異世界から戻ってきたんだけど再就職ってできるの?

ちびまるフォイ

就職するより大事なもの

コンコン。


「どうぞ」

「失礼します」


「では自己紹介を」


「えっと、異世界勇者です」


「どこまでが名前?」

「えっと、まで」


「なるほど」


面接官は手元の履歴書をチラと確認した。


「どうしてうちに就職しようと思ったの?」


「オンシャノキギョウリネンニキョウカンシテ……」


「本当に?」

「本当です!」


「ふーーん、でさ、君の経歴なんだけど……」

「はい」


「高校を中退してから経歴がすっからかんなんだけど、なんで?」


「それは……異世界に召喚されていました」

「ああ」


この年頃にはよくあることだった。


「異世界では何を?」


「世界を救ってました。悪いやつをチートで倒して、

 ヒロインをはべらせて、ラッキースケベをルーティーンする毎日でした」


「それで、その経験はうちにとってなんの役に立つの?」


「……も、問題解決に役立てればと」


「君、最新のパソコンソフトとかは操作できる?」

「できません。異世界ではなかったんで」


「目上の人から指示を受けたりしたことは?」

「ありません。基本的にオレサマ天下だったんで」


「それで、君はいまいくつ?」


「38歳です」


「……」

「……」


応接室には気まずい沈黙が流れた。


「君ね、わかっていると思うけど君と同じ年齢で

 もっと社会経験を積んできた人がここにはごまんと訪れるんだよ」


「はい……」


「一方で君は38歳(高校中退)で、パソコン操作もおぼつかない。

 社会経験ゼロという人間なんだよ?」


圧迫面接に耐えかねた勇者はついに立ち上がった。

異世界ではムカつくことを我慢する経験などなかったのだ。


ムカつくときはたいてい相手が悪いやつで、

そいつを倒せば世界は平和になって人々からも感謝される。


そういうシンプルな世界で暮らしていたからだ!


「もういい加減にしてください!

 面接にかこつけて俺をディスるのはやめてください!」


「ほら、そういうところだよ。この程度のことで何言っているんだい。

 社会に入ればこんなのよりもずっと大変なことが待っているんだよ」


「自分をまるで社会の代表みたいに言わないでください!」


「どうせなんでもかんでもチートで解決できるとか思っているんだろう?

 で、嫌になったらすぐ逃げる。異世界なんて現実逃避の一環じゃないか!」


「いいじゃないですか異世界行ったくらいで!

 誰だって現実を忘れたいときもあるでしょう!!」


「君はそこに長く居すぎたんだよ」


「ぐぬぬ……!」


異世界勇者は燃やしてやろうかとも思ったが、

現実では魔法はUSJでしか使えないことを思い出して踏みとどまった。


「社会経験がなんですか! 逆に38歳まで異世界にいた経験が

 あんたの会社にプラスになる可能性だってあるでしょう!?」


「具体的には?」


「斬新な発想と、類まれなるリーダー資質ですよ!

 たしかにチートに頼ることもありましたが、

 いつだって俺は問題に対して悩み、考え、協力して、チートで全部解決してました!」


「君の今後のためを思って言うんだがね。

 その強すぎるオレオレ感と正義感は実に有害だ。

 社会ではときに汚いこともやらなくちゃいけないときがくる」


「はいでた~~。オトナの定型句!

 そんなのはあんたの能力が足りないから正義を貫けないだけでしょ!

 ポンコツな自分をごまかすために、人をおとしめるのはやめてください!」


格下だと思っていた異世界勇者からの反論に面接官もカチンときた。


「貴様! お前は採用される側だろうが!!」


「面接するのがそんなに偉いんですか! 立場は同じはずです!

 あんたが俺を採用するように、俺はこの会社を選ぶ権利がある!!」


「誰が採用するかバーカ!!!」

「こっちこそ願い下げだハゲ!!」


面接官はその場で履歴書を引き裂いて食べてしまった。

異世界勇者も怒ってイスをぶん投げようとして固定されていることに気づいてそっと手を離した。


「二度とくるか!!」

「二度とくんな!!」


異世界勇者は荒々しくとを閉めて会社を去っていった。

他にも何社か面接を行ったものの、結果は散々なものだった。


「はぁ……いつから現実はこんなに生きづらくなったんだろう……」


思えば学校でも居場所がなかったころに異世界に召喚された。


38歳になってはべらせていたヒロインもだんだんと離れていき、

異世界でも居場所がなくなって現実に戻りたくなった。


でも待っていたのは異物を受け付けない閉塞感だけだった。


「こんなことだったら、異世界にいればよかった……」


そんなことを考えたとき。

足元には見覚えのある魔法陣が輝き、体がみるみる転送されていく。


「こ、これはまさか!?」


目を覚ますと現実ではないどこかへと風景は変わっていた。

懐かしい汚れなき空気を感じる。


「戻ってきたぞ! 異世界に! ステータスオープン!!」


と、気がつくとその隣にはハゲたおっさんが同じように転送されていた。

既視感のある頭に言葉を失った。


「あの……どうしてここに……?」


「面接官の立場とはいえ、夢を持ってきた採用者にキツくあたるのが辛くて……。

 現実が嫌になったとき気がついたらここにいたんだ」


異世界勇者はそっと手を差し出した。


「ご案内しますよ!」



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