第23話 早暁の空

 目を開ける。

 まだ周りは暗い。


 ラミィは、また俺の夢に現れた。

 両手を広げ、心地よさそうに空を飛び、俺の元に舞い降りる。


 そして、幸せそうに俺の首を絞める。


 俺たちが策略を用いてラミィの母親を助け出したことで、彼女は裏切り者の汚名を着せられた。


 彼女は人間の帝国に騙されていた。しかし、俺がラミィを騙したこともまた、間違いのない真実だった。


 ――また、会えるな。ラミィ。


 ミシェル・ブランに全てを食い尽くされたことで、ラミィはミシェルの一部となってしまった。

 ミシェルが手強いのは、ラミィの抱えていた憎しみさえ飲み込んでいるからだろう。


 俺は静かにテントを出る。


 闇は僅かに薄くなり、地平線の向こうに太陽の気配が強まってきている。


「おはようございます」

 声量を抑えた立浪陸士長が、屈託のない笑顔を見せる。

「お早いんですね」


「立浪さんこそ。起こしに来てくれたんですか?」

「はい。まだ少し早いのですが」


 ミシェルは空が白む頃に、太陽を背にして現れるだろう。今はまだ、暗すぎる。


 作戦については、昨夜のうちに聞かせて貰っていた。

 俺はひたすらミシェルと当たり、他の敵を自衛隊でどうにか抑えてくれるとのことだった。

 カーミラ、ランスロット、バアルは自衛隊の支援をさせることにした。


 海賢のことも、ラミィのことも、俺が解決すべきことだからだ。


 立浪陸士長と話している間にも、空は少しずつ明るさを増していく。

 気づけば、カーミラたち三人も起き出して身体をほぐしている。


「そろそろだね」

「ああ」


 カーミラはきっと、ラミィのことを考えている。ラミィはカーミラの実の妹であり、とても可愛がっていた。

 そんなラミィを裏切る作戦を立てたのは俺だ。


 ふと、目を閉じる。俺に対する強い対抗心と、憎しみを感じる。

「来るぞ!」


 広い場所に向かって、全力で走る。


 ルシフェル・ノワールを召喚し、左腕結界発生機を起動する。まさに丁度のタイミングで、激しい炎が襲ってくる。


「やっと来たか、中西翔吾!」

 劉海賢の声が、天肢の筋肉組織を通じて声になる。

「迎えに来た。海賢、砂羽のところに帰ってやってくれ」


「砂羽が必要としているのは俺じゃなかった」

 ルシフェルとミシェルのサーベルがぶつかり合う。激しい金属音が鳴り響き、森の木の葉がびりびり震えて落ちる音がする。


「女々しい! これから必要とされるようにすればいいだろ」

「無条件に愛されるお前が言うな、腹が立つ」


 鍔迫り合いから、ミシェルに蹴りを入れて距離を取る。アラームが鳴ったからだ。

 俺のいた空間に、戦車の徹甲弾らしきものが通過する。海賢に当たっていてもおかしくない。


「今の見たか? 捨て駒にされてるのがわかってないのか」

「俺が考えた戦法だ。死ぬことなんて、元から恐れていない」


 またアラームが鳴るので、それを避けつつミシェルに突っ込んでいく。


 ぎりぎりで突きを躱され、俺の左側ががら空きになる。狙ってくる海賢に対して、左腕結界発生機で半球状の結界を展開する。

 ミシェルは結界にはじかれ、飛ばされる。

 この新機能もライラさんが開発したものらしい。


 そこでまたアラームが鳴る。今度は短距離ミサイルのようだ。


 前回苦しめられたミサイルへの対策も、ライラさんが考えてくれている。ミシェルが態勢を崩している間に、展開済みの大きな半球状の結界を空に放つ。


 ミサイルが結界に触れる。ミサイルの結界中和機能に対応して、結界もまた周波数をランダムに変化させていく。


 やがて推進剤が切れたミサイルが球面を滑るように落下していく。


 結界発生機を使っているため、俺自身の魔力はほとんど使わなくていい。


 態勢を立て直したミシェルが、また突きを繰り出してくる。

 俺は半球状の結界を、ミシェルに向けて投げつける。結界はミシェルの勢いを消して消滅する。その一瞬、無防備になったミシェルの頭部構造物に蹴りを喰らわせる。


 ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトなどの異世界金属でできた装甲同士のぶつかり合いが、大きな火花を生む。

 ルシフェルの右足も、ミシェルの頭部も互いに形を崩すが、機能に問題はなさそうに見える。


 後方からのアラームに、振り向いて後部カメラの画像を見る。ロケット弾のようなものがふたつ飛んでくるのが見える。

 ルシフェルの向きを変えようとして、敢えてその動きを止める。


 飛翔体を感知したSA用のCIWSシーウス(ミサイル迎撃用の近距離機関砲)がバックパックの片隅で砲塔を回す。砲は火を噴き、ロケット弾二発を捉え迎撃に成功する。


 それを確認した俺は、すでに体勢を整えているミシェル・ブランに正対する。


「海賢、またお前へのフレンドリーファイアを考慮しない攻撃だったな」

「ああ。だからどうした?」

「俺ももうほとんど魔力切れだ。お前は始めから自分を喰わせてそいつを動かしているんだろ」

「だから、どうした。何度言わせればわかる。俺はお前を殺せさえしたら、自分も死んで構わない」


「その先に何がある。砂羽のことを幸せにしてくれるんじゃないのか」

「うるさい。お前が何もかもねじ曲げてしまったくせに」

「なあ、海賢。それは、本当にお前の意思か。ミシェルに心まで支配されてそう思ってしまうんじゃないのか」

「うるさい。うるさい。うるさい」


 激昂した海賢の眉が吊り上がった様子が浮かぶまでに、感情がむき出しになっている。


 やはり、これは海賢だけの感情ではない。ミシェルに取り込まれてしまったラミィの記憶が、海賢に影響を与えているのだろう。


 しかし、ルシフェル・ノワールとほぼ同じ性能をもつミシェル・ブランのコックピットを、パイロットが生きたままこじ開けることなどできるのだろうか。


 突進してきたミシェルの顔面に蹴りを喰らわせて距離をとる。


 いずれにせよ、本来は魂も生命もない純粋な肉体であるミシェルは、海賢の意思や感情がないと動くことはできない。それは、本来ほとんど同じ物、同じ仕組みであるはずのルシフェルも一緒だ。


 俺がもし、生きたままコックピットをこじ開けられるとしたら、衰弱か一時的なショックで気を失ったときくらいだろうか。


 ミシェルのバックパックに幾つかあった蓋が開き、ミサイルが発射される。


 俺も同様にミサイルを発射してから、ミシェルのミサイルから逃げるためにルシフェルの翼を広げる。


 翼の形を変えて空気抵抗を少なくして、一度道路すれすれまで降りて、そこで羽ばたく。ミサイルの幾つかは方向転換が間に合わず、道路にぶつかって爆発している。


 そのまま低空飛行を続けながら、追いすがってきたミサイルがCIWSに打ち落とされるのを確認する。


 ミサイルが全部処理できたところで、ミシェルの追撃に入る。


 ミシェルはどうやら、こちらのミサイルを結界を使って防いだ様子だった。

 魔力の素養がない海賢にとって、かなりの痛手のはずだ。


 俺はミサイルが再び補充されたことを確認し、ミシェルをロックオンして発射する。


 おそらく、結界で防ぐなり迎撃するなりするだろう。それにより、海賢の体力を削りながら様子を見ていくしか、今のところ、コックピットをこじ開ける方法が思いつかない。


 しかし、俺自身もカーミラに貰ったり休憩したりして回復できた魔力がじきに尽きるだろう。

 そうなれば、海賢との体力勝負になる。


 ミサイルを迎撃したミシェルを目で追ううち、昇ってきた太陽に目が眩む。


「しまった――」


 かろうじてレーダーは見えるが、ミシェルの反応が見つからない。


「真上か?」

 上部モニターに目をやると同時に、CIWSが下方向に砲塔を向けて反応する。

「下?」


 重心をずらして落下することで、すれすれのところでミシェルのサーベルを躱そうとする。しかし、間に合わず左肩の装甲に傷を負わされてしまう。


「くっ」

 左肩の激痛に耐えつつ、とっさにマニュアル操作に変えたCIWSでミシェルを狙う。


 意表を突けたようで、数発がミシェルに直撃する。


「海賢、バテるのはお前が先だ」

「それまでに貴様を殺す」


 共に体勢を立て直し、サーベルを数合あわせる。パワーもスピードもほぼ互角で、パイロットの技量もほとんど変わらない。

 むしろ、異世界のSAにまだ完全に慣れていないはずの海賢の方が、習熟の余地を残しているかもしれない。


「お前ほどのパイロットが、どうして恋人の敵になってまで独裁政権の味方なんかするんだ」

「独裁だろうがなんだろうが、俺は中国人だ。故国のために戦うのは当たり前だ」

「お前の家族は大陸の政権でなく、島の政権の方を支持していたようじゃないか」

「政権がどうあれ、中国は中国だ。中国人の俺が、日本人の味方をする義理はない」


「他国を踏みにじってまで資源を確保しようとする侵略者の国がそんなに誇りか」

「日本だって大東亜共栄圏だのなんだの抜かして侵略して来ただろう。おあいこだ」

「過ちから立ち直った日本で、幸せに暮らせていただろう」

「その幸せを奪ったのはお前じゃないか」

「結局、砂羽の心を掴みきれなかったお前の逆恨みだな」


「うるさい」

 海賢が振り下ろしたサーベルを受け止めきれず、地面に叩きつけられる。背骨が折れそうなほどの強い痛みに、俺は顔をしかめる。


「全てが、お前が帰ってきたせいでおかしくなったんだ!」

 ミシェルの装甲が白い光を放ち、光の翼が大きく広がる。

「死ね、中西翔吾」

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