38.変わるモノと変わらないモノ

 で。タピオカミルクティーである。


 ある程度以上、上の世代に「流行っている」と教えれば、恐らく「また?」という言葉が返ってくるはずである。それもそのはずで、何も日本でタピオカミルクティーが流行ったのは初めてのことではないのだ。確か第一次ブームが1990年代で、第二次ブームが2000年代。そして第三次ブームがつい最近という構図になっているらしい。


 それこそ最初のブームを知っている人間からすれば「飽きないね」の一言に尽きるようなものなのだが、何分この手のブームは若者が中心である。


 従って、ブームの真っただ中にいる彼ら彼女らからすれば、以前のブームなんてものは歴史上の産物でしかないし、それを語る人間は良い表現を使えば「年上」、悪い表現を使うのならば「老害」としてしか映らないわけだが、そんな目で見ている彼ら彼女らもまた、同じような経路をたどって若者を軽く扱いだしたりするから不思議なものだ。


 そんな周期性を持って流行し続けるタピオカミルクティーであるが、そのお味はというと、


「まあ…………普通?」


 それが綾瀬あやせの感想だった。勿論、これでも先入観や偏見は出来る限り取っ払った上で、一つの甘味として純粋に評価したつもりだ。ちなみに頼んだのは標準の「ブラックミルクティー」とやらにタピオカをトッピングしたもの。まさかタピオカを追加でトッピングするものだとは思っていなかった。入ったものを元から売っているわけでは無いらしい。


 そんなわけで綾瀬の評価がイマイチだったそれだが、当の久我くがはといえば、


「あー……やっぱり違うわ。コンビニのと」


「マジ?」


「マジマジ」


 信じられない。


 綾瀬はまじまじと久我が持っているそれを観察する。これと比較して出来が悪いというのはいったいどういうことなのだろうか。


 久我が思い起こしながら、


「いや。あれは別物だよ。まず、タピオカが美味しくないもん」


「美味しくない……」


 綾瀬は再度容器に入っている真っ黒なそれをしげしげと眺める。不味いとは言わないが絶賛するほどおいしいわけでもないこれより美味しくないとするのならば、それはもう食べ物としてどうかと思うのだが、そんなものが普通に全国展開されているらしい。流行というのは恐ろしいものだ。


「ま、興味があったら買ってみたらいいんじゃない?私はあまりお勧めしないけど」


「んじゃ、買わん」


「あはははは」


 久我は綾瀬の反応を笑い飛ばして残りに口を付ける。ちなみに事前に二人で決めた通り、ミルクティーを飲む順番は綾瀬→久我であり、途中で飲みまわしたりはしないということになっている。綾瀬自身は特に気にしないのだが、当の久我が、



「連れてきた方が先に口を付けるってのはどうかと思うから」


 

 と言って聞かなかった。別に気にすることでもないとは思うのだが。


「あー……やっぱり残っちゃった」


 ずずずっと勢い良い音を立てて飲み干しにかかった久我がぽつりと呟く。


「残った?」


「そ。ほら」


 ずいっと容器の底を見せる。なるほど。確かにタピオカだけがぽつんと取り残されている。


 久我がふらふらと容器を動かしながら、


「こういうのさ。きちんと一緒に飲み干せないと、素人感出るよね」


「いや、分からん」


 全くもって理解できない感覚だが、久我からするとかなり悔しい出来事だったらしい。苦い顔をしながら、甘さとモチモチ感いっぱいのタピオカを吸い出していく。


「よし。飲み切った」


「おお」


 久我は空になった容器を店先に備え付けられたゴミ箱に放り込み、


「んじゃ、次行こっか」


「……ん」


 そうだった。


 完全に失念していたが、今日の久我がやろうとしているのはタピオカミルクティーの有名店を行脚することだ。この一店舗で終わりではない。


 綾瀬は一応、


「ホントに全部回るの?」


 久我は「今更何でそんなことを聞くの?」という表情で、


「勿論。なんで?」


 なんで?はこっちの台詞だが、それは心の中にしまっておくことにした。どうやら彼女は本気らしい。


 綾瀬は正直、一回体験したらそれで満足し、二店舗目、三店舗目を回るという本来の目的はうやむやになってしまうのではないかと見ていたのだが、読みが甘かったらしい。一体何が彼女……いや、世の中の若者たちを駆り立てるのだろうか。綾瀬だって一応「最近の若者」に属しているとは思うのだが、正直全く分からなかった。ただ、


「さぁいこー」


 こうやって行脚をはじめてから、久我の機嫌がいいのは評価していいポイントなのかもしれない。


 暫く歩いていると久我が、


「そういや、今日はありがとね」


「ん?」


 久我は頬を掻きながら、


「や、ほら。唐突に付き合わせて、こうやって連れまわして、さ。観月のことだから本気で嫌がることはないだろうなーとは思ってたけど、それでも。一日使わせちゃってるわけだから」


「それは……」


 正直なところ、驚いたというのは確かにある。


 ただ、その次に湧いて出た感情は不思議と「楽しみ」だった。それが何故かなんてことは、考えるまでもない。だって、


「それくらい、いいよ。どうせ、ほら。俺暇だし。それに、」


 そう。


 綾瀬と久我は、それこそ歳も、関係性も、二人を取り巻く状況も、昔と比べると随分変わってしまった。高校時代は確かに二人並んで歩いていたはずなのだ。それぞれ抱えているものはあるけれど、それでも見ている方向は確かに一緒だったという自負が、綾瀬には確かにある。


 ただ、その関係性はいつまでも続かなかった。綾瀬が無理やりにでも踏み込んで、久我についていけばもしかしたら違った形もあったのかもしれない。かつての同級生に語れば「自惚れだ」と笑い飛ばされるかもしれないが、正直なところ恋人同士になっている未來もあったのではないかという気すらしているし、それもまた、楽しそうだとも思う。でも、


「なんか、こう。昔に戻ったみたいでいいじゃん。こういうの」


 もしかしたら、を語ることはいくらでもできる。そのいくつかは本当に在り得た未來なのかもしれない。


 それでも綾瀬は、今のこの関係性が結構気に入っている。なにも自分の選択に正当性を持たせたいが為の見栄張りじゃない。割と純粋な、今の本心だ。だって、過程はどうあれ、またこうやって、並んで歩くことが出来ているのだから。


 久我は何度も瞬きをしたのち、


「……ぷっ」


 笑う。


「え、なんでそこで笑うの」


「や、ゴメンゴメン……」


 久我は手をひらひらとさせて、


「なんていうかさ、観月みつきって良い意味で変わらないよね」


「何それ」


「そのままの意味。ほら、大体高校出て暫くすると人って変わっちゃうじゃない」


「え?俺そんなに変わってない?」


「んー……」


 久我は綾瀬のことを品定めするように眺めた後、


「ああ、ちょっと身長伸びたよね。後少し太った」


「そこ?」


「うん。そこ。だって、それくらいしか思いつかないし」


 これは喜んでいいのだろうか。ただ、久我は「良い意味で」と、あらかじめ注釈をつけている。


 そんな彼女は伸びをしながら、


「この間の同窓会は酷かったなぁ……二言目には会社がどうとか、上司がどうとか、給料がどうだとか。お前の給料なんか興味ないっての」


 吐き捨てる。綾瀬は思わず笑って、


「まあ、ほら。自慢したい時期なんじゃないの?」


 真由美ってモテるから、という一文は敢えて口に出さずにおく。周囲からしてみれば公然の事実だし、今となってはちょっとした笑い話に過ぎないが、本人がどう捉えているかはまた別問題だ。これはあくまで綾瀬の憶測でしかないが、本人からしたらあまり触れてほしくない話題のような気がするのだ。


 久我は「まあねぇー……」と明後日の方向を見据えながら呟き、


「そういえば、だけど」


 暫く躊躇したのち、


「観月ってさ、今、えっと」


「ああ、まだ大学生だよ。登録上は」


「そう、なんだ」


 みるみるうちに勢いを失う。


 彼女のことだ。恐らくある程度の返事は想定していたはずだろうし、その中には「実は大学やめて、バイトも最近やめちゃって、そろそろ実家に帰ろうかなって思ってるんだよね」という類の回答だってあったはずなのだが、それはあくまで想像上の産物であって、実際の現実とは威力が違うらしい。


 いまや彼女は視線は俯き加減で、手は体の前で居心地悪げに絡めていて、次の言葉を探せど全く思いつかないという状態だ。


 そんなになるならば聞かなければいいのではないか、というのは最もで、特に綾瀬はそういった「踏み込むこと」をしないことで、面倒事を避けてきたという経緯がある。そして、今までの綾瀬なら、ここで会話をうやむやにしただろう。どうせ、次の店にたどり着けば話題は自然とそっちに移っていくはずで、ここで話を掘り下げる必要など微塵もない。ただ、


「まあ、休学してるから、そもそも大学生って言って良いのかも分かんないけどね。就活もしてないし。だから、真由美まゆみは凄いなって思うよ。うん。


 それとこれとは全く別問題だ。久我には笑顔でいてほしいし、昔みたいに、気楽に話せる間柄でありたい。それは今の綾瀬が抱いている、率直な気持ちだった。


 そんな誉め言葉に久我はほんの僅かだけ表情を緩め、


「ありがとう……でもね、観月。私だってそんな凄いもんじゃないよ」


 ぽつりと零す。

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されど美しき僕らのセカイ 蒼風 @soufu3414

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