沈黙の弾丸

タツマゲドン

突撃せよ

「ジェイク、そんな木偶の坊を殴って楽しいか?」


 問われた金髪碧眼の白人は、部屋の壁際に置かれた木製の人形を殴っていた。肩の高さに2本、腹の高さに1本、股の高さから支柱のように1本、計4本の腕が生えている――木人椿と呼ばれる中国武術の修行道具。


 左手で腹部の腕を、右腕で左肩の腕をそれぞれ押し、今度は右腕で腹を、左腕で右肩を……


「確かに詰まらんな」

「じゃあ何故殴る?」


 手首を捻り肩の腕と絡め、1回転して幹を押す。両掌で腕を押し、ストンプキック。そして腕を前後回転、頭の高さの幹を連打。


 深呼吸。リビングテーブル上のコップの水を一気に飲み干した所で、彼はダイニングの椅子に腰掛ける茶髪の人物の質問に答え始めた。


「久し振りの仕事だ、ウズウズしている。ストレス解消にももってこいだろ? あとブルース・リーにも憧れてる」

「詰まらんって言ってた癖に」

「チョコミントみたいなもんだ。食いたくねえが食えばスカッとする」

「立派なスイーツ様だろうが」

「なら糖分をよこせ。それとグロックも」


 言われて茶髪の方は、散らかったテーブルの上からプラスチック製の黒く角張った拳銃、Glock18のグリップを先頭にジェイクと呼ばれた青年へ贈る。


「糖尿病に気をつけな。そいつで突入するつもりか?」

「タバコでガンになるよりはマシだ。メインな訳ねえだろ」

「その癖にロングマガジンなんか用意して、9ミリじゃキツくないか?」

「まあ見てなケビン」


 9ミリパラベラム弾を込めた長い弾倉を拳銃にはめ、予め卓上に置かれた、短機関銃を模した中身が空の銃らしき物体。拳銃を装着して小銃と同じ勝手で扱うカービンコンバージョンキットだ。


 グリップ部の後ろにはスライド式銃床が畳まれている。短い銃身下部にはフォアグリップを兼ねた予備弾倉入れ。


 前方の僅かなピカテ二ィー・レールへフラッシュライトをはめ、銃口には発砲の音と光を最小限に抑える黒い筒状のサプレッサーを。


 組み立てを終え、グリップの中指部分のマガジンリリースボタンを押して弾倉を抜き差ししたり、空になった銃のスライドやトリガーを軽めに引いたり、動作を確かめる。


「いっそそれメインで良いんじゃねえ?」

「褒めてんのか貶してんのかハッキリしろ。切り札は別に隠してる」

「水のように柔軟に、だ。どこで売ってた?」

「侮辱しやがったお客様、残念ながら非売品でございます」


 レールにドットサイトを付け、照準を目と合わせる。キャビネット型スピーカーの上のテレビの中で喋っている人物の眉間を赤い光点で狙いながら、背後からのからかいを跳ね返した。


「見た所大国採用のアタッチメントの別銃バージョンってとこか。愛国心の欠片も無え癖にか?」

「流行りの多国籍社会だ。ホンダのエンジンは世界一だぞ」

「前輪駆動の操作性と燃費は良いオカマ野郎め。男なら黙ってフォードを買え」

「日本製は世界一だ。マーティーも言ってたし」

「ミフネは好きだがカロウシと納豆は分からん。タバコ吸ってくる」

「吸い過ぎて出発前に死ぬなよ」


 タバコの箱を掴み、立ち上がってリビング隣のベランダに出るケビン。ジェイクは武器を一旦テーブルに置き、ダイニングとキッチンを経由した先にある冷蔵庫を開ける。


 牛乳や残り物料理が並ぶ中、胸の高さの棚の先頭で待ち構えていたプリンを取り、冷蔵庫隣の食器棚からスプーンをつまむ。ダイニングチェアーに腰掛け、味とテレビ番組のジョークをしばし楽しんだ。






「しかし面倒だねえ。たった2人で制圧だなんて」

「分け前が増えると考えろ」

「技術代で2倍は欲しいぜ」

「不景気だって事さ。まともに税金払わなかったツケだな」

「年金にばっか使いやがって。さっさとヘヴィメタル中毒患者の生活補助金をよお」

「国民の貴重なお国への提案とやらは後にしな。そろそろだぞ」


 重低音が強調されたテンポの速い音楽と共に、荒っぽく揺れるバンの窓からは、都市部から離れたスラム街。


 かつては周囲の山地から採れる鉄鉱石や石炭、良質な湖の水によって重工業が栄えた都市だ。しかし、経済の不況によって売れ行きが悪化、倒産や地価の低下が相次ぎ、街ごと退廃してしまったのだ。


 治安も悪化して警察や消防といった行政は撤退し、移住できず取り残された住民達は辛うじて生きている状態だ。


 そんな苦労を思わせるように、低所得者向けアパートの割れた窓ガラスや半壊した赤レンガ壁、道路に散乱したゴミに道路標示が掠れたボロボロのアスファルト。


「この辺りで降りるぞ。人も居なさそうだし」

「こんなオンボロ誰も盗みやしねえよ」

「バラバラにされちまうかもしれねえだろ。部品ならオークションで高く売れる」

「バスの回数券の方が得な時代だ。ほらよ、お前の分の荷物だ」

「んじゃあ、行くとしますか」


 結局、バンは廃車置き場と思われる車のスクラップが散在した所へ駐車した。音楽が消え、虫の鳴き声が微かに聞こえるのみ。


「ひったくりには気を付けな」

「そっちこそ、カツアゲされんなよ」

 

 黒いリュックを背負い、ジェイクは手を振って同僚と別れ、近くの通りに沿って歩み始める。ケビンは重そうな黒いボストンバッグを片手に、彼に対して垂直の通りの向こう側へ消えた。






 およそ20分後。


 交差点の向こう側、5階建てのオフィス兼住宅アパートと思われる建物。室内の明かりが仄かに見える。


 1階は食料品店の跡地と、端にある2階へ直接通じる階段の入り口には、銃身が切り詰められたM4小銃を構えた男が2人。


 反対側の廃墟の物陰でジェイクはしゃがみ込んでいた。両手に抱えるは黒い70センチメートル強のアサルトカービン、H&K HK416C。


 レール上部にはドットサイトと、下部にはフラッシュライト付きフォアグリップ。折り畳み式銃床を展開し、マガジンを取り付けた。


「調子はどうだ?」

『良い眺めだ、全員で62人。映像を送る』


 左腕にはめた腕時計型端末を数回タップ。すると、目の前の建物と同じ外見をした3DCGが出現した。壁や柱は半透明の青色になっており、構造が透けて見える。


 更に、その中を行き来する赤い人型の姿が多数。テーブルを囲って何やら談笑する姿も……


「トランプなんかしやがって、ここはモナコか?」

『例の大量破壊兵器とやらはこの最上階だろうな。一番警備が多い。しかもこの階は壁とガラスが補強されてて弾は通らなさそうだ』


 数日前、本来なら政府に管理されている筈の生化学兵器が、裏社会で取引された。


 買い取った勢力はこのスラム街でも特に猛威を振るい、小国並みの軍事力を持ち都市全域を実質支配しているといわれる「ターマイト」と呼ばれるギャング。


 この都市から撤退した警察では太刀打ち出来ず、また、この事実が表に出れば、国民の政府の機密管理に対する信憑性も欠けてしまうだろう。


 特殊部隊を使うにも時間が掛かり、兵器が何時使われ社会への脅しにされるかも分からない。そこで政府はやむを得ず、隠密行動に適しつつ迅速に動ける部隊を探し求めた結果、丁度この二人の傭兵を採用したという訳だった。


「外からはどれだけやれる?」

『今狙えるだけで4、5人、なるべく牽制はしとく。後で4階から突入するぜ』

「オーケー、妨害電波頼むぜ」

『あいよ、電話線も切断済みだ。奴らの他の拠点は離れてるし銃声は届かんだろうから当分援軍が来る事は無いだろう。じゃあ……』


 会話が途切れた途端、イヤホン型通信機がノイズを発し始めた。通信オフ。


 何処からかゴーグルを取り出し頭にはめると、目の前の建物の見張りがオレンジ色に光る。生体の放つ熱が視覚化される夜戦装備だ。


 パシュッ、パシュッ――軽い音2つ、見張りの2人が頭を揺らしながら仰向けになる。


 道を横切りながら、何処かでこの2人を始末したであろう同僚に向かって親指を立てた。シャッターの開いた階段を登り、廊下奥8メートル、2人。


 愛銃を肩に構え、瞳に映る赤い点を頭に合わせ、引き金――1メートル横の人物にも狙いを定め、撃つ。


 軽減された発砲音と共に額に穴を空けられた二人は血を吹き出して倒れる。


 腕時計の建物の平面図を見て、まずは廊下の右に面した小規模オフィスの扉の前に来る。ライフルを点射から連射モードに切り替えた。


(鍵は開いてる。結構な数だが……)


 取っ手を握り、勢い良く、広げる。見えたのは正面3メートルに机を囲んでトランプを投げ合っている4人の姿だった。


 ガガガガガ!――5.56ミリ弾の掃射が家具を削り、こちらを向いたギャンブラー達を蜂の巣にした。


 左側には、型落ちのパソコンでゲームをしている2人組。狙いを定めようとするが、立てかけてあった銃を取って机の陰の向こうに。


 個人用机の間には頭1個分だけ出るくらいの高さの仕切り。姿勢低め、正面のデスクの元へ隠れる。


 向かいの机で「敵襲だ!」と大声。隣の部屋に味方が居るのだろう。


 だが位置は分かった。走り込み、遮蔽物から半身を出して、見える。


 肩を突く反動が3回――胸に2発と肩に1発。ドロリとした液体が飛散するのを確認すると引っ込み、左手で左腰ポーチに入れたマガジンを取る。


 マガジンリリースボタンを押し、滑り落ちる空弾倉を左手で受け止めつつもう片方をはめ、弾薬を薬室に送り込むチャージングハンドルを引く。


 壁の向こうから複数の足音。再び飛び出し、同時に人差し指を引いた。


 20発の金属弾の嵐が、死体に呆気を取られていた増援を襲う。4人がその場で倒れ。端の方に居た1人は咄嗟に来た方向へ身を隠した。


 ふと、一番奥の机の向こうから何か動く物――隠れる。


 間一髪、爆発するような派手な発砲音と共に、飛来する銃弾達が壁に大量の穴を開けた。


「俺が突っ込む、向こうから回れ!」


 直後、隠れた角の向こうから覗き込む銃口――先端を右手で掴み逸らし、左肘を振る。


 相手が掲げた腕がブロックした。次は両手で銃を持ち奪おうとするが、正面から来る膝蹴りが阻止しようとする。


 こちらも膝を上げてガード、掴んだ銃を引っ張る。が、渡すまいと動かない。


 一歩、敵の前に出した足へ自身の右足を引っ掛け、今度は腕を押し込んだ。途端、後ろへふらつく相手。


 逃さず浮き上がった片足を抱え、引っ張る。向こうの背中を床に叩き付けた。すかさず立ち上がって右手を右腰に。


 手にしたカービンコンバージョンキットを備えた拳銃、親指でホルスターのロックを外し、約1キログラムのその先端を足元へ。


 銃身右のエキストラクターから飛び落ちる薬莢――9ミリ弾が仰向けの1人を葬り去り、親指のボタンを押しながらストックを展開、胸の前に構えるジェイク。


 別の足音が後ろから近付いていた。振り向き、上半身を仕切りから覗く。


 走ってくる姿――乾いた音と共に、AK小銃を持つ人物が頭から前に倒れた。


「おい! どうした?!」


 廊下の方から声。銃声に引き寄せられたのだろう。


 ホルスターに拳銃をカチリとしまい、肩紐にぶら下げた小銃を抱える。来たドアから覗くと、奥の階段を降りる人影が複数。


 撃つ。反動が10回の所で連射は終わった。1人に当たったらしく、つまずいて階段を転げ落ちていたが、残り多数の銃口がこちらを向いた。


 バガガガガガ!――部屋に入ってすぐ、右手のデスクに隠れる。壁を通過した弾が時折頭上を掠め、散るは無数の木屑と紙屑。


 金属製の机の反響音と、慌ただしく床を踏む音が3つ――駆け、先頭の1人の顔面目掛けてストレート。


 めり込み、相手がよろめき倒れる。気付いた左右の2人が振り向いた。


 右から突き出される銃口を腕で逸らし、左から繰り出されるキックの腿を蹴り止める。


 掲げた腕をそのまま捻り、パンチが右方の顎へヒット。目を反対へ――左方がハイキックを仕掛ける最中だった。


 しゃがみ180度回転、腕を薙いだ。


 蹴りをくぐり、向こうの足を刈り倒す。入れ替わるように最初の1人が起き上がった。


「よくも俺の鼻を!」


 痛みか怒りか、顔を赤くした男は腰から右手でナイフを引き抜き、こめかみを狙う。


 1歩後退。右手で手首を掴み、引きながら左腕を首に回し、ヘッドロック。


 ふと視界の右端、隣の部屋にこちらへ向かう4人組――ジェイクの靴裏が木の床を叩いた。反作用で突進し、膝蹴り。勢いのまま、廊下に出る。


 無防備な敵を廊下の壁に叩き付けたまま、何度も膝を腹へ叩き込む。


 怯み、呼吸も浅くなって脱力した相手からナイフを奪い、左胸へ突き刺す。粘り気のある液体が手に触れる感覚を頭から捨て、既に動かなくなった肢体を捨てた。


「てめえ!」

「次は……」


 後ろを向くと同時、手首をスナップさせてナイフ投げ──片方の腕に突き刺さり、呻きを上げる当人。釣られてもう片方も90度視線を変える。


 拳銃を抜き、バネの如くストック展開。赤点を合わせ、引き金を2回。


 心臓を9ミリ弾に貫かれた2人は絶命し、うつ伏せに倒れて床を赤黒く染めた。


 息をする暇も無く、部屋奥からこちらを覗こうとする別の姿。反射的に続けて撃つが、当たらず、壁の向こうに消える。


 その隙にジェイクは廊下を走り、階段へ。


「おい! 奴が3階に行くぞ!」


 踊り場に差し掛かった所で、甲高い耳鳴りと共に階段の窓ガラスが割れる。


 登り終えた瞬間、手前左側の部屋に通じるドアがこちら側に開く。咄嗟に拳銃を前に、乱射。


 木製ドアに穴が4個出現。苦しそうな悲鳴がした直後、誰かが転げながら飛び出た。


 痛そうに歪んだその顔に一撃。眉間に穴が穿たれた事だけを確認し、走る。入り口を通過する瞬間、ウエストポーチから咄嗟に取った缶状の物体を部屋に投げ込む。


 シュボッ、と瞬く間に、白い煙が部屋の外に漏れた。別のポーチから取り出した鼻と口を覆う簡易ガスマスクを付け、ゲホゲホ咳がする中へ、突入。


 ゴーグル越しの熱源視覚化映像に映る、のたうちまわる5つの姿。冷静に狙いを付け、1発、2発……


 4発目を撃った所で、誰かがこちらへ銃を向けた。床を蹴る――破裂音とほぼ同時、顔の横を素早い物体が通り過ぎ、顔をしかめた。


 倒れ、床を滑りながら拳銃――反動と共に、銃声と発光が止む。


(危ねえ……少しはリロードさせやがれ……)


 一段落した所でようやく背負った小銃のリロードにありつける。耳を澄ませば、廊下から足音。


 勢いを付けてスライディング、丁度部屋に入ろうとした人物の足元に届き、自分の両足で挟み込む。膝を折り、相手の全身が床へ叩き付けられた。


 部屋を飛び出した所で、階段から後続していた別の敵が4人――背を地にしたままライフルを肩付けし、強く押される反動が3回。


 階段で転げ落ちる3体、一番後ろの人物が下の階に引っ込んだ。忘れず、膝を極めて悶絶する奴へ、至近距離の弾丸。


 だらしなく動かなくなった人体を振りほどき、伏せて今度は後ろの廊下を見る。バタリと、1人が腰にサブマシンガンを抱えてマズルフラッシュを発しながら奥の部屋から現れた。


 カチン――引き金に指を掛けたと同時、頭上を素早い何かが掠める。寝そべった自身で反動を受け止める。


 ブレぬ銃身から射出された5.56ミリ弾達は銃を乱射する人物の動きを一瞬で停止させた。警戒を解かず、銃身を反対方向へ。


 先程階段に逃げ込んだ人物はまだ様子を伺っているらしい。と、背後で物音。


 本能的に床を転がり、部屋に戻る。さっきまで寝転がっていた所を銃弾数発が抉った。


「追い込め、袋のネズミだ!」


 奥へ奥へ進む。この階は居住スペースらしく、端のキッチンカウンターへ身を隠した。


 まだ煙たい中、リロードを挟んで周囲を見回す。流し台には食器や調理器具、足元の棚にも……


 床を踏む音が複数。近くの物を寄せ集め、かがむ。


「ちくしょう、見えにくいぜ」

「こっちの部屋は居ねえ、きっとキッチンだ」


 コツコツと近付いてくる。そしてカウンター左側の陰から、銃口が出現。


 瞬間、左手に掴んだ鍋の内側に銃身を引っ掛け、逸らす。もう片手のフライパンを横へ一振り――重く跳ね返った触覚と、金属音。


 昏倒した奴に目もくれず、そのすぐ後ろに居たもう一人の銃を、2本の獲物をクロスし引っ掛けながらローキック。


 銃を手放した相手が体勢を崩し、頭上からフライパンを叩き下ろす。更に前に進み、待ち構えていた拳銃を持つ奴が手を前に――横薙ぎ。拳銃が吹き飛んだ。


 手を痛めて引っ込める敵の頭に鍋を被せて引き寄せ、鍋の柄が喉を突く。


 息を詰まらせた悲鳴と同時に、フライパンが鍋と衝突。至近距離の轟音に怯んだ人物は、次なる後頭部の衝撃と共に床に突っ伏す。


 ガアン!──フライパンが手の内から弾け飛んだ。痺れるように手が痛い。


 前方、胸の前でショットガンのポンプを引く人物──鍋をかざす。


 再び鐘のような音と衝撃。武器を失い、キッチンへ逃亡。調理台の上の物を掴んで投げる。次の瞬間、コッキングを終えた人物の腹を、包丁が刺していた。


 うめき声を上げた所へ、今度はもう片手に握る皿を顔面にぶちかまし、陶器の破片が散乱する。


 頭を掴んで横へ飛ばす。すぐ横の食器棚を割り、包丁を引き抜いて今度はこめかみに。


 柔らかい手応え。脱力し反応の無くなった奴を余所に、今度は正面5メートル、2メートルはあろう大男が何も持たず、いかつい顔で仁王立ち状態だった。


「やる気か?」


 足元に転がったフライパンを拾い、殴り掛かろうと立ち向かっていった。その時、


 ズバッ、と肉を割く音。巨体は力を失ったかの如くドサリと倒れ、亡骸の後頭部に血を噴き出している穴が見える。


「折角良いとこ持ってくんじゃねえよ」

「あんな大男に勝てるかっての。こんな時に料理するくらい慢心してちゃあな」


 一息、ジェイクはガランとフライパンを放り捨てた。


「キッチンじゃ負けねえ」

「ギャンブルとソーシャルゲーム中毒患者は皆そう言う。スパゲッティしか自分で作らねえ癖に」


 新たに部屋に入ってきた茶髪の男、ケビンは抱えるベレッタAR70/90の銃身を下ろした。彼はまたも痛そうにこめかみを押さえる。


「今度はアクアパッツァに挑戦するぜ。残りは?」

「一番上の階の部屋に11人ってとこだ。やれるか?」

「誰に言ってると思ってるんだ? 楽勝だ。ところで残りはどうする?」

「言ったそばから……まあ俺に良い考えがある。ちょっと良いもん持って来てな……」


 呆れながら茶髪の男は肩に掛けているボストンバッグを降ろし、チャックを開けた。






 ビル五階、一番奥の部屋。


「いいか、こいつを渡す訳にはいかん。電話も無線も通じない今では俺達だけが最後の砦だ」

「当たり前ですぜボス」


 部屋の奥の背もたれ付き椅子に腰掛ける、灰色のスーツ姿の30代後半程と思われる黒髪の男性。机の上には短機関銃とアタッシェケース。


 何処かおどおどした呼び掛けに、デスクの前で小銃を抱えるのが10人。各々ジーンズやカーゴパンツやジャケットやパーカーと服装は違うが、誰もが緊張と不安にしかめ面を見せていた。


「というかそのブツ、そんなに値打ちもんなんすか?」

「まあな。何としても本部に届けなくては……」


 グシャッ! グシャッ! グシャッ!


 正面扉の全ての蝶番と鍵が木屑と共に吹き飛んだ。ショットガンで破壊したのだろう。一同は気を引き締め、10個の銃口がドアへ狙いを付ける。


 ゴシャァッ!――突然、床に出現した大穴。轟音と振動に全員が驚き、1人がバランスを崩してこける。


 穴からは細いワイヤーが飛び出し、天井に引っ掛かる。正面ドアが内側に勢い良く倒れ、遅れて銃を構え直した。


 瞬間、床に出来た穴から人影が飛び出す。2人を蹴り倒し、手に持った大型拳銃らしき物でワイヤーを巻き上げながら上昇。視線が引き寄せられる。


 正面から別の誰かが突入し、襲い掛かる銃弾の嵐。天井にぶら下がった人物からの銃弾の雨も合わせ、十字砲火。


「終わりだ、リチャード・ベンソン、犯罪組織『ターマイト』の市東部管轄の支配者」


 舞い降りた金髪、ジェイクが空になった小銃を捨て、腰の拳銃を片手で突きつける。ドアから侵入した茶髪、ケビンは小銃をリロードし、転がる血の滲んだ死体10個を踏まぬように接近した。


「どうやら大量破壊兵器とやらを組織本部に貢いで地位を上げて貰おうというつもりだったらしいな」


 茶髪の男は、両手を上げる男の背後のアタッシェケースを奪い、ジェイクに並んだ。


「結構情報が漏れているのか」

「腕が良いんだよ。ところで雇い主からあんたの始末をするようには言われたが、方法は指定されてねえ」


 首を傾げる向こう側。突如、ジェイクは拳銃を投げ捨てた。代わりに右半身を前に、両拳を肩の高さに、構える。


「やろうぜ。銃じゃ詰まらん」

「余程自信家らしいな」


 スーツの男も机の上のサブマシンガンを放り投げる。こちらは左半身を前に構え。


「シャッ!」


 スーツ男の掛け声を皮切りに、ジャブ、ストレート、左ボディ、右ボディ――最初2発を上腕を殴り止め、残り2発を腕ではたき落としながらもう片腕のパンチをヒット。


 痛みか怒りか、歯を噛み締めるのが見える。続けて迫る左フックを左手で外側へ逸らし、カウンターの裏拳が顎へ炸裂。


 のけ反る向こうが苦し紛れに放つ横蹴り、それをジェイクの両手はガッシリ持ち、同時に軸足をローキックで刈った。


「そんなもんか?」

「クソッ!」


 啖呵を切ったリチャードが灰のスーツを翻したその時だった。


 パパパシュッ!


 先程まで犯罪組織幹部だった人物は血を床に垂らして倒れていた。腕は上着の中に入り、手には元折れ式小型拳銃を持っている所で停止している。


「俺がやれたのに」


 ズボンの下に隠してあったGlock34を持って、ジェイクは振り向いて肩をすくめる。後ろでケビンが小銃をこちらに向けていた。ゴーグルのサーマルビジョンでは、先端の消音器が赤がかっている。


「礼の一つくらい言いやがれ」

「ご苦労さん」


 憎まれ口に「こいつめ」と苦笑し、拳タッチ。


「というかこれ、本当に後片付け大丈夫なんだろうな。俺荷物多いからこれ持っててくれ」

「あいよ。奴らに恨みを持ってる奴なんて幾らでも居ると思うだろ」

「とか依頼主は言ってたけど流石に雑過ぎじゃねえ?」

「そこは政治家共の金の力だろ。それにここらじゃあギャング同士の抗争なんてしょっちゅうだし」

「相変わらず楽天家だな。まあバレた所で肝心の政治家達が不利益被るだけだろうし」


 金髪の青年がアタッシェケースを受け取る。転がる死体達を見下ろしてまたぎ、二人は部屋を後にした。腕時計を見ると日付が変わってすぐだった。


「帰るか。この前イタリアンの店を見つけたが行くか? リゾットが美味いんだ」

「賛成だ。俺はピッツァが良いな。朝まで飲むぜ」


 星明かりが照らす荒廃した街の闇夜、静寂だけが残った。

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