お前たちはなんだ!?異世界転生者との対話
「それでは、まずは自己紹介から参りましょう」
ダシデルの進行は実にスムーズで如才無いものだった。
異世界転生者四人。
促されて、そのうちの一人が口を開いた。
「俺の名前はクライス・フォン・アールヘンザーク」
「な!?」
思わず声を出したのは、もちろんサーロだった。
全員の視線が奇声を発した彼に向けて注がれる。
「どうした?」
「いや、なんでもない……すまない、続けてくれ」
サーロの動揺は致し方のないことである。
あの、相撲取りにも似た、転生の妖精。
彼から選ばされた転生後の新しい名前。
それが『サーロ・イン』。
お肉の部位ではないかと問い正したが、その後に掲示される二案、三案も全て食肉に関わるものであった。
あわや食いしん坊に転生してしまうのではないかと、そんな危惧を抱かされる名前であったが、それがルールなのだと、サーロはそう納得していた。
しかし。
「あー、俺はジェサイア・ルーカス。参ったな、あまり目立つことはしたくないのだが……」
「セイン・キンドールだ」
サーロは思わず拳を握り、歯軋りをした。
サーロインなどという美味しいお肉の部位丸出しの名前を与えられて生を受けた、ふざけた転生者は自分だけだということを確信したのである。
あの妖精のヨコシマな悪戯だったのだろうか?
真意はもはや確かめようがない。
しかし、たとえ形の上だけでも改名しようが、ステータス画面には呪いのようにその名が表示されるのだ。
『サーロ・イン』と。
「次はあなたの番ですよ」
「はっ!?」
ダシデルに声をかけられ、サーロは我に帰る。
この流れで、マンをジしたかのように最後に自らの名を言えというのか。
美味しいお肉の部位と同姓同名の、その名を。
「俺は……サーロ……」
恥辱に歯噛みしながら、サーロは口を開く。
恥じる?
何を恥じるというのか?
ここでサーロは自らに言い聞かせた。
この世の万物につけられた、あらゆる名前は全てその本質ではない。
人間が思いつき、気まぐれでつけたものではないか。
太陽の本当の名前は水虫かも知れず、水虫の本当の名前はパンティーかも知れないのだ。
「俺は……サーロ・インだ!」
天に向かって叫ぶ。
名前がなんだというのか。
その生き様が誇り高きサイキック戦士でさえあれば良い。
「サーロ・イン。それが俺の名だが!」
サーロは鋭い眼光で周囲の人間を威圧した。
この名に関しての一切のツッコミを禁ずるという意思を込めて。
緊張感を増した空気を和らげるように、ダシデルは咳払いを一つして話を進めた。
「それでは、ジョブについて伺いましょう。クライス?」
「俺は『エンシェントドラゴンテイマー』」
「な!?」
再び叫んだサーロは自らの口を自らの手で塞いだ。
クライスは続ける。
「古代種のドラゴンをテイムして、使い魔のように使役できるジョブだ。まあ、俺はこの力を戦いに使う気は無いのだがな……」
「そーだよ!」
クライスの傍から、ヒョコンと可愛らしい女の子が顔を出した。
褐色の肌に美しい金色の髪、そして印象的な真紅の瞳。
「こいつは古龍ディアブロ・マグラス。俺はディアって呼んでるけどな」
「ディアはねー、クライスのお嫁さんになるんだ」
「まったく、女に興味などないのだがな……」
サーロはもはや顎が外れかけていた。
そこから繰り出されるヤツギバヤの自己紹介ラッシュは彼の心を否応なしに打ちのめしていく。
次はジェサイア。
「俺は『ゴッドディフェンサー』。まあ『タンク』の上位だな。俺の外皮は9999ある。パーティーメンバーの盾になることが多かったんだが」
「ジェサイアはそのジョブの特殊性ゆえに勇者パーティーを追われたのです。でも、その後は一人でギルドの依頼をこなしてきたのですわ」
彼の隣に、甲冑姿の長身の美女が立つ。
栗色の美しい髪に、エメラルドを嵌め込んだような切長の瞳。
「私はルシアナ・コーデリア。彼のパートナーですわ」
「やれやれ……俺はパートナーなんかいらない。女に興味ない」
「いいえ、あなたのパートナーは私……これからもずっとよ」
その熱を帯びた視線は、紛れもなく思慕の情を含んでいた。
次はセインである。
「俺のジョブは『クリムゾンソーディアン』。緋色の神剣の継承者だ」
「そして、私は緋色の剣の巫女、シズネと申します」
彼の隣にしとやかに立ったのは、腰まである黒髪と透けるような白い肌が印象的な和装の美女である。
「俺は女に興味などないのだが」
「そうは参りません。神剣の継承者は巫女と添い遂げる運命……炊事も夜伽も、お任せください」
サーロは一連の流れを、もはや忘我を通り越して無我の境地に立って眺めていた。
枯れた山水の井戸を見つめる者が、果たして贅を尽くした飽食の世を欲するだろうか。
望むのは一雫の水である。
それ以上は必要ない。
「サーロさん、あなたの番です」
「ああ……俺の番か……」
サーロのジョブ。
『サイキック戦士』。
このジョブは実にカッコいい、と、先程までは疑わずに生きてきた。
だが。
(『エンシェントドラゴンテイマー』や『クリムゾンソーディアン』に比べると……!)
サイキック戦士とは?
取り柄は何かと言われると思い付かない。
契約している使い魔も、巫女さんも、女騎士もいない。
ただただ、老いた師匠と山に篭って修行をしていた日々のみが想起され、サーロは暗澹たる心持ちになった。
ジョブにいちいち『戦士』とつくのも時代錯誤でダサい気がする。
「俺はピエロか!?」
思わず叫んでいた。
「え?そうなのか?」
「あ!ち、ちがう!俺はピエロじゃない……」
慌てて否定し、そして、意を決して口を開いた。
「俺は……『サイキックソルジャー』だ!」
少しだけ格好をつけた呼び名にしたのは、サーロの悲しい虚栄心なのかも知れない。
だが、嘘はついていない。
誇り高き男の口とは真実のみを語るものなのだ。
「生命波動を駆使して戦うジョブだが!ちなみに俺も女の子に興味などない!」
最後の嘘。
それだけは、悲しい余韻をサーロの心に残した。
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