美しく輝くものたち

スミンズ

美しく輝くものたち

 「全く、あの子不気味ったらないわ」母はばあちゃんが部屋に帰った後に、お通夜後の静かな家で言った。あの子、とは中間江波のことだ。僕と名字は同じだが、おじさんの奥さんの前の旦那との子供だという。とは言え2歳の頃にはおじさんがお父さんとなっていたようなので、物心あるときからもうおじさんがお父さんだったようだ。要するに義理の従姉ということだ。歳は僕と全く同じで17歳の高校2年生。家は福島だという。僕らは北海道だからなかなかあう機会がなかった。しかし、じいちゃんがなくなったということでこの青森に集合したということだ。ちなみにおじさん家族は近くのホテルにとまることにしていた




 江波さんは恐ろしいほど美人であるのと、口数の少なさから今まで喋ったことも数えるほどしかない。ざっくり言うとミステリアスである。そんな彼女だが、何故母が『不気味』とまでいってしまうのか。それはお通夜の時の行動に他ならない。




 ずっと、布団に寝かされた冷たくなったおじいちゃんを見続けていたからだ。




 僕はお通夜後の後片付けをして、おじいちゃんの寝かされた部屋でお参りすると自分の部屋に戻った。




 すると、そこには見馴れないトートバッグがあった。誰のだろうと思いその中身を覗いてみるとそこにはタブレットとタッチペンが入っていた。きっとこれは江波のやつだ。うちの親戚に若い人は他にいないし、おじさんは40代の癖にスマホもいじれない古代人だ。客人向けに綺麗にしておいたからまだいいものの、ここに江波さんがいたと思うとやけにどぎまぎした。




 とりあえず、どうしようもないので僕は興味本意でそのタブレットの画面をつけてみる。するとそこには、予想もしてない絵がかかれていた。




 「…おじいちゃん」が、グロテスクに、しかし芸術的にかかれていた。足はもう骨だけになっている。しかし、顔はまだ生きていた面影を残すような暖かい着色をされていた。




 「まて、マジでなんだよこれ」僕はこれをどう対処するべきか迷った。そうしてぼっとしていると突然自分のスマホが着信を知らせた。僕はスマホを取るとそれがキャリア通話だったので、きっと初めての人だと察した。知り合いはLINE通話をくれるからだ。




 「もしもし」僕は警戒気味に出た。




 「あ、康介くん…」その声でそれが江波さんだと一発でわかった。




 「江波さん?どうした」んだ、そう言おうとしたら、彼女は




 「タブレット、見た?」静かにそう言った。僕は少し言葉をつまらせた。




 「やっぱり見たんだ」そう言うと彼女は迷ったような間をとった。




 「返すよ、もう一度うちに来なよ」




 「…いやだ。私君のお母さんに嫌われてる」




 それには気づいてるのか。しょうがない。




 「それじゃ駅前のカフェで待ってて」そういうと、うんという返事があった。




 僕はもう一度タブレットの絵を見る。なんだよこれ。初見そう思った絵だが何故か見ていくうちに引き込まれていきそうだった。




 僕は静かに画面シャフトのボタンを押して、タブレットをトートバッグに戻した。






 「何で僕の電話番号知ってたの」僕は先に着いていた江波さんの隣に座った。江波さんは通夜の時と同じく制服を着ていた。




 「父さんから聞いたんだよ。それよりさ、タブレット」




 なんてせっかちなやつだと思いつつ僕はトートバッグを渡した。




 「…ごめんね。ありがと」江波はそう言うとすぐさま席をたった。




 「え、もういくの」僕は思わずそう呼び止めたが、彼女は伝票だけ持って逃げるように出ていった。きっとあの絵を見られたのが嫌だったのだろうと想像はつくが、あんな逃げ方をしなくたって良いのにと思った。






 翌日、家でおじいちゃんは棺に入れられてそのまま火葬場へ車で運ばれた。この地域では火葬後に葬儀があるので、肉のあるおじいちゃんと最後の別れということである。僕らはそんな遠い距離でもないので歩くこととした。勿論、江波もいた。




 火葬場につくと、早速桶に花や供え物を置くこととなった。僕は特に何も置かなかったが、ばあちゃんがじいちゃんの好きだった本を供えた。江波はやはりボッとじいちゃんを見ていた。




 骨上げを終え、骨壺に納めると、それを手に抱えて斎場へ向かった。江波は以外にも骨上げの時はじいちゃんを見ていなかった。ただ、少し悲しそうにしていた。江波さんと僕はほぼ一緒になったことがなかったが、ばあちゃんいわくじいちゃんは江波さんも可愛がっていたという。だから悲しそうにするのには合点するが、ならなぜあのような絵を描いたのだろうか?そんな不思議な気持ちを持ちながらぼっとしてるともう斎場に着いた。




 遺影に向かって南無南無する暗い仕来たりが終わると、ご飯会場でご飯を食べた。僕にはちょっと合わない料理であったけど、なんとか全部食べた。






 翌日、骨壺をお墓に納めると、しばらくぶりにフリーな時間となった。葬式は丁度平日に被さっていて、今日は土曜日であった。日曜に北海道に帰ることにしていたので、さすがに疲れと悲しさがたまってしまい、気分転換にと僕は街へ出た。




 そして、あの駅前のカフェに着く。ここはじいちゃんがよく飲みに来ていた。思い出に浸るにはここが一番だろうと思った。




 扉を開けると、僕は少し驚いた。カウンター席には、江波さんがいたからだ。僕はどうしようか迷ったが、思いきって彼女の隣の席へ向かった。




 「いい?」僕は尋ねた。すると彼女はコクッと頷いた。僕はマスターにキリマンジャロを頼んだ。するとマスターは「あれ、今日も従姉同士できたのかい」と言った。




 「え?」僕、そして江波さんが声を合わせた。




 「なに、君らのじいちゃんが教えてくれたんだよ。いつも一緒にはこれんが康介くんも江波ちゃんも私の大切な孫だって。いつかきっと一緒に来るからってよく言ってるよ。でもさ、じいちゃんは?」




 僕は少し言葉に迷ったが、江波さんが「一昨日、亡くなりました」と言った。するとマスターは驚いたような表情をしたが、「まあ、あの人は天国でもマイペースで行けるでしょう」なんていいながら、僕のキリマンジャロを淹れてくれた。




 「そうだね、僕らは従姉だもんね」僕は江波さんに言う。




 「そりゃそうだよ」江波さんはそう言いながら、コーヒーを啜る。




 しかし、それからの会話がなかなか続かなかった。僕はキリマンジャロを啜りながら何を喋ろうかと悩む。すると彼女が先に話しかけてきた。




 「康介くんはさ、おじいちゃんとの約束ってあった?」




 「え?約束?そうだなあ、自分の思う通り生きろ、としか」




 「…ああ、康介くんにもそう言ったんだ」すると江波さんはふふっと微笑んだ。その顔は、いつもとは違って、かわいい感じだったので、僕は少々ビビった。




 「私もおじいちゃんと約束をしたの。私は絵が描くのが好きなんだ。だけど、うん、康介くんも見ただろうけど、私の絵は生と死をテーマにしたものが多いの。いや、そう言うのが好きなんだよ」




 「ああ…」だから、あのちょっとグロテスクな絵を描くのか。




 「だけどそれをお父さん、気味悪がっちゃってさ。私、そういう絵を描くのはいけないと思っていた。そして、そんな絵をおじいちゃんも見ちゃったの。そしたらさ、『面白い絵だね、江波ちゃんの色って感じだ』っていって笑ったの。おじいちゃんは私がただグロテスクな絵を描きたいだけだとは思わなかった。そして、おじいちゃんは『私が死ぬときは、江波ちゃんが絵を描いて欲しいな』って言ってた。だから私は描いたんだよ。死んでも生き続けてくれるんだもの。おじいちゃんの思いは」そういって彼女は目頭を押さえた。




 「…うん、そうだね」僕はそう呟いて、またコーヒーを啜る。ミステリアスだと思っていた江波さんは、僕の大切な親戚のひとりだと、ようやく気がつけたようだ。






 「どこ行ってきてたの?」じいちゃんの家につくとお母さんが言った。




 「……従姉と思出話をしていたんだよ」僕は堂々とそう言ってみた。

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