果を得ることになる。例えば……『中央』の実働艦隊戦力が、一万隻ほど少なく出る、であるとかね」
得心がいった。実際、自分が調べたわけではないが……調べさせ、その情報を繋ぎ合わせて活用したのは確かに僕だ。
「間違った数字は、間違った行動を呼ぶ。あとはその先に網を張れば、危険分子が勝手に引っ掛かるというわけですね」
「そういうことだ。何か質問はあるかね?」
どうやら、この場合の危険分子は僕のようだ。
厳密にどれが引っ掛かったのか、は……聞いても教えてはくれないだろう。捜査の手の内を明かすのは、危険分子の利となるからだ。
……より最悪を想定するなら、いっそ「教えてくれる」方が遥かに不味い。少なくとも、その情報を伝えられる状態では娑婆に帰れない、ということを意味するからだ。
というわけで、僕はその辺は敢えて尋ねないことに決めた。代わりに聞いたのは、別のことだった。
「十万隻の艦隊は本当にあるんですか? それとも、帝国は何か未知の脅威と戦っているんですか?」
「本当にそれを知りたいのかね? どうしても?」
メトセラというのはこういう時に持って回った言い方をするから嫌いなのだ。
多分だが、彼らはこういうやりとりを楽しんでいる。
ペットの犬が面白い芸をしたぞ、というような塩梅だろうか。
それくらいしか楽しみがないのではないか、とも思う。
「はい。まぁ、ええ。どうしても」
「面白いことをする。君は、この期に及んでも冷静に、我々を『観察している』」
「お褒めに預かり、光栄です」
「褒めてはいないが。君のような人間は、脅しても誤魔化しても、好奇心が満足するまで追及を止めないだろう」
それは確かにそうだった。
「ついてきなさい」
メトセラの手の装置が、空間に2mほどの穴を作り出す。
人間大のワープゲート。
時空連続体に影響がなんたら、とかいう理由で利用が厳しく制限されていて、一般人はまずお目にかかることのない代物だ。
「十万隻の艦隊というのは、古い話だ。この国が成り立った時には、確かに十万隻の艦隊があり、天を戦乱が覆っていた。しかし、戦乱の時代は終わり、船の多くは解体されるか、民間に払い下げられた。それでも、『十万隻の宇宙艦隊』は銀河帝国の維持に必要な建前なのだ」
僕達は、おっかなびっくりゲートを潜った。
「……と、いうのが表の理由。中央と辺境の対立が生み出した虚構なのだ、というのが裏の理由。そしてこれが、裏の裏の理由だ」
ゲートを抜けた先は、一面ガラス張りの施設だった。
どこかの惑星の、空の上。そこから、やたらと透明度の高い海の底を見下ろせる仕組みになっている。
海の中には、巨大な木のようなものがある。海藻、と言ったほうがいいのかもしれないが。それがみっしりと葉を広げ、実のようなものを付けていた。
そして、その実には……どこか既視感がある。
「……あれは、なんです?」
「君の知識レベルに合わせて説明するならば、『宇宙戦艦のなる木』だよ」
実の既視感に検討が付いた。宇宙戦艦だ。言われてみれば確かに、宇宙戦艦が積み重なって、木のようなものから生えていた。
クラゲのような形をした生体部品で覆われてこそいるが、それはまさしく宇宙戦艦だとわかった。
「上古の時代にクラゲを品種改良した、一種の生物でね。時が来れば分体を宇宙へ放出し、そして役目が終われば、こうして木へと戻る。この惑星だけで、二万隻の艦隊が取れる。その星が、あと五つほどある」
「乗組員はどうするんです?」
「要らない。時が来れば、艦隊は勝手にこの星を巣立ち、手あたり次第に敵に襲い掛かる。免疫機構のようなものだと思えばいい」
「……時、とは。どのような」
「古い話になる。我々はかつて、地球という星をこの宇宙から消した」
「つまり。星を宇宙から消すほどの時に、この艦隊が使われる……」
「左様。というより、その星が宇宙にとって害になる、と判断された時のみ、この艦隊の封は解かれるのだ。君の命が続く間に、この艦隊の封が解かれることはないだろう」
それは、あまりにも雄大で現実離れした景色だった。この景色が見られたことで、僕は思わず答えを得たような気になってしまった。
というよりも。仮に、これより先の真実がどこかにあったとして。それは、人の身では辿り着けない場所にあるのだろう、と諦めてしまったのかもしれない。目の前の光景ですら、僕一人では十分に持て余すものだったから。
去り際、僕はどうしても気になってメトセラの執政官に尋ねた。
「地球は、どうして滅びたんでしょう?」
「宇宙児童ポルノ所持法違反だよ。珪素生物の幼体を不適切な計算に利用していてな」
十万隻の宇宙艦隊は確かにあった。
だが、それがどうか使われないことを今は祈っている。
十万隻の宇宙艦隊 碌星らせん @dddrill
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