第100話 俺は君が世界で一番好き
9月1日。
長いようで短かった夏休みが終わり、今日は2学期の始業式がある。
俺は学校へ向かうべく、家を出た。
でも、学校へ向かう前に……。
俺には行かなければならない場所がある。
◇◇◇
俺がやってきたのは、あいつの家だ。
絶対に入れ違いにならないように、今日はいつもより1時間も早く家を出た。
俺はあいつの家の前で、邪魔にならないようにしながら待ち伏せる。
そうして、30分ほど経っただろうか。
ガチャリと、家のドアが開く音がした。
その音を聞いて、俺は姿勢を正し、気を引き締める。
意を決して、俺はそいつの前へと足を踏み出した。
「
俺は彼女の前に佇んで、その名を呼んだ。
目の前には、驚いたように目を見開いた愛美の姿があった。
あっぶねえ……。実は、愛美の親とかが家から出てくる可能性もあったから、少し怖かったんだよね。
まあ、とりあえずそんな心配は杞憂で終わったようだ。
「はや……たくん?」
愛美の動揺した姿を見るに、彼女はまだ今の状況が掴めていないようだ。
「朝早くからすまない。愛美に話があるんだ。少し、時間をくれないか?」
幸い、始業式が始まるまでにはまだ時間がある。
どうしてかはわからないが、愛美も今日は普段より30分も早く家を出て来た。
俺と鉢合わせをしたくなかったのかもしれない。
「話って……」
困惑したように、彼女はそう呟く。
「ここじゃなんだ。公園にでも行かないか?」
「う、うん……」
学校までの通学路には、公園がある。そこで話をしようと思ったのだ。
俺は一度彼女に背を向け、歩き出そうとする。
しかし、愛美が俺についてくる気配がないので、俺は彼女の方を振り向く。
「どうした?」
「え……。ああ、いや……一緒に、行くのかな?」
気まずそうな顔をして、彼女が問うてきた。
ああ、そうか。
俺たち、絶交したんだもんな。
公園まで一緒に向かうっていうのは、おかしな話なのかもしれない。
「愛美は、嫌か?」
少しだけ俯いて、俺は彼女にそう訊いた。
すると、愛美はそれを否定するように首をぶんぶんと横に振る。
「い、嫌じゃない! ……嫌じゃない、よ」
「そ、そうか。じゃあ、一緒に……」
「う、うん。そうだね」
お互い、絶交していることには一旦目を背けて、隣り合わせで歩き始める。
「なんで私の家で待ってたの?」
会話を探すように、愛美が俺に問う。
「言ったろ。話があるんだよ」
「私もある……って言ったら?」
「え?」
彼女の言葉に、俺は驚く。
「本当は、もっと気持ちを整えてから話そうと思ってたんだけど……」
「そ、そうか……」
「うん。変だよね。私たち、絶交したはずなのに」
「ああ、全然絶交できてないな」
そう言って、俺たちは苦笑した。
「夏休み……何してた?」
少しの沈黙の後、今度は俺が彼女に問いかける。
「特別なことは特にしてないかな。
「勉強……か。愛美は大学行くんだろ?」
「うん。行くよ」
「じゃあ、来年の夏は大変だな」
「そうだね。思いっ切り遊べる高校の夏休みは、きっと今年が最後だね」
「だな」
「……………………」
「……………………」
何かに思いを馳せるように、沈黙が続いた。
「…………もっと」
沈黙を破ったのは、愛美だ。
「――もっと、隼太君と……」
「え?」
「……ううん、なんでもない」
俺と……。
彼女は、なんと言おうとしたんだろうか。
「あはは。なんか、久しぶりに隼太君と話すから、緊張してるかも」
取り繕うように愛美は笑っていた。
「俺も、すごく緊張してるよ」
「え、そうなの? あはは。やっぱり、元恋人っていう関係性は気まずいよね……」
「そうだな。それもある……けど」
前を見つめながら、俺は言う。
「――これから愛美に話をすることに対して、緊張してるかな。俺は」
その時の愛美の顔は、見なかった。
「そっか……。私は少し怖いな。隼太君に、どんな話をされるのか」
「……俺も怖いよ」
それを、愛美に受け入れてもらえるのかどうか。
怖くて仕方ない。
「私……また泣いちゃうかもな……」
彼女のその言葉の真意は、わからなかった。
「泣くのは、俺の方かもしれないよ」
もしも愛美に、俺の話を受け入れてもらえなかったら……。
それを想像しただけで、泣きそうになる。
そうして、ぽつぽつと話をしているうちに、公園が見えてきた。
「あ、もう着きそうだね」
「そうだな」
ついに、運命の時が近づいている。
ドク、ドク、ドク。
脈拍が早くなっているのを感じる。
公園の中へ入ると、俺たちはベンチに座った。
「それで、話って……」
「ああ、今話す」
そう言った俺の声は、ひどく震えていた。
今になって、身体の震えが止まらなくなる。
大丈夫。
俺の想いを、正直に伝えるだけでいい。
怖がることはない。
軽く深呼吸をして、俺は話し始める。
「愛美と絶交して、愛美と会わない時間が増えたよな」
「……うん。そうだね」
俺は少しずつ、言葉を重ねていく。
「一人の時間が多くなってさ。夏休みの間、俺はずっと考えていた」
高校2年の夏は、もう一生戻ってこないというのに。
俺はずっと、悶々としていたんだ。
「どうして、愛美に振られてしまったのか。俺は本当は、愛美のことが好きじゃなかったのか? そういうことを、考えていたんだ」
結局、俺一人では、その答えは出なかった。
「思い悩んでいた時、
あの日の事を思い出しながら、俺は告げる。
「些細な日常の中で、いつも隣にいて欲しい人。それが、好きな人なんだって。あいつがそう言ったんだ」
瞬間、愛美が俺から目を逸らし、俯いた。
「その言葉で、俺は全てが腑に落ちたんだ。毎日の些細な日常を、良いことも悪いことも含めて全部、一緒に共有したい。隣にいて欲しい人は、誰なのか。すぐに、答えが出たよ」
俯いている愛美の姿を見て、俺は目を細めた。
「それで、気づいたんだ。ああ、俺の好きな人は、この人だったんだって。この人しかいないんだって」
そこまで話して俺は、隣に座る愛美の手を、優しく握った。
「愛美、こっちを向いて」
そう囁くと、目に涙を溜めた彼女が、俺の目を見つめた。
その涙は、少し悲しげに見えた。
どうか、泣かないで。
俺は君に、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。
「――俺の隣にいて欲しい人は、
刹那。
愛美の目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「うぅ……。うっ……」
彼女の嗚咽が、公園に響き渡る。
「愛美」
俺は愛美の目を見つめて、彼女の名前を呼んだ。
「世界で一番、愛美を愛してる。だから、絶交なんて嫌だ。もう一度、俺の彼女になってくれないか?」
一世一代の告白を終えて、俺は彼女の手を強く握り締めた。
その手を、離したくなかった。
「うぅ……。私……私も……!」
涙を堪えながら、彼女は言葉を紡ぐ。
それはいつかの、俺たちが喧嘩して、仲直りした日の光景に似ていた。
「私も……絶交なんて言っちゃったけど、ずっと隼太君のことを忘れられなくて……! 隼太君と会えない夏休みが、辛くて……。ずっと、後悔してて。私はいまだに、隼太君のことが好きで。想いは、余計に強くなっていって!」
彼女の濡れた頬を、俺はハンカチで拭った。
愛美は俺の目を見つめると、俺の告白に対する返事を、告げる。
「――私も、世界で一番隼太君のことを愛しています。だから、返事は……もちろん、オッケーです。私の方こそ、あなたの彼女にしてください」
彼女のその言葉を聞いた瞬間、俺の目頭が熱くなり、目尻から涙が零れ落ちた。
「本当は私も、キミに告白しようと思ってた。だから、嬉しい。しかも……」
今度は愛美がハンカチを取り出して、俺の涙を拭いた。
彼女は嬉しそうに笑って、
「世界で一番愛してるって言ってくれて、ありがとう。その言葉を、ずっと、待ってたの。その言葉が、欲しかったんだ……」
彼女の顔を見て、俺も微笑む。
「その言葉は、自然と口から出て来たんだ。もう、頭は痛くないんだ。愛美が、一番好きだ」
「ありがとう。ありがとう……! すっごく、嬉しい!」
「まあ、ちょっと重いかもしれないけどな」
「重いくらいが丁度いいよ! 私も隼太君が一番好き! 大好きぃ! 好き好き好き! もう、一生離さないから!」
「相変わらず、俺の彼女は愛が重いな」
「嬉しいでしょ?」
からかうように愛美が笑って、俺に訊いてくる。
「ああ、嬉しいよ」
だから俺は、その言葉を受け入れる。
すると、愛美の顔が途端に真っ赤になる。
「うわぁ……。もう、ヤバいぃぃ……。今の、破壊力抜群なんだけど……。ああ、もう、好き。めっちゃ好き」
悶えるように足をバタバタさせて、愛美がぶつぶつと言っていた。
俺は両手で、彼女の両手を握る。
「俺も、もう絶対離さない。こんなにも可愛い俺の彼女を、絶対に手放さない」
「ああああああ。やめてやめて! 恥ずかしいから!!」
「うるせえ。今まで伝えられなかった分、何回だって言ってやる。愛美が、世界で一番好きだ」
「えへへ。えへへへへへ。幸せ……。私、もう死んでもいい」
「おいおい、死なれたら俺が困るっての」
「あ、だよね! 大丈夫! 私は隼太君を置いて先に逝ったりしないから!!」
二人で笑い合って、お互いの顔を見つめる。
「なあ、愛美」
「はい、なんでしょう?」
俺は愛美の肩を優しく掴んで、彼女に顔を近づけていく。
それだけで、愛美には俺の意図が伝わってくれたらしく、彼女は目を瞑る。
そうして、そのまま……。
――俺たちは、静かに口づけを交わした。
数秒間そうした後、俺は唇を離す。
「愛してるよ、愛美」
「もう、今日だけで何回言うの?」
「何回でも言うさ。恥ずかしがる愛美が見たいからな」
「うう、隼太君のいじわる。でも好き」
そう言って、座っていた愛美は立ち上がる。
座っている俺を見て、彼女は微笑む。
「じゃ、そろそろ一緒に学校へ向かおうか。愛しの彼氏さん」
俺も立ち上がり、彼女の手を取った。
「そうだな。愛しの彼女さん」
「もう、手繋いでいくの?」
「当たり前」
「ええ?」
「ってか、もっかいキスしていい?」
「なになに? 隼太君、私のこと好き過ぎ?」
「大好きだよ」
言いながら、また俺は彼女の唇を奪う。
「ぷはっ。急にはずるいよぉ」
「照れてる愛美可愛い」
「わーわーわー! 恥ずかしいってば!」
「恥ずかしがってる愛美も可愛い」
「もう……♡」
ほら、やっぱりそうだ。
こんなくだらない日常の中でも、キミが隣にいるだけで、世界が輝いて見える。
もっとくだらなくて、平凡な日常を、キミと共に歩んで行きたい。
それだけで、きっと俺は幸せになれるから。
キミがいなければ、俺の人生はひどくつまらないものだったと思う。
キミに、いつまでも隣にいて欲しい。
キミと共に、これからの人生を歩んで行きたい。
やっぱり俺は、キミが好きだな。
ありがとう、愛美。
Fin.
―――――――――――――――――――――
というわけで、『同級生の美少女が俺を一人にしてくれない!』、これにて完結です。
ここまでお付き合い頂いた読者様はありがとうございました。
本編はこれにて完結ですが、今後も気が向いたら、彼らの日常を垂れ流すだけのお話を不定期で書いていきたいと思いますのでその際はまた読んで頂けると幸いです。
本編完結後のあとがき的なやつも、私の近況ノートの方で公開していますので、よろしければそちらも是非。
ありがとうございました。
同級生の美少女が俺を一人にしてくれない! 澤田晃太 @chari44
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