愚痴

「まったく、不詳の兄よね。そう思わない?」

「はは。あんたも苦労してるね」

「そう思うでしょう?ただでさえ口数が少なくて、何を考えてるかもわからないのに」


 その日、私は学校で、親友相手にいつものように兄への愚痴を零していました。本当は、あまり友人相手に愚痴を吐くのは好きじゃないのですが、両親がいないので、他に愚痴を吐ける相手がいません。


 彼女もそれをわかってくれていて、内心はどうあれ、私の愚痴を嫌な顔一つ見せず聞いてくれます。彼女に心から感謝しているのはもちろんですが、彼女のような人間と引き合わせてくれた神様にも感謝を捧げたいところです。本当にそんな存在がいるならの話ですが。


 その日の帰り、下校途中に後ろから声をかけられました。

「よう、妹ちゃん!偶然だねえ」

 そう言って手をひらひらと振っているのは、兄の数少ない友人でした。寡言な兄と違って口数が多く、良く言えば誰とでもすぐに打ち解けられる性格、悪く言えば軽薄。そんな男性です。


 どうして兄と気が合うのかは、未だにわかりません。ただ、テンション高く絡んでくる彼を、兄も悪く思っていないのは事実です。もし不快であったなら、きっと『鬱陶しい。馴れ馴れしく絡むな』などと冷たく言い放っているでしょうから。


 それだけなら問題はないのですが、困っている点が一つ。


「ねえ、妹ちゃん。今度の日曜日、暇なら遊びに行かない?兄貴同伴でいいからさあ」

 こうして、事ある毎に私にアプローチをかけてくることです。すっぱり断ってもいいのですが、それで兄と彼との間に溝ができるのは不本意です。貴重な兄の交友関係ですから、できれば穏便に済ませたいのですが。


「ていうか、妹ちゃんって、家では何して過ごしてるの?まさかこいつみたいにネットゲームってわけでもないでしょ?」

「流石にそれはないですよ」

「だよねー。妹ちゃんはそういう雰囲気しないしねー。じゃあ、何してるの?音楽とか読書とか?」

「さあ、どうでしょうね?」


 そんな風にはぐらかしたところで、ふと思いついた事があってこう付け加えることにしました。


「そもそも、改めて私本人に訊ねなくても、もう兄から色々聞いてるんじゃないんですか?」


 私が兄の愚痴を零しているように、兄も私について愚痴を零していたりするのかもしれません。少なくとも、全く話題にしないということはないはずです。

 これは、普段聞くことのできない本音を聞くチャンスだと、私は思ったのでした。


 ところが、返ってきた答えは私の期待していたものではありませんでした。


「それがさぁ。こいつ、家での妹ちゃんのプライベートとか一切話さないのよね。妹とはいえ、異性のプライベートを話すのはマナー違反だってさ。堅苦しすぎると思わない?」


 ただ、期待の斜め上を行く意外な答えでした。もちろん、良い意味で。


 私は兄の事を、親友に限らず色々な人に愚痴という形で暴露しているというのに、兄は私の事を一切漏らしていないようです。

 嬉しく思うと同時に、とても申し訳なくなりました。


 普段から、思いやりが足りていないなどと兄を非難していましたが、私の方も気配りや心配りが欠けていたのかもしれません。そう思うと、今度は恥ずかしくなってきました。


「当然だと思うが?俺の心にも、いわゆるデリカシーってやつの欠片くらいは残ってるからな」


 いつものポーカーフェイスで当然と言い切る兄。少し見直しました。

 兄を見習って、私も兄について愚痴を零す時は、多少なりと配慮するようにしましょうか。愚痴を零すこと自体は止められそうにないので。



 どうやら、兄だけでなく、私もまた不肖な妹のようです。

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私の好きな兄と嫌いな兄 PKT @pekathin

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