インターホン

ピンポーンと、オーソドックスなインターホンの音が鳴りました。あえて少し間をおいてみますが、兄が自室から出てくる気配はありません。いつもの事なので、溜息を一つ吐いて、インターホンのカメラを確認した後に応対するべく玄関へと向かいました。


その日の夕食、兄が思い出したかのように尋ねました。


「そういや、夕方にインターホン鳴ってなかったか?何だった?」

「宅配便。おじいちゃんから」

「ふぅん」


兄は聞きたい事だけ聞くと、再びおかずのポテトのベーコン巻に集中し始めました。宅配便の中身は何だったのかとか、興味のない事は一切尋ねません。夕食の時くらい、もう少し会話してくれてもいいと思うんですけど。兄妹なんですし。


ただでさえ自室に引きこもりがちで、コミニュケーションを取る機会が少ないんだから、数少ない顔を合わせる時間くらいはもっと会話を弾ませてもいいと思うんです。居心地が悪いとは言いませんが、せっかくの食事が味気なく感じてしまいます。


というか、気になるなら自分で応対すればいいじゃないですか!面倒な事は妹の押し付けておいて、そのくせ結果だけは聞きたがるなんて、あまりにも都合が良すぎると思いませんか?兄のこういうところは、本当に嫌になります。フラストレーションがたまって仕方ありません。



そしてまた別の日、インターホンが鳴りました。

カメラを覗くと、人の良さそうな顔を浮かべた男の人。話の内容から察するところ、どうやら訪問販売の人のようでした。不要だとインターホン越しにお断りしようとしましたが、販売員の方のせめてお話だけでもという懇願に根負けして、玄関まで対応に出ていきました。



「---という訳でですね、このウォーターサーバーは従来のものとは違うんです!浄水でなく活水なので、水道水に含まれる不純物を---」


興味のない商品説明を、気のない相槌を打ちながら聞き流します。先程から、興味がないという意思表明を表情と声色で訴えているのですが、相手はそれを知ってか知らずか売り込みを続けています。


いい加減、対応が面倒になってきたところで兄が自室から出てきました。そして、玄関にいた私を見て事情を察し、リビングの方へ向いていた足をこちらへと向けました。


「こんにちは。訪問販売の方ですか?」

兄は、普段は滅多に見せることのない穏やかな笑顔で販売員の方へと挨拶していました。そして、目線で「任せろ」と言うと、私を背に隠しました。


「お邪魔しています。私は株式会社---」

「ああ、名乗らなくていいですよ?必要ないので」

「へ・・・?」

兄の笑顔を見て友好的だと判断し、相手が名乗ろうとしたのを兄が遮りました。


「ご足労様ですが、このま踵を返してお帰りください。貴方の口上には欠片ほどの興味もありません。集団心理や利用者の声といった小賢しいテクニックを駆使したところで、俺の心を動かすことは不可能です」

「え?いや、その・・・」

笑顔とは裏腹に繰り出される疑う余地のない拒絶の言葉に、販売員さんが慌て始めます。丁寧な語り口にもかかわらず、一人称が”俺”である辺りは兄らしいなと思います。


「故に、このまま続けてもお互い時間の無駄です。速やかにお引き取りを」

「いや、せめて商品の概要だけでも!」


完全に呑まれていた販売員さんが、どうにか反撃に出ようとしたところで兄がトドメを刺しました。


「わかりました。お引き取りにならないというなら、お選びください。警察を呼ばれるか、それとも---」

そこで兄はわざと間をおくと、防犯の為に玄関脇に置いてある金属バットを手に取りました。

「---今すぐ俺に叩き出されるか。さあ、どっちだ?選べ」

口調と共に、笑顔に狂気を混ぜてそう告げました。


「きょ、今日はこれで失礼します。もし機会がありましたら---」

「そんな機会は永遠に来ない。とっとと失せろ」

・・・ゲームセット、ストレートで兄の勝ちでした。販売員の人は、急いで商品を片付けて去っていきました。扉を閉めて鍵をかけると、私を一瞥した後、兄も何も言わずにリビングへと去っていきました。



その日の夕食の席。

「兄さん、今日の訪問販売の件ですが」

「んぁ?」

「助けてくれたのは嬉しいですけど、もう少し穏便に解決できませんか?」

「充分穏便だったと思うが?」


兄は平然とそう言い、ビーフシチューを口に運びます。

「金属バットを持ち出すのはやりすぎでは?狂気を演じてみせたのも含めて、威嚇が過ぎると思います」

「将来は俳優とかできるかもな」

「はぐらかさないでください」

逃げを打とうとする兄に、語調を強めにする事で退路を断ちます。


兄は、私に引くつもりがないと悟ると、心底面倒そうに言いました。

「流石に今日のあれは腹に据えかねた。そもそも、どう見ても中高生な女の子相手に売り込みをしようというのが気に食わない。両親を呼びつけるなり、商品のパンフレットを手渡すよう頼むのが普通だろう」

そう言われれば・・・確かにそうですね。


「穿ちすぎかもしれないが、判断能力の薄い学生相手にゴリ押しして、商品を買わせようって魂胆だったのかもしれない。そう考えると、無性に腹が立った」

「でも、それは想像と仮定の話ですよね?」

「まあな。あいつがそういう手口を取ろうとしてた可能性は低いだろう。そこまで強かには見えなかったし、威圧したら腰を抜かしてたしな」

「なら、やはりやりすぎだったのでは?」

嗜めるように言った私に、兄が視線を逸らして付け加えました。


「それに、お前が心底困っていたように見えたからな。さっさと片を付けるために非常手段をとったまでだ」


・・・正直、ちょっと嬉しくなりました。直感ですが、こちらが兄の本音だったのでしょう。


まあ、それはともかくとして。


「・・・それなら、最初から兄さんが訪問の応対をしてくれればいいんじゃないですか?」

「パス。面倒臭い。ごっそさん」

そう言い残して、兄は自室へと逃げていきました。


まったくもう。

大事にされてるのかそうでないのか、これではわかりませんね。


とはいえ、今日はミステリアスな兄の内心を、ほんの少しとはいえ覗くことができたので、まあ良しとしましょうか。











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あとがきという名の謝罪


描写に凝ったら、他の部分と比べて長い文章になりました。

許してくださいまし。

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