12星座ヤンデレ 5 しし座~さそり座

@redbluegreen

第1話

タイトル:スマホの長時間使用はあなたの健康を害する恐れがあります

星座:しし座

タイプ:自傷型ヤンデレ




 八月初頭、メッセージアプリ上でのやり取り。


「おっはよー、もう起きてる?」

「夏休みだからって、」

「いつまでもごろごろしてちゃダメだよ」

               『起きてるよ』

「あ、起きてたんだ」

「ちゃんと起きててえらいえらい」

「昔は私が行っても君は寝ててさー」

「ラジオ体操いつも遅刻してたのに」

               『もうそんな子供じゃないよ』

「あはは、そっかそっか」

「ごめんごめん」

「てか最近めっちゃ暑いよねー」

「部活でグラウンドなんか走ってるとめっちゃキツイー」

「もう暑くて暑くて倒れそうになるよー」

「君も熱中症とか気を付けなよ」

「ちゃんと部活の合間に水分とって」

「水じゃなくて、スポドリでね」

               『わかってるって』

「ほんとにー?」

「いつだったか暑い日に遊んでて、」

「校庭で、倒れたのは誰だったかなー?」

               『小学生の頃の話じゃん……』

「でも倒れたのは本当でしょ?」

「私がおんぶして保健室まで運んであげたよね」

「懐かしき夏の思い出」

「そうそう、そういえばそういえば」

「夏休みの宿題はどのくらい終わった?」

               『ぼちぼち』

「あー、それ全然やってないやつでしょー」

「私にはわかるよ」

「君って面倒なことは、」

「全部後回しにする性格だもん」

「でもだからって、」

「宿題見せてあげたりなんかしないからね」

「宿題は自分でやってこそだもん」

「情けは人のためにならずって言うし」

「人のを写しても君のためにならないから」

「今年こそは、」

「ちゃーんと自分でやるんだよ」

               『はいはい』

「またおざなりな返事しちゃってー」

「そういって絶対やらないんだから君は」

「まあ、でも」

「君が最終日にどうしても、」

「ど―――――してもって言うなら」

「見せてあげなくもないから」

               『大丈夫だよ。心配しないで』

「どうだかねー」

「ま、今は君を信じといてあげるよ」

「そうそう、それでさ」

「前から言ってた、」

「今度二人で遊びに行くってやつ」

「明後日くらいで大丈夫そう?」

「ちょうど私と君の部活がない日だけど」

               『いいよ』

「そ?」

「よかったー」

「二人とも部活忙しくて、」

「中々行けなかったからさー」

「このまま夏休みの間、」

「行けないのかなって、」

「心配だったんだよ」

「で? で?」

「どこいこっか?」

「駅前のモールに買い物とか」

「都心の方に新しくできた遊園地とか」

「山の方のプラネタリウムとかでもいいかも」

「迷っちゃうなー」

「君は行きたいとことかある?」

               『そっちにまかせるよ』

「もう、そんなこと言って」

「決めるのが面倒なだけでしょ?」

               『そんなんじゃないよ』

「そうかなー?」

「なら、ランジェリーショップとか」

「おしゃれーなスイーツの店とか」

「猫カフェとか」

「そんなとこでもいいの?」

               『いや、それはさすがに………』

「あはは」

「嘘嘘嘘嘘(笑)」

「冗談だって」

「心配しなくても、」

「そんなとこにはしないって」

「安心してくださーい」

               『善処してください』

「はいはい。わかってるって」

「この私にどーんと任せておきなさい」

「でもほんと、」

「どこにしよっかな」

「久々の君とのお出かけだもん」

「二人とも楽しめるとこじゃないとね」

「あー、悩まし悩まし」


 数日後、とある男女は近場にあるショッピングモールへと足を運んだ。

 時に笑いあい、時に歓談し、時に手をつないだりして、両者とも実に有意義な楽しいひと時を過ごしていた。





 八月上旬、メッセージアプリ上でのやり取り。


「ねえねえ、まだ起きてる?」

「ねえねえ聞いて聞いて」

「今日の今朝占いでさ、」

「しし座が最下位だったんだよね」

「しかもその内容がさ」

「【今日は人生で一番最低最悪の日!】」

「なんて言ってたもんだから、」

「何か悪い事が起こるんじゃないかって」

「ビクビクしながら過ごしてたんだけど」

「何もないまま今になっちゃって」

「なんかすっごく損した気分」

「私のビクビクを返せーって」

「言いたいよ、まったく」

「まあ占いなんて、」

「そんなものなのかもだけど」

「そいえば」

「この間のデート楽しかったよねー」

「あの日は私の買い物に、」

「色々付き合ってくれて」

「ありがと」

「結局私の買い物ばかりになっちゃったけど、」

「君は楽しかった?」

「あの日は私はしゃぎすぎちゃって、」

「ごめんね」

「久々の君とのお出かけだったから、」

「ついテンション上げ上げだったんだ」

「今の学校に入ってから」

「お互い部活とかで忙しくて」

「中々会えなくて」

「ちょっと、寂しかったし………」

「あー、今のナシ今のナシ」

「ナシナシナシ」

「見なかったことにして」

「コホンコホン」

「そ、そういえばさ」

「買い物の途中で、」

「エレベータが止まっちゃった時は、」

「本当、驚いたよねー」

「電気も消えちゃって」

「このまま出られないんじゃないかって、」

「私本気で思っちゃった」

「でも君が」

「大丈夫だ、って」

「ずっと閉じ込められてる間、」

「私の頭撫でてくれて」

「ホッとできた」

「ありがと」

「………君ってさ」

「昔と変わったよね」

「前はいつもめそめそしてて、」

「いっつも私の後ろにくっついてたのに」

「今じゃ君のほうが背が高くって」

「前は勉強でも、スポーツでも、ゲームでも」

「私のほうが上手くて、」

「私が君に教えてたのに」

「今だと君のほうが全部私より上で」

「むしろ私のほうが教えてもらったりしてて」

「追い抜かれちゃって」

「先に行っちゃって」

「いつからかな」

「頼りない君が」

「頼れる君になったのは」

「ずっとずっと私は、」

「君の頼りになるお姉ちゃんなんだって、」

「思ってたけど」

「今じゃ君が」

「私のお兄ちゃんみたい」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………って、あれ?」

「さっきから全然返事ないけど」

「どうかしたの?」

「ねえねえねえねえ」

「どうして返事しないの」

「どうして返事してくれないの」

「なんでなんで」

「え、あれ?」

「もしかして私、」

「変なこと言った?」

「君の癇に障るようなこと、」

「言った?」

「だから返事しないの?」

「怒って返事しないの?」

「ごめんごめんごめんごめんごめん」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「謝るから、ちゃんと謝るから」

「だから返事して」

「お願いお願いお願いお願いお願い」

「お願いしますお願いしますお願いします」

「マジでごめん!」

「本当にごめん!」

「マジで本当にごめん!」

「だからねえ、返事してよ」

「返事してしてしてしてしてしてして」

「お願いだから」

「一言でもいいから」

「もし怒ってるんだったら、」

「怒ってるでもいいから」

「ねえねえねえねえねえ」

「ねえねえねえ」

「ねえ」

「お願いだよぉ………」

               『あ、ごめん。寝てた』


 このやり取りが表示された直後、ある男女が電話にて通話した。

 泣き喚く女性に対し、終始男性の方は慰める言葉を女性にかけ続けていた。

 その二人が通話を終了させた時、時計の針は0時を大きく越えていた。




 八月中旬、メッセージアプリ上でのやり取り。


「………ねぇ」

「なにかお話、して」

「なんでもいいから」

「君と話していたいの」

「ねえ、お願い」

「お願いお願い」

「お願い、だよぉ………」

               『ついさっきまで一緒にいて』

               『話してたじゃん』

「そうだけどそうなんだけど」

「君がいないと寂しいの」

「君がいないと苦しいの」

「君がいないと辛いの」

「君がそばにいないとダメなの」

「一人が寂しいの」

「一人きりが苦しいの」

「一人ぼっちが辛いの」

「一人でいると不安になるの」

「寂しいの苦しいの辛いの」

「私を助けてよ」

「君しか私を助けられないんだよ」

「お願いだから」

「私に君を感じさせて」

               『この前も似たようなこと』

               『言ってなかった?』

「そうだけどそうなんだけど」

「でもちょっと違う」

「日に日にどんどん心が寂しくなるの」

「どんどん胸が苦しくなるの」

「どんどん辛くなるの」

「君がどこか遠くに行くんじゃないかって」

「心配なの」

「君が離れていっちゃうんじゃないかって」

「想像しちゃうの」

「君が私を置いていくんじゃないかって」

「考えちゃうの」

「心配するの想像するの考えるの」

「お願いだから」

「私を」

「一人にしないで」

               『………別にどこにも行かないって』

「そうだけどそうなんだけど」

「寂しいとね、苦しいとね、辛いとね」

「そんな考えが止まらないんだよ」

「いくら考えないようにしても」

「頭の隙間で考えちゃうの」

「もう私は、」

「君のお姉ちゃんじゃないんじゃないかって」

「頼りにならない」

「頼りにできない子なんじゃないかって」

「君にとってはもう、」

「必要ないんじゃないかって」

「いらない子なんじゃないかって」

「どうしても考えちゃうの」

「考えがいつまでもいつまでも止まらないの」

「ねえ」

「ねえねえねえねえ」

「私は、君にとって必要な子?」

               『……………いい加減にしてよ』

「ああ、ごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ごめんなさいごめんんさいごめんなさい」

「ごめんなあいごめんなさいごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさいごめんない」

「ごめんなさい許して許して許して許して」

「お願いだからお願いだからお願いだから」

「お願いだから私の事見捨てないで」

「お願いだから私の事見限らないで」

「お願いだから私の事鬱陶しく思わないで」

「お願いだから私の事疎ましく思わないで」

「お願いだから私の事無視しないで」

「お願いだから私の事無理だって言わないで」

「もう変なこと言わないから」

「もう君を困らせないから」

「これ以上手間かけさせないから」

「これ以上手を煩わせないから」

「これ以上手を伸ばさないから」

「何でもするから」

「何でも言うこと聞くから」

「何でも命令に従うから」

「だからだからだから」

「私の事嫌いにならないで…」

「捨てないでぇ…」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「君に嫌われたら………」

「君に捨てられたら………」

「もう」

「死ぬ」

「しか」

「ない」

               『おい待て早まるな』

               『すぐ行くから待ってろ!』


 とある男性がある女性の自宅へと足早に向かった。

 男性が息を切らせて女性の自宅の扉を開いた時、女性は満面の笑みと共に男性を出迎えた。

 そしてその女性は、まるで何事もなかったかのように男性を部屋に招き入れると、お茶を出しお菓子を振舞った。




 八月下旬、メッセージアプリ上でのやり取り。


「(写真:血の付いたカッターナイフ)」

「(写真:何重にも直線の傷の付いた手首のアップ)」

「(写真:傷から赤い血液が一筋流れてる様子)」

「(写真:手首にカッターナイフを当てている瞬間)」

「(写真:市販薬の空き瓶数十個)」

「(写真:大量のカプセル状の錠剤)」

「(写真:粉末状の白い粉が入った袋)」

「(写真:中身が空の注射器数本)」

「(写真:彼女の裸身の姿。

 至る所の包帯、及び数々の打撲痕)」

「(写真:包帯の下にある生々しい傷)」

「(写真:出来たばかりの赤い傷及び古い青傷)」

「(写真:医師の診断のカルテ。

 彼女の全身の傷は一生残る傷との記述)」

「(写真:学校のトイレ。水浸しの彼女)」

「(写真:八つ裂きの運動シューズ)」

「(写真:彼女の鞄が焼却炉で燃えている様子)」

「(写真:見開いたノート。

 【ゴミ】【クズ】【学校来るな】等々の文字の羅列)」

「……………」

「……………」

「……………」

「………ねえ」

「私、こんなに可哀想な子なんだよ」

「リスカして」

「ドラッグやってて」

「傷だらけで」

「いじめられてて」

「本当にダメダメな子なの」

「どうしようもない子なの」

「底辺の子なの」

「泥沼の子なの」

「これ以上ないくらい不幸な子なの」

「どん底にいるの、私」

「暗くて」

「狭くて」

「ジメジメした所に」

「うずくまってる子なの」

「とてもとても」

「一人じゃ生きていけないの」

「誰かが支えてくれないといけないの」

「誰かが助けてくれなくちゃいけないの」

「誰かが手を差し伸べてくれなくちゃいけいないの」

「そうしないと」

「生きていけない子なの」

「一人じゃ寂しくて死んじゃううさぎ」

「ライオンだって、同情して食べないうさぎ」

「それが私なの」

「だから」

「だからだからだから」

「私には」

「君が必要なの」

「君がいないと生きていけないの」

「君がそばにいないと死んじゃうの」

「君の声が」

「君の顔が」

「君の匂いが」

「君のぬくもりが」

「君の心が」

「必要で」

「君は」

「私の」

「空気で」

「水なの」

「だから君の声を聞かせて」

「だから君の顔を見せて」

「だから君の匂いを嗅がせて」

「だから君のぬくもりを感じさせて」

「だから君の心を伝えて」

「そうしないと死んじゃうから」

「からからに乾いて、」

「干からびて、」

「ミイラになっちゃうから」

「もうすぐ死んじゃうよ?」

「最近、君に会ってないから」

「君が、会いに来てくれなから」

「君が、私を避けてるから」

「私が会いたい会いたいって言っても」

「君は来てくれない」

「私が連絡しても」

「君は出てくれない」

「なんでかな?」

「どうしてかな?」

「私は君を、こんなにも求めているのに」

「私は君が、こんなにも好きなのに」

「私は君に、こんなにも恋しているのに」

「どうしてどうして」

「なんでなの」

「でも、」

「私にはわかってるよ」

「私に会いに来なくても」

「私からの連絡に出なくても」

「私を避けていても」

「ねえ」

「これを、見てくれてるんでしょ?」

「君はとっても優しいから」

「君はとっても臆病だから」

「君はとっても繊細だから」

「私を、見捨てたりなんか、しないよね?」

「だって、それが私の好きになった君なんだから」

「ねえ」

「ねえねえねえねえねえ」

「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」

「ねえ!」

「ねえってば!」

               『………あのさ』

「ほらほら」

「やっぱりやっぱり」

「そうなんだよねそうなんだよね」

「とっても優しい君だよ君」

「それが君だよ」

「それで私の………」

               『もう、付き合いきれない』

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………あはは」

「あははははははは」

「あははははははははははははははっ」

「あははははははははははははははははははははっ!」

「あはっ、はっ………は」

「……………」

「そっか」

「私もう、見捨てられちゃったんだ………」

「でも、仕方ないよね」

「こんなダメダメな子、」

「誰だって、見捨てちゃうよね」

「うん」

「うんうんうんうんうん」

「そりゃそっか」

「君にももう、無理なんだ」

「今まで、ごめん」

「本当にごめん」

「これは嘘じゃなくて、」

「本当に本当に、ごめん」

「ごめん………」

「でも」

「君がいないと、」

「生きていけないのは、」

「本当なんだ」

「だから」

「私はもう、」

「消えるね」

「消える」

「消える」

「消える」

「本当の本当に、消えるから」

「だから」

「だからだから」

「最後のお願い、してもいいかな?」

「最後の最後」

「最後の、お願い」

「一人で消えるのは」

「一人きりで消えるのは」

「一人ぼっちで消えるのは」

「寂しくて、」

「苦しくて、」

「辛いから」

「孤独で孤立で孤高はとてもとても」

「耐え切れないから」

「うさぎはライオンみたく、」

「一匹になれないから」

「だからね」

「一緒に行こう?」

               『………は? 何言って』


 数日後、とある海岸線沿いで死体が発見されたというニュースがテレビで報道された。

 車道からは離れた砂浜の上に、男女二人の人間が寄り添うように横たわっており、男性の小指と女性の小指が赤色の紐で結ばれていた。

 警察は女性が男性を殺害。その後自らも命を絶とうと心中自殺を計画したのではないかという見解を示しており、意識不明の女性が回復し次第、事情を聞く方針で捜査を進めている。






タイトル:彼と彼女と彼女の友人

星座:おとめ座

タイプ:依存型ヤンデレ




 問題です。彼女の友人が彼に会った時、彼女の友人は一体何をしたでしょうか?




 ―――好きな人ができたの。

 彼女の友人はそう、彼女から聞かされました。

 彼女の友人はそれを聞いて、始めに驚嘆し、次に歓喜し、最後に少しだけ哀愁に暮れました。

 彼女は元来の男性恐怖症でした。

 彼女の家族は姉妹と両親のみで、父親も仕事の関係でほとんど家にはいませんでした。

 小中高大と通った学校はすべて名の通った女子校であり、卒業してからもあまり多くの人と関わる仕事ではなく、ほとんど男性と接する機会そのものがありませんでした。

 小学校から同じ学校に通い、大学在学中及び卒業後しばらくシェアハウスで共に生活していた関係である彼女の友人は、その間一切その手の浮ついた話を彼女から聞かされたことはありませんでしたので、その台詞を彼女から聞かされた時、最初冗談の類かと勘ぐるほどでした。

「とっても素敵な人なの。私の、運命の人」

 しかし大層幸せな表情でそう語る彼女の顔を見て、冗談ではなく本当なのだと彼女の友人は思いました。

 彼女の友人は聞きました。彼とはどこで出会ったのかを。

 彼女いわく、街中で出会ったのだと。

 そして、彼女が落とした荷物を拾ってくれたのが彼だったのだと。

 男性に対して挙動不審になる自分に、けっして色眼鏡で見ることなく、優しくしてくれたのだと。

 それはそれは嬉しそうに、そして楽しそうに彼女は語りました。

 彼女の友人はそれを聞き、内心そんなに大した事をしてないじゃないかと思いましたが、彼女の表情を見て口にするのは思い止まります。

 なおも彼のどんな所が格好よかったのか、優しかったのかを語り続ける彼女の言葉に相槌を打ちつつ、よかったね、と彼女に言いました。

「うん!」

 と、彼女は、飛び切りの笑顔で返事を返しました。




 彼と彼女が付き合うことになったと、彼女の友人は彼女から報告を受けました。

 あれから彼と彼女は何度かデートを重ねていました。

 今日はどこどこへ行った。

 この日はあれそれに行った。

 彼女の友人は彼女に会う度に、彼の話をこれでもかというくらいに聞かされていました。

 彼女の飛び切りの笑顔と共に、感極まった声音で。

 時折彼女から次にはどこに行ったらいいのかや、服は何を着てけばいいのかとアドバイスを求められることもありましたが、彼女同様に彼女の友人はそれまで男性と付き合ったことなど一度もなかったので、返答に窮していました。

 それでも彼女の事を想い一生懸命考えてアドバイスをすると、

「ありがとう。そうしてみるね」

 彼女からそう、お礼を言われました。

 彼女の友人は、それで十分でした。

 そうやって彼との関係を聞かされていた彼女の友人にとって、先の報告はそれほど驚くものではありませんでした。

 雛鳥が巣立っていくような郷愁が心中を駆け巡りましたが、しかし男性恐怖症を乗り越え平穏に異性との付き合いを成就させた彼女にその思いは口にはしませんでした。

「貴方は私の運命の人です、って言ったの。そしたら彼はね―――」

 よほど嬉しかったのか、何回も似たような話を彼女がするのを聞く一方で、彼女の友人は一つ、懸念していることがありました。

 それは彼の事について。

 人づてに聞いた彼のよくない噂話。

 ろくに仕事もせず日中ぷらぷらしているだとか、ヒモ男だとか、人間のクズだとか、昔警察に捕まった事があるだとか、薬をやっていただとか、金遣いが荒いだとか。

 そのような悪い噂を耳にしていたのです。

 それが全部が全部、本当だとはさすがに彼女の友人は思っていませんでしたが、それでもそんな噂が立ってしまうような人。

 彼女に気をつけたほうがいいと一言注意しておこうかと思いましたが、

「本当に付き合えるようになってよかった。うん、本当に」

 しかしなおも歓喜あふれる表情で語り続ける彼女に、彼女の友人は何も言うことができませんでした。




 お金を貸してほしいと彼女の友人は彼女に言われました。

 彼女の友人の不安は、的中していました。

 彼と付き合い始めてからというもの、彼女は従者かメイドかというくらいに彼に尽くしていました。

 料理掃除洗濯の家事は当たり前。

 彼から呼び出されれば彼女の友人と会っている時でも、仕事中であっても、たとえ法事に参列途中でも彼の元へと飛んでいく。

 彼が持って来いといえば、酒でも車でもお金でも何でもすぐに彼の元へと配達する。

 何度かその光景を見た彼女の友人はとてもそれが恋人に対する態度ではないと、確信していました。

 さすがにこれはひどいんじゃないかと、それとなく彼女に伝えていましたが、その時彼女は決まって、

「……………」

 黙ったまま首を振るだけでした。

 彼に尽くせるだけ尽くし、そして預金もすべて底を尽いた彼女。

 彼女の友人の所へお金を借りに来た彼女は、とても辛そうな表情をしていました。

 親友にお金を借りるのは心苦しい。

 けれど、彼のためにお金は必要だという、ダブルマインド。

 彼女のそんな表情をとても見ていることができず、彼女の友人は言われた額のお金を彼女に渡しました。

 初めて好きになった人に献身的な彼女。

 嫌われないために、捨てられないために、命令に絶対的に従う彼女。

 付き合うって、そういうことなの?

 恋人って、そういう関係なの?

 彼女の友人は、帰っていく彼女の背中を見送りながら、そう疑問に思わずにはいられませんでした。




 保証人になってくれないか。

 彼女の友人はそう彼女に頼まれました。

 彼女と彼はそのまま付き合い続けていました。

 彼女は彼に尽くし続けていました。

 どんなに横暴だろうが非道だろうが彼の命令に遵守し従っていました。

 特にお金に対する要求が多く、段々と要求される額も高いものになって行き、彼女はそれを用意するのに苦心していました。

 彼女の友人の前で、彼女はとてもやつれていました。顔色は悪く何日も満足に睡眠をとっていないのか目の下に大きな隈ができており、体はひどく痩せこけて着ているものもあちらこちらが汚れていてボロボロ。

 彼女の友人が聞いた話では寝る間も惜しんで働いて働いて働いて働きづめでお金を工面しているようでした。

 昼は重労働の肉体的な仕事。

 夜は不特定多数の男性を相手にする風俗関係の仕事。

 後者は男性恐怖症の影響からかすぐにクビになってしまうようでしたが、それでもすぐに別のお店を見つけては働くのを繰り返していました。

 また、友人知人、銀行などありとあらゆる所からもお金を借りられるだけ借りているようでした。

 そうやって作ったお金は、おそらく彼がギャンブルか何かで使うであろうにもかかわらず、彼女はそれでも彼のためにお金を用意しようと走り回っていました。

「この間、家族からも見放されちゃった」

 と、彼女は悲しみの笑顔でそっとつぶやきます。

 彼女の友人はとても見ていることができず、顔を背けました。

 顔を背けたまま、彼女に尋ねました。

 どうしてそこまで彼のためにするのか、と。

 彼女はすぐに答えました。

「それは、彼の事を愛しているから」

 そう発した彼女を、彼女の友人は横目で盗み見ます。

 全身はボロボロな彼女ですが、その表情は、愛情と恋慕の入り交じる慈愛の感情が満ち溢れたものでした。




 彼女が倒れて病院に運ばれたという連絡を彼女の友人は携帯電話のスピーカー越しに受けました。

 彼女の友人は連絡を受けてすぐ、仕事やら何やらを一切合財放り出して彼女の元へと向かいました。

 彼女の友人はここ何ヶ月かの間、彼女と連絡を取っていませんでした。

 それまでは、たとえひどい喧嘩をしている最中だったとしても何日かおきには連絡を取り合っていた二人の間柄だったのですが、ここ数ヶ月の間は、音信不通。彼女の友人が連絡を取ろうとしても、いつも留守番電話。

 彼女の友人は心配になって彼女の自宅も訪れていましたが、その自宅であるマンションはもぬけの殻でした。

 家賃が払えなくなって出て行ったのだと、その後しばらくして知りました。

 息を切らせて彼女の友人が病室に辿り付くと、そこにはベットに横たわり目を閉じている彼女がいました。

 すわ何事があったのかと彼女に駆け寄りますが、すぐに寝ているだけだと気付きます。

 久々に会った彼女は以前にもよりましてひどい顔色でした。手足は棒のように細く、長い髪の毛はあちこちで縮れていて、顔面は血が通っていないんじゃないかというような蒼白。

 胸が上下しているので息をしていることは分かりましたが、それがなければ生きているのかどうかさえ、判断が難しいくらいでした。

 少し経ってからやって来た医師によると、過労に栄養不足、その他もろもろのエトセトラエトセトラでしばらくは絶対安静、という容態だそうでした。

 それを聞いた彼女の友人は、安心していいのかどうかわからず、とりあえず彼女の脇に腰を下ろして、横たわった彼女を看ていました。

 ベットの周りには、彼女の友人以外は誰もいません。

 彼や、彼女の家族は、そこにはいませんでした。

 彼女の友人だけが、彼女を看ていました。

 彼女の傍らで、何かに祈るように手を胸の前で合わせながらじっと、彼女を看ていました。

 ―――そして、彼女の友人がその体勢のまま数時間が経過した頃に、彼女の目が覚めました。

 彼女はすぐ傍らにいた彼女の友人に事の次第を聞かされると、

「そっか。ごめんなさい………」

 力のない声で謝りました。

 それから、さも当然のように彼女はベットを出ようとしたので、どこへ行くのかと彼女の友人が問うと、

「次の仕事。お金、用意しなくちゃだから」

 そう言って病室を出て行こうとする彼女。

 ねえ、待って。

 たまらず彼女の友人は彼女を呼び止めます。

 言葉だけでなく、背後から抱きしめるように手を回して彼女をその場に留めます。

 彼女の背中で、彼女の友人は泣きじゃくりながら、彼女に言います。

 ねえ、もういいじゃない。彼の事なんか忘れて、また一緒に、私と暮らそうよ。昔みたいに、さ。

 ぎゅっと、彼女の服を握るその手は、震えていました。

 この手を離したら、彼女が二度と戻ってこないような感覚が、彼女の友人の中にはありました。

「……………」

 彼女はしばらくの間沈黙した後、答えをつむぎます。

「……………ありがとう」

 ――――――――――でも、ごめんなさい。

 彼女はそっと手を持ち上げて、彼女の服を握る彼女の友人の手を丁寧にはがしました。

「私は、あの人がいないとだめなの」

 それは優しく諭すような声音でしたが、しかしどこか断絶や拒絶の意味が内包されていて、彼女の友人の心に、深く突き刺さりました。

 それから彼女は歩き出そうと足を一歩踏み出しましたが、しかし何か思うところがあったのか、すぐにその足は止まります。

 そして彼女の友人に背を向けたまま口を開きます。

「ねえ、もし私に何かあったら、あの人のこと、頼んでもいいかな?」

 彼女の友人はその言葉に、はいともいいえとも答えを返すことができませんでした。




 ―――彼女が亡くなった。

 その訃報を、彼女の友人は唐突に受けました。

 最初、その事実を彼女の友人は受け入れることができませんでした。

 嘘だ嘘だとわめき散らし、思うが侭の破壊衝動に身を任せて身の回りにあるものや近付いてきた人に八つ当たりしました。

 それでも太陽が地球を一回り、二回り、三回りする頃になるとようやく、その現実を受け入れつつありました。

 しかし受け入れても悲しみが消えるわけではなく、数日後にひっそりと行われた葬式では人目もはばからず大声で泣きながら彼女の入った棺桶にいつまでもすがり付いていました。

 どうして彼女が死ななければならなかったのか。

 死因は交通事故だと聞かされていました。

 夜半、フラフラと頼りない足取りで道路に飛び出し、轢かれたのだと。

 ただ、別の噂も彼女の友人の耳に入ってきていました。

 彼女は多額の保険に入っていて、その保険金のために、事故に見せかけた自殺だったのではないかという。

 彼女の亡くなった今、真実は定かではありませんでした。

 ―――彼女の死から一週間後、彼女の友人は、とある住所の家に向かっていました。

 それは、彼女と付き合っていた彼の自宅の住所です。

 葬儀の場に現れなかった彼。

 ともすれば彼女が亡くなった事を知らないのではと思い、彼女の友人は彼のアパートを訪ねます。

 あ? 誰だお前?

 チャイムを鳴らしてでてきた男は、上半身が裸のまま不機嫌そう玄関に顔を出しました。

 そこに立っていたのはいかにもだらしないという言葉がぴったりそのまま当てはまる男。

 不健康そうで、くわえタバコのまま堂々と人前へと出てくるその男。

 彼女から聞いていた話とはあまりにもかけ離れた男の登場に彼女の友人は唖然とし声を詰まらせていると、

 ねー、誰ー?

 そう、部屋の中から声が聞こえました。

 彼女の友人がその声の主を追って、玄関から部屋の奥へと目を向けると、そこには、一糸まとわぬ姿で、床に置かれた布団から顔を出した女性がいました。

 そのあられもない姿の女性。

 そして、上半身裸の、ズボンをはいただけといった格好の目の前の男。

 彼女の友人が訪れる直前、その部屋の中で何が行われていたのかを想像した瞬間、彼女の友人の頭の中は真っ白になりました。

 それからその真っ白なキャンパスに彩られていくのは、今は亡き彼女の姿、彼女の声、彼女との思い出。

 それらが次々と彩られ、上書きされては新たな姿が重ねられ、何回も何回も別の彼女の姿が創造し想像され、耳の中ではこれまでの彼女の言葉が再生されて、巻き戻されてまた再生されていく。

 瞬く間の内に、そのキャンパスは数千回の変遷を遂げていました。

 そのキャンパスの変遷が終わり、声の再生があらかた繰り返された後、ようやく彼女の友人は再び現実へと戻ってきました。

 目の前にいるのは、彼女の付き合っていた彼。

 ここは、彼のアパート。

 奥の方にいる、見知らぬ女性。

 彼女の友人は、その瞳の奥に決意みなぎる感情の光を灯し、そして―――




 問題です。彼女の友人が彼に会った時、彼女の友人は一体何をしたでしょうか?


 ただし、彼女が彼に依存していたようにまた、彼女の友人が彼女に依存していたこととする。






タイトル:優先順位

星座:てんびん座

タイプ:排除型ヤンデレ




 あの方に、告白するお邪魔虫がおりました。

「好きです! 付き合ってください!」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 あの方と私は運命の赤い糸で結ばれた永久なる二人であるにも関わらず、その間にとって入ろうとするお邪魔虫。

 妬みでしょうか。嫉みでしょうか。嫉妬でしょうか。

 あの方がそれはそれは大層甚大で壮大なお方なのは百も承知の事実ですが、そんなあの方と私との間柄を羨むのは想像には難くありませんが、だからといってそのような蛮行は許されざるものです。

 万死に値する所業ですわ。

 虫は虫らしく、地べたを這いずり回っているのがお似合い。羽虫だとしてもその羽を羽ばたかせて私達の周囲を飛び回るのは許しません。

 ましてや、告白などとは。

 許せませんわ。許せませんわ。

 あの方の幸せを守るのが私の役目。

 あの方の幸せと、目障りに飛ぶお邪魔虫。どちらを優先するかなんて、天秤に乗せれば明らか。

 駆除です。排除です。駆逐ですわ。

 そうしましょう。そうしましょう。

 邪魔なお邪魔虫はいなくならなければなりません。いてはいけません。存在してはいけないのです。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せがまた一歩、近付きましたわ。


 あの方を密室に連れ込もうとする牛がおりました。

「君、この間のテスト赤点だったから、補習だよ。放課後、先生が二人きりでみーっちり、教えてあ・げ・る」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 あの方を密室に連れ込んで、この雌牛は一体何をなさるおつもりでしょうか。

 あの方を誘惑し誑かし、どんな行為を行うつもりなのでしょうか。

 実に嘆かわしい嘆かわしい。

 私にはわかっております。牛の魂胆なんてお見通しです。

 胸元が開いたシャツ。丈の短いスカート。丸く張り出た臀部。甘く上ずった声。無防備を装った仕草。

 それらが証拠であり証左なのです。

 ああ、ああ。そんな売春婦たる牛にあの方が誘惑されてはいけません。誑かされてはなりません。事をなされてはいけません。

 何とかいたしませんと。何とかいたしませんと。

 私が私が私が。何とか何とか何とか。

 売春婦で娼婦であばずれな雌牛を。

 あの方のために。あの方の幸せのために。

 あの方の幸せと、淫乱な牛。どちらかが大切か。天秤にかけた結果は明瞭なのです。

 殺処分です。淘汰です。追放ですわ。

 そうしましょう。そうしましょう。

 淫乱な牛はいりません。いる意味はありません。いる価値はありません。いるだけで罪なのです。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せがまた一歩、近付きましたわ。


 あの方に俗物的な思想を植え付けようとする単細胞がおりました。

「おーい。いいブツが手に入ったぜ。いやもうマジやばくてさー。特にこのページの女の子なんかがもう………」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 あの方に俗物で邪で淫靡な思想を植え付けるなんて。何たる鬼畜な所業でしょう。

 あの方がその程度で俗世に汚される可能性は微塵もあり得ませんが、その思想を植え付けようとするだけでも世紀の大犯罪に等しき大罪です。

 どうしてそんな非道な事ができるのでしょう。単細胞が故でしょうか。

 この単細胞が。ミドリムシが。ゾウリムシが。

 単細胞は延々とただただ無意味な増殖をし続けてればいいのです。

 あの方にこんな悪行を施すなど、もしかしたら単なる単細胞ではないのでしょうか?

 どちらにせよ、単細胞にせよそれ以外の何かにせよ、あの方に悪行をしでかしたことに変わりはありません。大罪を犯したことに変わりありません。

 あの方のために、単細胞をこの世から除去しなければなりません。

 あの方の幸せのために。単細胞ごときは、天秤に乗る価値すらありません。比べる価値すら皆無なのです。

 掃除をしましょう。清掃をしましょう。きれいにするのです。

 そうしましょう。そうしましょう。

 単細胞はこの世から排除。全世界から排除。宇宙から排除しましょう。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せがまた一歩、近付きましたわ。


 あの方を独占しようとする寄生虫がおりました。

「ねえ、あなた。金輪際うちの弟には近付かないでくれるかな」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 あの方と私を引き離そうとする寄生虫。どうしてどうしてなぜなぜ。寄生虫からそのような事を言われなければならないのでしょうか。

 あの方と私との関係に、口出しするような権利は、寄生虫にはありませんわ。

 それともなんですか、あれですか、どれですか。

 あの方と血縁関係であること、ただそれだけを利用して、将来あの方が得るであろう富を、名声を、栄誉を、それらを根こそぎ奪い取らんとする計画を企てているのでしょうか。

 ええ、ええ、ええ、ええ。そうですわ。

 なぜならそれ以外の理由なくして、あの方を私から引き離し、独占する理由が他にありませんもの。

 そうにちがいませんわ。ちがいませんわ。

 そうとわかれば躊躇う理由もありません。躊躇する理由も、臆する理由もありません。あの方の家族だからといって、手加減する理由はございません。

 寄生虫という害悪な存在は叩き潰しませんとね。

 あの方の幸せと害悪そのものの寄生虫。天秤に乗せて比べるだけであの方の価値を下げかねません。

 処刑ですわ。断罪ですわ。ギロチンですわ。

 そうしましょう。そうしましょう。

 存在そのものが悪の寄生虫は、万死に値します。極刑に値します。死刑に値します。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せがまた一歩、近付きましたわ。


 あの方に声をかけるゴミがおりました。

「あのさー、今度の休みのことなんだけど………」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 内容こそごくごく平凡な内容でこそあれ、しかし私にはわかります。

 口先三寸、嘘八丁であの方を誘い出して連れ出して呼び出して、あの方の意思を無視してあの方を我が物にしようとしているに違いないのです。間違いないのです。

 あの方と私に仇をなそうとするなんというゴミでしょうか。信じられません。そんな非道な事を企てるとはなんと愚かしい。

 ゴミの計画が成就する前に、ゴミはゴミ箱へ行ってもらいませんと。

 適材適所。ゴミはゴミらしくゴミ箱が在り処なのです。

 あの方の幸せと落ちているゴミ。天秤に掛けるまでもありません。

 ゴミはゴミらしく、チリとなって消え行くのですわ。

 そうしましょう。そうしましょう。

 焼却処分です。埋め立て処分です。廃棄処分です。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せが、もう十歩、近付きましたわ。


 あの方に熱いまなざしを向けている排泄物がおりました。

「…………………………」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 時間にして数秒でしたが私にはわかります。理解してます。確信しています。

 その排泄物はあの方の素晴らしさに崇拝し敬愛し恋慕しているのです。あの視線はそれが理由に違いありません。

 あの方と添い遂げるのは私であるというのに、なんと陰険な排泄物でしょう。なんと陰湿な排泄物でしょうか。

 排泄物であるという身分を少しはわきまえて欲しいものですわ。

 いえ、排泄物だからこそ、わきまえないのでしょうか。

 ええ、ええ、ええ、ええ。そうでしょうね。だって、排泄物ですもの。

 わきまえていないのならば仕方ありません。その身分をわからせてあげません。性根に叩き込ませてあげませんと。

 貴方は排泄物ですと。

 あの方の幸せと、不要な排泄物。天秤に掛けるまでもありません。

 排泄物は早々に除外しませんと。

 そうしましょう。そうしましょう。

 廃棄なのです。廃却なのです。消却なのです。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せが、大きく百歩、近付きましたわ。


 あの方の周囲にたくさんの汚物が拡散しておりました。

『――――――――――』

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 拡散している汚物達。汚らわしい汚物達。醜悪たる汚物達。

 多くの汚物達が、あの方を穢してしまいます、汚してしまいます、黒く染めてしまいます。

 汚物達の中のマイナスな思想が、あの方にジワジワと染まっていくのが私にはわかります。わかりきっています。

 ウイルスのようにあの方に感染していく様子は、求愛している私でさえ目をそらしてしまいそうになるほど見るに耐えませんが、しかし、しかと私は正面から捉えます。あの方のために私は見ています。

 そして、そんな環境下から救い出すのが私の役割です。

 汚染する前に、感染してしまう前に、汚物達を取り除かなければなりません。

 悪の思想に染まってしまう前に、除去しなければなりません。

 そうなってしまったら、聖なる幸せを感受できるはずもないのですから。

 あの方の幸せと、ウイルスたる汚物達。天秤に掛けるまでもありません。

 汚物はすぐに消去しないといけません。

 そうしましょう。そうしましょう。

 除外ですわ。場外ですわ。除去ですわ。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方と私との幸せが、後もう一歩の所まで近付きましたわ。


 あの方の周囲から、あらかたの人間がいなくなりました。あの方に害をなそうとする邪魔者は、いなくなりました。あの方と私との幸せを疎外する人間はすべて消え、これからはあの方と永遠に添い遂げるだけとなりました。

「いや、まだもう一人だけいるよ」

 ああ、どうしましょう。どうしましょう。

 私としたことが油断してしまいました。気が緩んでしまいました。安堵してしまいました。

 あの方と私にとっての邪魔者はすべていなくなったと思っておりましたが、しかしそうではなかったようなのです。

 さすがはあの方。私よりもはるかに明晰で卓越した思考を持つお方。私の目はごまかすことができても、あの方の目をごまかすことはできません。

 さてさてさて、あの方の仰るその一人を、こそこそと這い回る悪魔を、邪悪たる堕天使を、負の大魔王を討伐しなければなりません。

 あの方の幸せのために。あの方の幸せのために。あの方の幸せのために。

 私はそれを削除しますわ。

 にして、その邪魔者とは?

「―――君だよ」

 と、あの方は仰いました。

 ああ、ああ、ああ、ああ。なるほどなるほど。

 この私ですか。そうですか。

 この私が、あの方の幸せを疎外して邪魔をして障害となっている悪魔、堕天使、大魔王である、と。

 はいはいはいはい、そうですね。そうでしょう。

 あの方がそう仰るのならばそうに違いありません。間違いありません。誤解答であるはずがありません。

 あの方の幸せを妨げるものは、誰であろうと削除です。排除です。消去です。

 あの方の幸せと、邪悪な邪悪な悪魔、堕天使、大魔王。天秤に乗せずとも、優先すべきは明瞭にはっきりとしています。

 さあさあさあさあ、削除排除消去。

 そうしましょう。そうしましょう。

 削除して排除して消去ですわ。

 削除。削除。削除。

 削除。削除。削除。

 こうして、あの方の永久なる幸せにようやっとたどり着くことができました。

 あの方は永久に永遠に、安寧の幸せを得ることができたのです。




 HAPPY END..............................?






タイトル:「それ」のない世界へ

星座:さそり座

タイプ:ストーカー型ヤンデレ




 彼は逃げていた。

 ―――ハッハッハッハッハッハッハッハッ。

 ―――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ。

 ―――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ。

 懸命に走っていた。

 得体の知れないものから逃げていた。

 奴のいない場所へと逃走していた。

 とにもかくにもアレの元から逃げるべく、前へ前へと短距離走のスピードで長距離走の長さを遁走していた。

 息が上がる。

 脇腹は蝕む。

 心臓は熱く。

 両足は痛む。

 それでも彼は逃げ続ける。

 彼を執拗に追いかける異常で異様な怪物から、逃げのびるために。




 回想①。

 彼には好きな人がいた。

 それは、黒髪が美しい彼女。その髪は流れるように流麗な見目麗しい煌びやかな長髪で、彼の目を引き寄せるものだった。

 長身痩躯の体形の頂に存在する彼女の容貌も黒髪に等しく美麗で、可憐で、とても整った造形をしていた。

 彼女の表情は崩れることが少なく、いつも真面目で毅然としており、何事にも真摯に、真剣に取り組む。

 性格はクールで感情の起伏は乏しい。が、彼にとっては何かにつけて淡々と物事をこなすその冷静さが憧れでもあり、惹かれるものがあった。

 また、姿形は理路整然とした彼女なのだが、占いやオカルトといったものに傾倒しており、見た目に反したギャップが彼の好感度を上げていた。

 彼は彼女を一目見た時から興味を持ち、

 彼女と会話を交わすたびに親しみを覚え、

 彼女の事を知る度に彼女への想いが強くなり、

 彼女のそばにいると次第に彼女の事を好きになっていった。

 もっと彼女を見ていたい。

 もっと彼女と話したい。

 もっと彼女の事が知りたい。

 もっと彼女のそばにいたい。

 彼が彼女へ告白したのは極々自然な流れだった。

 彼の告白に対しても相変わらずクールな表情の彼女に、すわ断られるかと身構えた彼だったが、マイナスな予想とは裏腹に、彼女はその顔に優しい笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て、彼はより一層、彼女の事が好きになるのだった。




 彼は町のありとあらゆる場所を駆けずり回っていた。

 ―――タッタッタッタッタッタッタッタ!

 ―――ドタドタドタドタドタドタドタドタ!

 ―――スタタタタタタタタッッ!

 ビル。喫茶店。デパート。マンション。工事現場。学校。病院。交番。工場。空き地。森林。海浜。河口。山間。

 思いつく場所にすべて足を運んで、少しでも奴から距離を離そうと試みる。

 横の長さ。縦の長さ。高さの距離。三次元を余さず駆使して逃れようと試行する。

 できるだけ離れた場所へ。可能な限りの遠くへ。

 しかし奴は嘲笑うかのごとく、彼がどこへ逃げようと、どこへ入り込もうと、どこへ飛び込もうとけっして彼を逃すことはなかった。

 彼の位置を二十四時間三百六十五日いつでもどこでもちょうどぴったり正確に把握しているが如く、超常現象的な水晶を抱えているか予知能力か超能力を行使しているかのように、彼を捕捉していた。

 どれだけ彼が逃げてもけっして彼を逃さないアレ。

 彼は逃げ惑いながら、それへの恐怖を時間と共に徐々に増幅させていった。

 倍増ではなく二乗の方程式で、畏怖を発生させていった。




 回想②。

 彼と彼女の交際は順風満帆だった。

 付き合い始めた彼と彼女はそれ相応の関係を築いていた。

 二人で会う時間は増えており、ひとしおに甘い時間を過ごしていた。

 映画に行ったり食事に行ったり。

 動物園に行ったり水族館に行ったり。

 彼女の彼へに対する態度は、恋人同士になったからといって劇的に変化することはなかったが、それでも過ごす時間が増えたなりに、彼は彼女のいろんな面を見ることができていた。

 例えば一緒にレストランに行った時、豪快な肉料理を前にしておいしそうに舌鼓を打つ姿とか。

 例えば動物園に足を運んだ時、いろんな動物と柔和な表情で戯れる様子とか。

 普段はクールな彼女が見せる様々な一面。

 普段の姿とは少し離れた意外な素顔。

 彼はそんな彼女を見るたび、そんなギャップある姿を見るたび、ますます彼女の事を好きになっていくのだった。

 もっともっと彼女と過ごしていろんな彼女の姿を見たい。表情を見たい。意外な一面を見てみたい。

 感動的な映画を見て一筋の涙を流す彼女とか。

 水族館の魚に話しかける彼女とか。

 彼はそんな欲求を心中に浮かべていた。

 もちろん直接的にそれを表現することはなかったが、彼女を好きになっていく度、その気持ちは徐々に膨らんでいった。




 彼は膝に手を置き小休止していた。

 ―――ハッハ、ハァ………

 ―――ハー………ハァ。

 ―――フー、フゥ。

 彼がその身を陰に潜めているのは路地裏だった。

 ビルとビルの隙間にできた月の明かりも届かない闇夜の空間。

 表通りからは一見するだけでは視認することができない室外機の陰。

 彼はその場所で息を整え、足を休ませ、休息を取っていた。

 一時の安らぎ。

 だが、彼は理解していた。

 こんな場所に隠れていても、奴は瞬く間に現れるであろう事を確信していた。

 アレはもはや人間として捉えていてはいけない。

 その姿形は人間であろうとも、実態は怪物かといわんばかりの猛獣の類。

 動物であり獣であり野生生物。

 彼がどこにいようともすぐにその居場所をかぎつける肉食獣。ケダモノ。

 そうアレを理解しなければならなかった。せざるを得なかった。

 そうでなければ彼はこうして逃げ回ってはいないし、恐怖する必要もなかった。

 しかし実際には彼は逃げ回り、アレに恐怖の感情を抱いていた。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 その身は震えていて、鳥肌が立ち、寒気を催していた。

 両手で自身の体を抱いてもガタガタとした震えは一向に止まる気配がなかった。

 彼の想像上のアレは、ぱっくりと大きな口を開いて今にも彼を食わんかとする恐怖をもたらした。

 一時の安らぎの時間であるはずが、アレの想像は彼の精神を蝕んでいく。虫食いしていく。

 いくら頭から追い出そうにも追い出せないアレ。

 しばしの間頭の中のアレと格闘し、無常に時間は過ぎていく。

 ふと、彼が顔を上げると、

 ―――ばっちりと、アレと目が合った。

 彼はたまらずわめき声を上げると、すぐさま立ち上がり、アレに背を向けて、一目散に走り出す。

 その体はその足は、毛ほども回復したとは言い難かったが、それでも彼は足を止める事なく、にぎわう町中へと飛び出していった。




 回想③。

 彼は誰かの視線を感じていた。

 最初彼は気のせいだと思っていた。

 それを感じて後ろを振り返ってみても、そこには誰もいなかった。

 気を取り直して歩き出す。

 しかししばらくするとまたその視線を感じ、辺りを見回す。

 だが人影はない。

 それの繰り返し。

 その視線を意識しだしてからは、彼は一人でいる時それを常時感じるようになっていた。

 本屋で立ち読みをしている時。

 ジョギングで公園を走っている時。

 部屋でテレビを見ている時。

 お風呂場で身を休めている時。

 常に彼はそれを感じていた。

 その誰とも知れない視線は、粘っこくベタベタとして彼に張り付き離れようとはしなかった。

 その内になくなるだろう、という彼の読みはてんで見当違いであり、日増しにその気持ち悪い感覚は増していった。

 そんな生活の中、彼女といる時間だけは彼にとって安堵できる時間であった。

 彼女と過ごしている時だけは、その視線を感じることはなかった。

 それについて彼女に相談することもあったが、彼女はよくわからないといった表情を浮かべていた。

 彼の感覚的なものが彼女には伝わらなかったのかと、彼はそういった風に解釈し、それ以上の相談はしなかった。それ以前に、彼女を巻き込みたくないという気持ちが彼にはあった。

 彼女との心休まる温もりのある時。

 彼女から与えられえるそんな時間が彼にとっては貴重だった。

 だが、それもわずかな一時。

 彼女と離れればすぐにまた始まる悪夢の時間。

 誰かの視線。

 視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。視線。

 けっして離れることのない視線という名の剣。

 彼にはそれが、常に自分の喉元に突きつけられているようだった。

 いつだろうと、どこだろうと、何をしようとも離れない視線。

 それに苛まれていく日々の中、彼はついぞそれの正体を視界に収めた。

 闇夜の帳が下りた時刻、自宅への帰路の途中、毎度さながらのそれに振り返った先に、アレがあった。

 街頭の光が届かない真っ暗な闇の中、そこに浮かぶ二つの瞳。

 妖艶な情動を抱いたアメジストの輝きを放つ一対の目が、彼を見据えていた。

 じっと、瞬きさえせずに一直線に彼を捉える両目。

 その怪奇な異物を捉えた瞬間、彼はみっともない叫び声を上げて走り出した。




 彼は走っていた。走っていた。走っていた。

 ―――ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ。

 ―――タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!

 ―――ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!

 とにかく走っていた。ともかく走っていた。走る意味を考える前に走っていた。

 走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走っていた。

 アレから逃れるために。アレから離れるために。アレから遠ざかるために。

 だがアレは、彼が視認した目は、認識してしまった両目は、逃げる彼を、離れる彼を、遠ざかる彼を、追いかけていた。追従していた。追走していた。

 彼がどこへ行こうと、彼がどれだけスピードを出そうと、彼がいつまでも走ろうと、どこまでもどこまでも彼を視界に捉え続けていた。

 彼はけっして止まることはなく、後ろのアレもけっして止まらなかった。

 永遠に続く追いかけっこ。永久に続けられる鬼ごっこ。

 鬼は交代することなく、ただただ、彼を追いかけている。

 逃げる彼。追いかけるそれ。

 彼はひたすらにそれから逃げる。

 視線を感じてからというもの、彼にプライベートという時間はなかった。自由時間というものはなかった。一人というものがなかった。

 常に異物を所有している感覚。喉元に刺さった魚の骨が取れない感覚。

 どこまでもどこまでもそれに付きまとわれ見届けられ監視されていた。

 あの時見た一対の両目が、彼の周囲に何個も何個も何個も何個も何個も何個も彼の周囲を取り囲んでいる錯覚が、常時彼の頭の中にあった。

 見られたくない見られたくない見られたくない見られたくない見られたくない。

 こっちを見るな。自分を見るな。

 見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな。

 前だけを向いて走っていても、アレの目は彼を捉え続ける。その光景を彼は頭に思い浮かべる。浮かべてしまう。

 見たくない。想像したくない。

 彼がそう思っても頭の中から消えないアレの目。

 もう見たくないもう見たくないもう見たくないもう見たくないもう見たくないもう見たくない。

 見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない。

 ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない。

 彼が目を閉じたとて、まぶたの内側にくっきりと写る目。

 見たくなくても見えてしまう目。アレの目。得体の知れない目。怪物の目。猛獣の目。

 もうやだもうやだもうやだもうやだもうやだもうやだもうやだもうやだもうやだ。

 やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。

 彼は考える。アレから、あの目から逃れる術を。

 自分のこの目に写るからいけないのか。

 自分のこの目があるからいけないのか。

 自分のこの目がなければいいのか。

 自分のこの目がなければ見なくて済むのか。

 自分のこの目がなければもう見えないのか。

 自分のこの目がこの目がこの目がこの目がこの目が。

 彼は気が付く。そのとても簡単な方法に。

 彼は走るのを止めると、何の躊躇も躊躇いも猶予も待ったも余白も一呼吸も刹那も逡巡も思いなおしも再思考も撤回もなく、自らの手をチョキの形にし、その先端を両目へと向けて狙いを定め、それから―――――




 彼の目の前は真っ暗な空間が広がっている。

 闇。暗闇。

 何も見えない世界。光のない世界。

 彼には何も見えない。見ることができない。

 見えない見えない見えない見えない見えない見えない見えない見えない。

 彼はこれでもう、アレから逃げることが出来たと思った。

 アレを見ることはなく、もう解放されたと思っていた。

 ―――だが、それは大きな勘違いだった。

 アレは見えなくなっても、耳は聞こえ、鼻はにおい、肌は感じる。

 どうしようもなく感じる、アレの気配、存在。

 否応なくアレを感じてしまう、彼の全身の感覚器。

 彼は体を小さく丸め、小刻みに体を震わせる。

 だが、どれだけ意識を逸らそうと、離そうと、常に意識の片隅ではアレを、あの目を、彼は全身から感じてしまっていた。

 ベタベタと体に張り付き、決して取ることのできない粘っこいそれら。

 彼の永遠に終わらない悪夢が、再び始まった。





































































































「ハァ、ハァ………。

 ああ………君の行動、全部丸見えだよ」


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12星座ヤンデレ 5 しし座~さそり座 @redbluegreen

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