ガラクタの山

緋那真意

第1話

 そこは、ガラクタの山でした。

 いつからそうなったのか、知る人はいません。

 ただ、最初そこには大勢の人がいたと言います。大勢の人が暮らし、過ごしていたのだと言います。

 しかし、いつの頃からか少しずつ少しずつそこにガラクタが集まるようになっていき、それにつれてそこにいた人たちもまた少しずつ少しずつ離れていくようになり、気がついた時にはそこには無数のガラクタが山のように積み重なってしまっていたのだと言います。

 今ではそこで暮らすのはおろか、近づく人すらほとんどいません。

 ただ一人、そこに残っている人がいました。白い髪をした、物静かなおばあさんでした。

 おばあさんはガラクタの山のすぐ側にガラクタを寄せ集めて小屋を作り、毎日毎日、ガラクタの山からいくつかのガラクタを持ち帰っては、そのガラクタを加工して道具を作り、たまに訪れる人に分けていました。

 はじめは、誰もがガラクタで作った道具を受け取ろうとはしませんでした。新しくて、きれいで、便利な道具が世の中には溢れていたのです。

 ある時、ずっとおばあさんのお世話を焼いてきた人が、おばあさんに尋ねました。

「なぜ、わざわざガラクタから道具を作っているんだい?他に便利な道具がたくさんあるのに?」

 すると、おばあさんは寂しそうな笑顔を浮かべてこう答えました。

「私はね、自分で使うものくらいは、自分の手で作りたいだけなの」


 やがて、そのおばあさんも亡くなり、ガラクタの山に行く人はいなくなりました。

 しかし、誰も近寄らず、誰も住んでいないはずのガラクタの山は、少しずつ少しずつ大きくなる一方でした。


 そんなある日のこと、一人の男の子がガラクタの山へとやってきました。

 子供は一人ぼっちでした。家は貧しく、両親はともに働きに出ていました。そのため、男の子はろくに遊び道具も買ってもらえず、他の仲間達の輪の中へ入っていくこともできずにいました。

 男の子の両親は、危ないからガラクタの山には近付かないように、と普段から男の子に言い聞かせていましたが、一人ぼっちだった男の子は寂しさに耐えかねて、言いつけを破ってガラクタの山を訪れたのです。

 男の子は最初のうち、物珍しそうに山の裾野に転がっているガラクタを漁っていましたがすぐに飽きてしまい、なにか面白いものはないかと山の周辺を歩き回りました。

 やがて、男の子はガラクタの山のそばに何やらガラクタで出来た小屋があるのを見つけました。あのおばあさんが住んでいた小屋でした。

 男の子は好奇心にかられて、小屋の中に入ってみました。

 中には明かりも何もなく真っ暗でしたが、よく目を凝らしてみてみると、ランプのようなものがテーブルらしき台の上に乗っているのがわかりました。

 男の子は慎重にテーブルの側まで近付くと、ランプのようなものを調べ始め、ややあって側面につまみがあることに気が付きました。

 男の子がそのつまみをひねると、ランプはふわりと明るく輝き、小屋の中を優しく照らしました。

 ランプの乗っているテーブルの向かい側には、小さな棚がありました。

 そこには、亡くなったおばあさんがガラクタで作り出した道具たちが置かれていました。

 ハサミ、金槌、手鏡といった男の子にもすぐに使いみちの分かるものから、ぱっと見ただけでは何に使うのかよく分からないものまで、様々なものが置かれていました。

 どれもこれも丁寧にしっかりと作り込まれていて、今でも作ったおばあさんの優しさや温もりが感じられるようでした。

 それはガラクタで出来たものではありましたが、男の子の目にはどんなに新しくてピカピカな道具たちよりも素敵なもののように感じられました。

 夕方になり男の子は自分の家に帰りましたが、それからというもの男の子は毎日のようにおばあさんの小屋に通って、ガラクタで作られた道具の使いみちを覚えようと一生懸命に研究をしました。

 男の子がすべての道具を一通り覚え、自分でもガラクタから道具を作り出そうと思い立った頃には、男の子は立派な青年になっていました。

 青年は亡くなったおばあさんが住んでいた小屋を自分向きに改造してそこで暮らすようになり、おばあさんと同じようにガラクタから道具を作って暮らすようになりました。

 彼は、こんなことをよく言いました。

「どんなものでも、ガラクタになってしまうのかもしれない。でも、どんなに古いガラクタになってしまったとしても、また新しく生まれ変わることだって、出来るかもしれない」

 はじめは、新しい道具を買っては使い潰し、また新しいものを買う生活に慣れきって人々に、彼の言葉はほとんど届きませんでした。

 しかし、彼は毎日毎日一生懸命に道具を作り続け、時には新しく作られたものと比較しても全く劣らない、素晴らしい道具を作り出すこともありました。そんなことを繰り返すうちに、少しずつ彼の作るガラクタから出来た道具を求めたり、「自分にも作り方を教えてほしい」と名乗り出る人たちが増えていくようになりました。

 そして青年が年老いて老人になり、そして亡くなった頃には、ガラクタの山の周囲を沢山の人が訪れ、ガラクタを用いて道具を作り、生活に役立てるようになりました。

 そして、それ以降、ガラクタの山は大きくならなくなりました。

 ガラクタが減ることはありませんでしたが、増えることもなくなったのです。

 老人が亡くなる少し前のことです。ある子供が老人にこんなことを尋ねました。

「おじいさん、みんながガラクタの山から物を持っていくのに、どうして山はなくならないの?」

 老人は優しく子供の頭をなでながら言いました。

「世の中には色々なものが溢れているから、皆すぐに物を捨てようとしてしまう。だから、皆が物を拾っていく一方で、どうしても捨てられてしまうものも出てきてしまうんだ」

「じゃあ、この山はなくならないの?」

「そうでもないさ。ガラクタの山よりも、もっと多くの人が集まるようになって皆で協力すれば、それがいつになるかはわからないけれど、山がなくなることだって、あるかもしれない」

 それを聞いた子供はつぶらな瞳をいっぱいに開いて、老人を見つめました。

「本当に?嘘じゃないよね?」

「嘘じゃないさ。そうなると思ってさえいれば、いつかは出来るよ」


 老人が亡くなったあとも、ガラクタの山はそこにありました。

 しかし、もうガラクタの山から人がいなくなることもありませんでした。

 誰かがガラクタの山に物を捨て、誰かが捨てられたものを拾い集めて道具を作り出す。

 そんなことが何度も何度も繰り返されていくうちに、ガラクタの山はいつしか小さくなっていき、やがてなくなってしまったそうです。

 ただし、それが一体いつの話だったのか、知る人はいません。

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ガラクタの山 緋那真意 @firry

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