第24話 破滅の太陽

 俺は早く体勢を整えようと翼を広げ、地面に仰向けになったまま飛行を始める。叩きつけられたばかりの背中に激痛が走るが、歯を食いしばる。


 ミシェルが発する白い光はますます輝きを増し、小さな太陽を思わせるほどだ。

 海賢は、神の肉から作られた天肢という兵器の力を最大限引き出そうとしているのか。


 ミシェルが動く。とっさに構えたサーベルがミシェルのサーベルを受けるが、また受け止めきれずに吹き飛ばされてしまう。


 どうにか地面に叩きつけられるのを防ぎ、空中に留まる。


 間近にある地面を蹴り、全力を意識してミシェルにぶつかっていくが、最小限の動きで躱されてしまう。俺は素早く振り返るが、すでにサーベルを振り下ろそうとしていたミシェルの動きに対応しきれない。

 避けようとして間に合わず、ルシフェルの右胸の装甲が傷つく。


 その痛みは確実に俺の体力を奪う。


 手も足も出ない状況に恐怖を覚えつつも、俺は痛みに逆らって全力でサーベルを振るう。ミシェルがそれを受けるが、体勢は全く崩れない。

 むしろ、僅かな鍔迫り合いからこちらが吹き飛ばされて体勢を崩してしまう。


 追撃してくるミシェルが突きを繰り出すと、ルシフェルの左股をたやすく貫いて払う。


 ルシフェルの生体組織から真っ赤な血が噴き出し、俺の左足が凄まじい痛みに動かなくなる。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ」


「死ね、翔吾ぉ」


 ミシェルがまた突きの構えをとる。俺の脳味噌が痛みでおかしくなったのか、ミシェルの動きがやたらゆっくりして見える。

 しかし、ルシフェルの身体は思うように動かず、何もできないままミシェルに串刺しにされる様を見ているだけのように感じる。


 時間の流れが急に滞ったような状況の割に、警報ブザーだけは、音程を変えずにやかましく鳴り続ける。


 ミシェルがサーベルでルシフェルを刺し貫く直前、小さな太陽のように輝くミシェルの向こうに、もうひとつ小さな太陽が現れ、俺の目を眩ませる。


 何も見えない真っ白な暗闇の中、俺はただなんとなく、もうひとつの小さな太陽からミシェル・ブランを庇うように身体を入れ替える。そうすることで唐突に目に入った景色は、世界の中心から全てが崩れ、溶け、無に返っていく姿だった――


























 ◆◇◆◇◆



 真っ白な暗闇が真っ黒に変わったとき、俺はラミィの声を聞いた気がして、開いているのか閉じているのかもわからない自分の瞼を懸命に開けてみた。


 瞼を開けることでそうなったのかはわからないが、何もなかったはずの世界に、海賢を後ろから抱きしめたラミィの姿が見えるようになった。


「ラミィ、そいつに何をするつもりだ」

 俺は海賢を助けたいのか、海賢がラミィに抱きしめられていることに嫉妬してるのかもわからず、とにかく海賢を離して貰いたかった。


「だめだよ。この人は私に魂をくれる契約をしているんだから」

「だけど、そいつは俺の妹の大切な人なんだ。君が魂を欲しいなら、俺のをあげるから」

「翔吾が魂をなくしたら、私が魂を手に入れる意味がないよ」


「俺と君の二人でひとつの魂になるのは、だめなのか」

「だめだよ。ひとつになっちゃったら、一人でいるのと変わらなくなっちゃうよ」

「じゃあ、その辺りに見えるたくさんの魂の中からどれか選ぶのは?」


 俺がそういうと、色とりどりのたくさんの魂が、一方向目指して、揺らぎながら流れていく様子が見えてくる。

俺はぼんやり、ああ、数十万の人が亡くなったんだなぁ、と感じる。


「だめだよ! 契約もないのに人の魂を貰うことはできないの。そんな権利、誰にもないんだから」

「だけど、そいつだけは、困るんだよ、ラミィ」

「翔吾がそんなこというと、私も困っちゃうよ」

「頼むよ、ラミィ、ラミィ。ラミィ」



 ◆◇◆◇◆



 爆心地で発見されたコックピットコアから劉海賢が救出されたのは、汎ユ連による核攻撃から4日が経過した朝だった。

 瀕死の海賢は、最重要レベルの捕虜として集中治療室に入れられた。一般病棟にうつれるようになったところで、その身柄が北海道臨時政府から横濱パルチザンに引き渡された。


 横須賀に続き、今度は北海道に着弾した核ミサイルは、決戦のために集結していた自衛隊、連邦軍双方に甚大な被害を与え、広大な範囲の汚染地域を作り出した。


 アメリカ合衆国を始め、汎ユーラシア連邦と敵対する国々はこの二度目の核攻撃を激しく非難し、核による報復も辞さないという強い姿勢で、日本への更なる支援を表明した。



 ◆◇◆◇◆



 海賢が横濱に帰ったとき、彼を護送してきた航空自衛官は拍子抜けしたという。

 海賢を待っていたのは憎しみではなく、歓迎だったからだ。


 彼のフィアンセである泉砂羽はもちろん、パルチザン幹部もパイロットたちも、皆が海賢の到着を心から喜んでいることに驚き、私刑リンチを警戒して緊張していたことを馬鹿馬鹿しく思ったらしい。


 横濱パルチザンの言い分では、彼は一度目の捕虜を経験して以降、ずっとスパイとして機密情報を提供してきた功績があるという。

 海賢を憎む声は、むしろ北海道臨時政府やアメリカ海軍など、彼とミシェル・ブランに甚大な被害をこうむった人々の方が多かった。


 海賢を庇ったと言われている横濱パルチザンの英雄は、まだ戻っていない。彼が魔帝国から連れてきた三人の仲間も、彼の行き先はわからないという。

 召喚解除され戻ってきたルシフェル・ノワールのコックピットには、彼の痕跡は全く無かった。アンビリカルコネクタを離脱するときの出血痕すらないのだという。


 中西翔吾が行方不明になってから半年が経った頃、北海道臨時政府は士気高揚のために彼の葬儀を盛大に執り行うことを横濱に提案した。


 しかし、横濱の民兵たちは中西翔吾の捜索を諦めておらず、その提案を却下した。

 それどころか、魔帝国エルナシークから派遣された技術士官ライラ=カペー少佐によると、次の獲物を探そうとしないルシフェル・ノワールの様子から見て、中西翔吾は生存している蓋然性がいぜんせいが高いとまで主張しているという。



 ◆◇◆◇◆



 身体が重い。


 自由にならない左足が地面につっかえては、その度に情けなく転がってしまい、見たくもない灰色の空を見上げることになる。


 何度転んだだろうか、何度傷つき、見苦しく脂汗を垂らしながら立ち上がっただろうか。


 痛みと、だるさと、絶望。


 見通しも持てず、いま自分がどこにいるのかもわからなかった。


 それでも、ただひとつ、数多の戦闘によっても破壊されず残っている横浜ランドマークタワーが見えたとき、生きて帰れる希望が見えてきた。


 転んでは立ち上がり、少し歩いてはまた転ぶ。


 そんなことを繰り返していると、転んで立ち上がって歩くことそのものが、自分の生きる意味だとさえ思えてくる。


 重たい身体を、少しずつ、少しずつ、前に進めていく。



 ◆◇◆◇◆



 幾つの坂を上り、下った頃だろうか。遥か前方から四輪車が走ってくるのが見えた。


 米軍仕様の汎用車だろう。乾燥地帯に合わせて着色されたベージュ系の迷彩が、誰も居ない市街地でよく目立っている。


 ――手を振る。


 ――手を振り返してくる。


 やがて、すぐ近くで止まった四輪車から、若菜が飛び降りる勢いでドアを開けて、まっすぐこちらに走ってくる。

 運転席は砂羽、助手席には海賢のようだ。


 手を広げ、若菜を受け入れる。


「ただいま。ただいま、若菜」


「お帰りなさい、翔吾さん」










 了

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横濱パルチザン! ーー異世界にいるうちに日本が占領されたのでテロリストになることを決めました 青猫兄弟 @kon-seigi

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