スローライフの話はいい加減にしろ

 時間が経つにつれ、異世界転生者の集いはいかにも同窓会のように和気藹々とした空気を醸し始めた。

 ダシデルによる司会進行があまりにもスマートだったということもあるだろう。

 彼(?)は誰一人として会話の輪から孤立しないよう、各人に柔らかい問い掛けをしていき、その発言権を見事に巡回させ、その中で返答に時間を要するような場合には巧みに話題を変える。

 そうすることで、参加者たちの舌はどんどんと滑らかになっていき、今や旧来の友人達と自宅で語らっている様な、一種の気安さが生まれていたのである。


「俺は前世では社畜だったから、今世ではスローライフを送る」


 と、クライスが言う。

 全員が頷き、その言葉に同意を示した。

 ただ一人、苦々しい笑みを浮かべるサーロを除いて。


「俺は能力は平均値でいいと言ったんだが、やれやれ、こんな厄介な能力で……ま、俺もパーティーを追放されて身軽になったから気ままに暮らすさ」


 と、ジェサイア。

 またもやサーロを除く全員が頷いた。


「俺は……辺境で宿屋か居酒屋をやるつもりだ」


 セインはワイングラスを手に、ニヒルに微笑んで見せる。


「ディアもスローライフするのだー!」

「わ、私はジェサイアの行くところならばどこでも……い、いや、なんでもない」

「さすがセイン様です。なかなかできることではありませんね」


 女性たちも彼らへの賞賛を惜しまない。

 自らのパートナーに心酔しきっているのだろう。

 サーロはもう、うんざりして席を立った。

 ダシデルが声をかける。


「どうしました?次はキミの番ですよ」

「すまない、ちょっと食べ過ぎたから……外の空気を吸ってくる」


 外へ出ると、すでに雨は上がり、美しい夕日が山の端にかかりつつあった。

 サーロはその鮮やかな朱を見つめながら、一人、考える。


 自分以外の異世界転生者たちとの、埋めがたい感情の乖離と、観念の齟齬を。


 彼らは確かに、自分よりもはるかに優秀なステータスをもつ戦士であり、人を惹きつける人望もあり、なによりも童貞の気配が皆無である。

 だが。

 サーロ自身でも不思議なことに、それらに対する羨望の念などは全く覚えなかった。

 かつてアルフ少年に抱いた醜い嫉妬の念や湿っぽい敗北感も、微塵もない。

 では何か。


 あえて表現するならば、失望に近いものなのだろう。


 郷里を同じくする者同士はある種のシンパシーや連帯感で結ばれているのではないか、という期待が裏切られ、落胆していたのである。

 三者が三様に前世での境遇を恨み節に込めて述べ、現世では自分の好きな様に生きると公言して憚らない。

 サーロ──いや、タケシも、前世では恵まれた人生であったとは言えない。

 小、中、高と波乱もなく進学したものの彼女ができたことはなく、就職はしたものの給料は平均年収を大きく下回り、残業も多く、毎日疲れていたうえに彼女もできなかった。

 SNSを始めてはみたものの何を呟こうがバズることもなく、彼女もできない。

 挙句、彼女もできないまま銃撃戦に巻き込まれて死んだ。


 だが、それが果たして不幸だったと言えるのだろうか。


 万物流転。

 生まれればやがて死ぬというのは全ての生物に間違いなく、そして平等に定められたシステムであり、寿命というのはその時間が長いか短いかという、ただそれだけのことである。

 一度死んだことによって生まれる達観なのだろうか?

 そうではない。

 サーロはむしろ人生というものに対して真摯に向き合う、敬虔な信者のつもりなのである。

 二度目の人生。

 それが前世を否定することから生まれるものであってはならない。


 宿命。

 運命。

 使命。


 全ての言葉に『命』がつくのはそれを人生をかけて模索し、全うせよという意味に違いないと、サーロは信じているのだ。

 世界を救う、などと大それたものではないのかもしれない。

 それでも、自らの力が誰かの笑顔の為に必要とされるのであれば、サーロはそれに命を賭ける覚悟がある。

 冒険者として世界を旅することも、ギルドに所属してクエストをこなすのも、その一環である。

 だが、サーロ以外の転生者たちはそうではないらしい。


 のんびり生きたいと言う。

 目立ちたくないと言う。

 女性には興味などないと言う。


 唯一無二のジョブである。

 常人離れした天与の才がある。

 そして、女を虜にする魅力も備わっているのだろう。

 しかし、それを自らの為にしか使わないという彼らのスタンスは、サーロの目には我が身可愛さの腑抜けた懶惰に満ちた、ひどく幼稚なものにしか映らなかった。


「スローライフ、か」


 サーロは呟く。

 確かに、ブラック企業で働き続けてきた社畜にとっては憧れる生き方なのだろう。

 だが。

 

「その為に転生したのか……?」


 答える者はいない。

 当たり前である。答えなどないのだ。

 それを探すのが人生──


「転生に意味を見出そうとするのはキミが初めてですよ」

「な!?」


 振り返ると、ダシデルが立っていた。

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