第22話 奇襲

 津軽海峡を左手に太平洋上を進む。まずは最前線がどこにあるのかを把握しておきたいからだ。


 北海道臨時政府は灯火管制とうかかんせいをしているはずなので、灯りが見えない場所は臨時政府が管理していると予想できる。

 渡島半島おしまはんとうと思われる方向は街の灯りが見えるため、すでに汎ユ連に占領されているのだろう。


 その中で、ひときわ目立つ灯りの連なりを見つける。カーミラに伝えて、距離を縮めることにする。


 異世界で鍛えられた目で灯りの列を凝視すると、戦車の隊列であることがわかる。


 連邦軍の中国製、99式戦車だろうか。


 隊列の長さからして、戦車だけで五十両を超える大部隊に見える。


「カーミラ、こいつらは今のうちに叩いておきたい」

「魔力も体力も落ちてるのに、ミシェル・ブラン以外の敵に構ってる余裕あるの?」


「あいつらがミシェルを援護する任務につくかもしれないし、そうでなくてもあの規模の部隊は自衛隊に大打撃を与えるかもしれない」


「また出た。自衛隊の人にだって覚悟はあるでしょ。ボスがなんでもかんでも面倒をみなくていいのに」


「だけど、俺たちの作戦目的は北海道臨時政府を守ることなんだから」

「……わかった。私たちも全力でサポートする」


〈それでこそ姐御だ!〉

 ランスロットが念慮で軽口をたたく。


〈調子に乗るな〉

 姐御と言われるのが嫌いなカーミラが苛立っている。


「あいつらの真上から攻めたい。高度を上げて、隊列の直上まで運んでくれ」

「わかった」


 カーミラが力強く羽ばたくと、みるみる高度があがっていく。戦車の隊列が先頭から最後尾まで見渡せる高度で、俺はカーミラの手を離れる。


 落下しながら、召喚の呪文を唱えていく。

「出でよ、ルシフェル」


 俺はあっという間にルシフェルのコックピット内に着地する。そして、サーベルを召喚してルシフェルに持たせる。

 背中に微妙な違和感を覚えるが、ライラさんが何か改造したのだろう。


 落ちながら目をつけていた、指揮車に見える装甲車に狙いを定め、サーベルを構える。


 轟音と共に着陸するなり、真上から装甲を貫いたサーベル越しに、僅かに雷魔法を発生させて指揮機能の停止を図る。

 もちろん、乗組員が死亡する程度の電圧は発生させる。


 すぐに飛びうつり、次のターゲットを貫く。


 その間に指揮車と思われる装甲車は燃料に引火したのか火災を起こし始めていた。


 指揮車を破壊できたので、魔力を節約するため、出来る限りサーベルで1両ずつ刺し貫いていく。


リマ、L、こちら、ライラ少佐。体力の節約のために、バックパックに用意したミサイルを使ってみな〉


 そういえば、落下のとき、ルシフェルのバックパックがかなり大きくなっているのに気づいていた。北海道まで移動する時間を使って取り替えたようだ。


 遠隔操作だろうか、オペレーションシステムのプログラム実行画面上に「短距離誘導ミサイル発射準備・済。照準、済」と表示がなされる。


 画面で指示されたボタンを押すと、バックパックから次々とミサイルが発射されていく。


 一度高いところまで上ってから、狙いを定めて敵戦車に向かって落ちつつ、推進装置の力で更に加速する。


 ミサイルの特性が分からないので、片膝をつき、姿勢を低くして着弾に備える。着弾したミサイルは潰れて液状化し戦車の装甲に貼りつくと、強力な雷を発している。雷魔法の力を閉じ込めていたようだった。


 戦車の多くは燃料が誘爆して内側から破損し、誘爆しなくても動きを完全に失っている。


〈ボス、カーミラだよ。後続部隊は私たちでなんとかしたよ。前方の敵だけ逃がさないようにして〉

〈了解〉


リマ、L、こちらライラ少佐。ミサイルはその都度自動召喚で補充されるから、こっちのストックがなくなるまで何度も撃てるよ。残り百はあるから!〉

〈L、了解〉


 僅かな時間に、かなり強力な新兵器を用意してくれている。自分の命に替えても、と力んでいた肩の力が抜ける。

 生きられる、生き残れそうだと思うと、思い詰めていたときとは違う力が湧いてくる。


「いつもありがとう、ライラさん」


 フレンドリーファイアを恐れているのか、指揮車が失われて混乱しているのか、砲塔をこちらに向ける敵すらいない。

 前方の戦車を視界にいれると、OSが自動的にミサイルの照準を合わせてくれる。


 また放ったミサイルは、先程と同じように高くあがり、加速しながら敵戦車の元へ降りていく。

 戦車たちはこちらに対して主砲の照準を合わせる余裕もないまま、ミサイルの餌食になっていく。


〈ライラさん、これはすごい! 助かる〉

〈あなたが戦ってる間にこれだけの技術革新を準備してたんだよ。感謝しな〉

〈はい。もうライラさんには頭が上がらないですよ〉


 敵の数だけミサイルを使ったのだろう、指揮車より先行していた戦車や装甲車を全て沈黙させることに成功した。


〈こちらカーミラ。後方の敵はみんな殺したよ。また私が運ぶから待ってて〉

〈了解〉


 ルシフェル・ノワールを汐汲坂ベースに戻し、戦車が燃焼する灯りだけが目立つ闇の中に待つ。


 ――また、たくさんの人を殺した……。


 その思いが、胸の中でわだかまりになる。しかし、日本は汎ユ連の圧倒的物量の前に敗れ、占領されているのだ。

 表現の自由、思想信条の自由がない社会に取り込まれてしまった日本を救うには、これしかない。


「ボス、また悩んでたの?」

 カーミラの声に振り向く。カーミラの羽音はとても静かだ。


「ああ。人を殺すのは、決して好きじゃない」

「優しいんだから」


 カーミラが俺の肩に手を置き、身体の向きを変えさせる。後ろからギュッと抱きしめられると、胸の柔らかな感触と甘い香りが俺を包み込む。


 カーミラが翼を大きく上下すると、あっという間に空高く舞い上がっている。


 バアルが飛ぶときの独特な音と共に、ランスロットがこちらを見て微笑む姿が目に入る。


〈姐御というよりお母さんッスね!〉

〈後で死ぬまで血を吸ってあげる〉

〈勘弁! バアルさん、急いで〉


 俺は笑いながら、ランスロットを睨んで見せる。異世界で知り合った仲間たちのおかげで、日本の惨状を乗り切れる自信が持てる。


 横浜からここまで来たときと同様に、太平洋上を海岸沿いに低空飛行する。

 ちょうど、渡島半島の付け根辺りで、灯りがある地域とない地域に分かれている。


「この辺りみたいだ。灯りのない地域をゆっくり飛んでくれるか?」

「はいよ!」


 しばらくすると、森の中に隠れたSA-04Bを発見する。


 俺たちは着陸すると、静かにSA-04Bに近づいていく。


 人間の歩行音を捉えたのか、コックピットが開いて、パイロットが現れる。


「止まれ。手を上げろ。こんな時間になぜ歩いている」


「横濱パルチザンからの援軍で、中西翔吾と、異世界から連れてきた客たちだ」


 パイロットは暗視ゴーグルでしばらくこちらを眺めていたが、やがて信用したのか、ゴーグルを外して微笑んだ。


「ご苦労さまです。いま、案内係を呼ぶのでお待ちください」


 やがてやって来た案内係は、立浪遥陸士長と名乗る女性陸上自衛官だった。89式自動小銃を肩がけし、周囲を警戒しながら現れた。


「では、足元に気をつけて着いてきてください」

 立浪陸士長の先導で1㎞ほど歩くと、森の中にテントが連なる野営陣地が見えてくる。

「あそこが、私たち混成機甲師団の本部です」


 幾つかあるテントのうちひとつには、小声で活発な議論が行われているものがあった。

 立浪陸士長は、その前で直立し、階級姓名と要件を伝える。


 テントの中が静かになり、中から出入り口のシートが広げられた。


「中西翔吾殿。お待ちしておりました」


 招かれてテントに入る。立浪陸士長はテントの脇に立ち、周囲を警戒し始める。まだ若いが、隙のない立派な歩哨ぶりだ。

 テントの中、幕僚と見られる幹部自衛官たちの真ん中に、ひときわ落ち着き払った重厚な雰囲気の男性がいる。


「初めまして。陸将、田川敦郷です。今回は我々のために危険を冒して援軍に来てくれたことを深謝します。ただ今、このあと早朝に予想される敵SAと戦車部隊による襲撃の対策を立てていました」


「なるほど。ちなみに、戦車50両ほどは来る途中に全滅させました」


 幹部自衛官たちの感嘆の声が響く。


「それは、素晴らしい。白の頭付きに我々の作戦の何もかもを無駄にされていましたが、ようやく意趣返しができた気分です」


「白の頭付き……」

「はい。ミシェル・ブラン、奴のせいで我々の防衛体制がボロボロに寸断されてしまいました。どうにかここに集結できた戦力だけが、我々が統制をとって動ける全戦力なのです」


 つまり、神出鬼没のミシェルに撹乱作戦をやられて、短期間で連邦軍に渡島半島を制圧されてしまったということか。だとしたら、このままでは臨時首都の札幌までやられてしまう。


「どうか、我々に力を貸してください。まずは、夜明け近くの警戒が必要です。少し時間があるので、それまでは休憩をしていてください。作戦については、まとまってから夜明けまでにはお伝えします」


「わかりました」

「立浪君。案内を」

 出入口のシートが開けられる。

「さぁ、着いてきてください」


 立浪陸士長の案内を受けながら、テントの一つに入る。充分な広さがあるため、全員でそこに休むことにする。


「警戒は私がします。時間まではごゆっくりお休みください」


 俺が身体を横にして目を閉じると、ランスロットとカーミラの雑談が止む。


 眠気に誘われつつ、俺は確かにラミィの気配を感じていた。

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