興味

 私の兄は、興味のないことを全く覚えようとしません。

 芸能人の名前、流行りの音楽グループ、果ては用事や買い物といった日常的な事まで。


 記憶力がないわけではありません。どうでもいい雑学や、自身の趣味に関連する事、私が過去にやっちゃった失敗の内容などは、細かいところまでしっかりと覚えていますから。


 例えば、私が話題を振ったとしましょう。


「あ、見て!あの俳優また違うコマーシャルに出てる!これでいくつになるのかな」

「どうでもいい」


「さっきのお店でもあの曲が流れてたね、やっぱり人気なんだねえ」

「興味ない」


「明日、買い物に付き合ってくれる約束、ちゃんと覚えてる?」

「忘れてた。予定は入れてないから問題ない」


 こんな調子です。味気ない事この上ないです。義理とは言え兄妹なので、会話が続かなくても気まずかったりはしませんが、これだけ素っ気ないのは流石に不満です。


 お互いに話題が合わないのは重々承知なのですが、こちらがせっかく振った話題を、一言で切り捨てるのはちょっと冷たすぎると思いませんか?しかも、自分からはめったに話を振らないくせに。

 兄のこういうところは、看過しかねるところです。


 ちなみに、興味のある話題を振ると突然饒舌になったりします。特に、自分の知識をひけらかしたり、私に何かを教えるのは好きなようです。案外、自己承認欲求が強いのかもしれません。自己表現できる相手が、妹の私しかいないなんてことはない……はずです。小数とはいえ、友人もいますし。



 そして今日、ついに私の不満が爆発しました。

「忘れてたって……いい加減にしてよ!!兄さんはいつも私の話を聞き流しすぎ!どれだけ熱心に言っても生返事しかしないし、そのくせしつこく言うと機嫌悪くなるし!勝手すぎると思うんだけど!」

「かもしれんな」


 思わず怒鳴ってしまいましたが、兄はポーカーフェイスのまま。謝罪の一言もでませんでした。それが、余計に私のボルテージを上げます。


「『かもしれんな』じゃないよ!普段から何か話そうとしても、『興味ない』とか『どうでもいい』って返事しか返ってこないし!自分に利がある事しか目にも耳にも頭にも入れないの!?それでいいと思ってるの!?」

「どうだろうな」

「こんな時まではぐらかさないでよ!」

「とはいえ、興味が湧かないものは仕方ないだろう?日本の総理大臣の名前とかならともかく、芸能人の名前まで覚える必要はないと思うが」

「……っ!もういいよ!!兄さんは一生、自分だけの狭い世界に閉じこもっていなよ!!」


 兄へのあまりの失望から、私は食事を放り出して自分の部屋に駆け込みました。



 その日から今日で三日になりますが、私たちはいまだに口をきいていません。食事こそ共にとりますが、会話は一切なく。ギスギスした雰囲気のせいで、料理の味に集中できません。


 兄の方が折れるとは思えないので、私の方で仲直りのきっかけを作るべきかなぁ。でも、それだと私の本気は伝わらないよなぁなどと考えながら、玄関のドアを開きました。靴があるので、既に兄は帰っている様子。リビングにいないので、おそらく自室に引き籠っているんでしょう。


 私も自室で過ごそうかとリビングを後にしようとして、ふとリビングのローテーブルの上に、小さくて平べったい箱がある事に気がつきました。


 さては、不肖の兄がプレゼントで機嫌を取ろうとしたかと予想して、箱を手に取ります。


 ところが、私へのプレゼントという点は正解でしたが目的は違ったようでした。


 箱の中に入っていた一枚のカード。そこに描かれていたのは、

 ”HAPPY BIRTHDAY!!”の文字でした。

 間違えようのないそれは、バースデーカード。


 それを見て、ふと思い出しました。喧嘩のせいで意識に上りませんでしたが、明日は私の誕生日でした。


 でも、どうしてプレゼントを前日に?と思いつつ箱の中を探ってみると、答えはすぐにわかりました。

 中に入っていたのは、好きなショートケーキ一つと交換できる引換券。しかも、私が以前に食べてみたいと話題にした、敷居の高い洋菓子店のものでした。

 つまりは、明日の学校の帰りに、バースデーケーキの代わりとして好きなショートケーキを選んで来いという意味なのでしょう。


 ……まったく、つくづくズルい兄です。こんな不意打ちを仕掛けてくるなんて。

 普段は興味ないと言いながら、こういう事は覚えてくれているんですね。私の誕生日や、たった一度ふと口にしただけの願望とか。


 こんなの、思わず嬉しくなるに決まってるじゃないですか。頬や口元が緩んで仕方ないですよ、まったくもう。


 ともあれ、どうやら自分に利のある事しか頭に入れていないという下りは、撤回しないといけないようですね。


 夕食の時にその事は謝ろうと思いつつ、私はしばらくの間、バースデーカードと引換券を交互に眺めていました。

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