黒ずんだ乳首をピンク色に戻したい

烏川 ハル

黒ずんだ乳首をピンク色に戻したい

   

「……あんっ」

 生まれたままの姿でベッドに横たわる女が、ピクンと体を反らせると同時に、甘い声を上げた。

 ほんの一瞬、自分自身のコントロールを失った、という感じだ。だが彼女は、すぐに冷静さを取り戻して、自分に覆い被さる男へ声をかけた。

「ねえ、お願いだから。あんまり左ばっかり攻めないで」

 女の言葉を受け入れて、男は顔を上げる。

 彼は今まで、右手で女の左乳房を揉みながら、その先端を舌で舐め回していたのだ。相当に激しい愛撫だったらしく、彼の口から彼女の左乳首まで、今この瞬間も、唾液が糸を引いているくらいだった。

「ん? 左ばっかり、とは心外だな。ちゃんと平等に愛してるつもりなんだが」

 悪戯っぽい口調で告げると、右手は左胸に置いたまま、左手を――それまで下半身をいじっていた左手を――、彼女の右胸へ移動。指の腹で、優しくこねるようにして、いただきにタッチする。

「んあっ。ほら、言われたからって、今さら……」

「今さらでもないさ」

 それまでの埋め合わせをするかのように、執拗に右乳首をもてあそぶ男。続いて、そちらへ顔を近づけると、今度は唇で乳首を挟み、舌を這わせる。

 まるで母の乳房にむさぼりつく赤子のように、それからしばらくの間、女の右胸を舐め回していたが……。

 ふと、男は顔を上げる。

「やっぱりチカって、右は左より感じないんだな。右の乳首、左ほど硬くならないぜ」

 愛撫する甲斐がない、といった口ぶりだ。

「……え? そんなことないわ。どっちも私、十分、気持ちいいのよ」

「それは俺のテクニックのおかげだろう」

 冗談っぽく言う男の体を、女は、ギュッと抱きしめた。

 自然と、彼女の唇が男の耳元に近づく。まるで挨拶がわりのように、ハムッと耳たぶをくわえた後、彼女は男に囁いた。

「そういう意味じゃなくて。それより私、もう十分、準備できてるから……。これ以上の前戯は……」

「わかってる。みなまで言うな」

 男はニッと笑うと、折り重なるように抱き合った体勢のまま、器用に下半身の位置を調整した。


――――――――――――


 しばらくして。

「はあ……。はあ……」

 一仕事終わった、という雰囲気で荒い息を吐きながら、男は体を起こした。女の上から降りて、彼女の隣で、ゴロンと横になる。

 女は女で、満足そうな顔で荒く呼吸していたのだが、

「キャッ!」

 突然の刺激に、小さな悲鳴を上げてしまった。いつのまにか、また男が、彼女の左乳首を吸っているのだ。

「やめてよね、今は。少し休ませて」

 そう言いながら、軽く彼の頭を叩く。『叩く』というより『撫でる』と言った方がいいかもしれない程度に。

「いいじゃないか。ただの後戯だ」

 男は女の乳首を舐めながら、モゴモゴと返した。

 女は少し眉間にしわを寄せて、抗議を続ける。

「後戯って……。あなた、前戯でも左胸ばかり、それも乳首ばっかり……」

「それだけチカの乳首が魅力的ってことさ。特に左は凄いぜ。ほら、いったんは落ち着いたはずなのに、もうまたビンビンだ。この勃起乳首、見ているだけでも興奮するからなあ。舐めたらもっと興奮で、一度口に入れたら『やめられない止まらない』って感じだぜ!」

 論より証拠と言わんばかりに、男は女の左乳首に、チューチューと吸い付く。

 女としても、くすぐったいを通り越して、明らかに快感なのだが……。理性的な頭では、これ以上はキリがない、と思う。何よりも、守らなけばならないものがあるのだ。

「ホントにやめてよね。私の乳首が魅力的なら、ちゃんと右も可愛がってあげて。あなたのせいで、左の乳首、右よりも黒ずんで来てるのよ!」

「そうかあ? 別に気にするほどじゃないと思うんだが……」

 いったん乳首を口から離して、男は左右を見比べた。

 言われてみれば、左乳首は少し黒ずんでおり、それに比べて右乳首は薄桃色。だが、それほど大きな差ではなく「言われてみれば」「比べてみれば」という程度に過ぎない。

 むしろ彼の頭の中では、彼女の乳首の色は、もっと黒いイメージだった。その『イメージ』と比較したら、十分にピンクではないか。

 とはいえ今は、それらを正直に言うべき場面ではないのだろう。

「大丈夫だよ、チカ。右も左も、きれいなピンク色だ」

「それは私の努力の結果なの!」

「……努力?」

「左乳首の黒ずみを取り除くために、美白クリーム使ってるんだから!」

 そこまで説明する気はなかったのに、と思いつつ。

 女は、恥ずかしい告白をするのだった。


――――――――――――


 主人あるじとその情夫オトコとの寝物語ピロートークを耳にしながら……。

 我は、あらためて考えてしまう。


 日本には古来より、付喪神の概念があると聞く。長い年月を経たものには神や精霊が宿る、という考え方だ。

 元々は百年の歳月が必要という話らしいが、これは厳密に『百年』というわけではなく、それくらい長い時間という意味だ。だから『九十九年』でも神になれるということで、『付喪神』ではなく『九十九神』という表記もあるそうだ。

 かようにして、人間たちは年月の方を重視しているようだが……。我に言わせれば、大切なのは時間そのものではなく、そのモノを人々がどう扱ってきたのか、ということ。つまり、愛情を込めて使われてきたモノであれば、わずか数年で付喪神に変化することだって起こり得るのだ。

 そして、この『モノ』とは、物体に限らない。

 例えば、我のように。

 そこにたっぷりの愛情さえ注ぎ込まれれば、人体の一部に精霊が宿ることもあるのだった。


 我は、一人の女性の左胸に――それも胸の先端というわずかな部位に――宿った神。いわば、左乳首の精霊だ。

 乳首なんて人体の中では小さな部品パーツに過ぎないかもしれないが、その役割は大きい。真価を発揮するのは子供を産んだ後だとしても、主人あるじのように、若いうちから男たちの愛情を大いに注がれる乳首だって存在するのだ。

 だから「しょせん左乳首の精霊だろ?」と笑うことなかれ。これでも、立派に神の端くれであり、摩訶不思議な能力ちからも有している。

 我の持つそれは、名付けて妖艶隆起チャーミング・エレクション。素早く、硬く、大きく勃起させることで、乳首の魅力を高める能力ちからだ。これにより世の男どもは、主人あるじの左乳首に魅了されて、さらに大きな愛を注ぐことになるのだった。

 我自身は、人間の男たちに可愛がられたからといって、別に気持ち良くはならない。だが、主人あるじの快感に繋がるのであれば、我も幸せというわけだ。

 ただし、主人あるじとしては、あまり左乳首ばかり刺激されると「黒ずんでしまう!」と心配しているらしい。情夫オトコと一緒でない夜は必ず、寝る前に美白クリームを左乳首に塗り込んでいるくらいだった。

 先ほどの寝物語ピロートークにもあったように、主人あるじは「最近、少し黒ずみが減ったの! 美白クリームの効果があったの!」と喜んでいるのだが……。

 実は、これ、間違っている。左乳首が若干ピンク色に戻りつつあるのも、精霊の力だった。


「くっ! 別にお前のためにしたことではないのに……!」

 隣に――少し離れたところに――いる同族あやつの声が、我に届く。こちらに向けられた気持ちが、精神感応テレパシーという形で、伝わってしまったのだ。

 そう。

 左乳首にわれが宿っているように、右乳首にもまた、精霊が宿っていた。

 その右乳首の精霊にも、我のような能力ちからがあるのだが、具体的には少し違う。あやつの場合は、名付けて桃色回復ビューティフル・アゲイン。色素沈着の黒ずみを取り除き、かつての桃色を取り戻すという能力ちからだ。

 ただし、完全なピンクの乳首になれるほど強い能力ちからではないし、また命中精度も良くない。本来ならば自分だけ――右乳首だけ――美しくしたいはずだが、効果範囲が広いために、我まで――左乳首まで――美白してしまうのだ。


 そもそも、同じ乳首の精霊でありながら、能力ちからが異なるのは何故なのだろうか。ひょっとしたら我も同族あやつも、乳首に宿る前は――前世は――人間の男であり、それぞれ「勃起した乳首が好き」「ピンク色の乳首が好き」という性癖だったのかもしれない。それが反映されているのかもしれない。

 そんな妄想をすることもあるのだが……。そこは考えても詮無いところなのだろう。


 さて。

 そんなわけで、今日も。

 我らが主人あるじを喜ばせるために。

 我――左乳首の精霊――と同族あやつ――右乳首の精霊――は、競い合うようにして、互いの技を繰り出すのだった。

妖艶隆起チャーミング・エレクション!」

桃色回復ビューティフル・アゲイン!」




(「黒ずんだ乳首をピンク色に戻したい」完)

   

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