第5話 ラッキー旅立ち

 魔王城の城門前。

 そこに、四天王と勇者コータロー、そしてエミリアが集まっていた。


 平時は城外に配備されている魔王軍の兵士たちも、200人からなる竜人部隊が呼び戻され、先日の巨大エミリア騒動で破壊された建物をせっせと修復している。

 暴れた張本人のエミリアは、それを見てさすがにバツが悪そうだった。

 コータローに向かって「あんたのせいよ」と毒づき、何度もを蹴っている。なら、運がよかろうが悪かろうが、それなりに痛い。幸運の勇者にも効果的なようだった。


 彼女が魔王に踏み潰され、復活し、そして肉体が魔力によって維持されていること。

 そこらへんのシビアな事情をエミリア本人は断片的にしか記憶していなかったが、コータローが「おっさんが中にいることを知らないと大変なことになる。トイレとかお風呂とか」などと余計すぎる気を回した結果、あまさずすべて話すこととなった。

 ちなみに、トイレなどは、悩みに悩んだ末、自分で知覚しなければ魔王にもわからないという理屈を思いついたらしく、目をそらして鼻歌を歌いながら済ませることで心の平安を得ているらしい。


 とまあ、


 それはともかく。


 魔王の言葉のあと、魔王軍と勇者は一時休戦となった。

 休眠状態の魔王を復活させ、エミリアの肉体と分離する方法を見つける。

 そんな、あるかないかもわからない目的の旅へと、彼らは出発しようとしているのだった。


 彼らというのは、


 幸運の女神の力で転生した、最高の幸運を自称する勇者コータロー。


 魔王をその身に宿す、元・生贄の村娘エミリア。


 そしてもうひとり――


「おいっ、そんな締まりのない顔をするな!」

幸運ラッキーごちそうさまでした♪」


 勇者コータローをサンドバッグのように殴る、魔運のデミリア将軍。


 デミリアとエミリアの間に立ち、コータローは謎の敬礼をしている。満面の笑みだ。

 彼はデミリアたちと旅ができることを、心から幸運ラッキーと思っているようだった。いくら殴られても致命傷とならない特性をいいことに、先ほどから何度も胸を揉んだり触ったりしては、繰り返しデミリアにボコられているのだ。


 周りから見ていると、もはや殴られたいだけのように見える。

 実際、横にいるエミリアは若干……いやかなり引き気味だった。


 そんな視線を痛いほど感じているデミリアは、

「デストルド、わたしは本当にこいつらと一緒に行く必要があるのか? この馬鹿の幸運をアテにした旅路なのだから、不運の極みのようなわたしが同行するのは……」


「魔王様のご指示なのですよ。お忘れですか?」


「ぐっ……」

 デストルドにそう言い返されると、デミリアには返す言葉がない。


 頼んだぞ――デミリアよ。

 魔王はたしかに、最後にそう言ったのだった。


「この馬鹿に頼むのなら、まだわかるのだが……」

 つぶやいて、コータローを見る。


 汚いウインクを返された。


「いや、こいつに頼むくらいなら、やっぱりわたしなのかもしれんな」


 あの魔王に頼まれたのだから、悪い気がしないのもたしかだった。

 魔運などという二つ名で呼ばれてはいるが、デミリアは自分が魔王の役に立ったと実感したことはただの一度もない。

 魔物ですらない珍しいだけのダークエルフが、なぜ、将軍という身に余る立場を与えられ、あまつさえ四天王などという軍団の上層部に据えられてしまったのか、いまだ理解は及んでいない。


 話によると、このデストルド参謀の進言という噂もあるが……。


「デミリア将軍。大丈夫だとは思いますが、ついうっかり勇者を殺してしまわないようお願いしますよ」


「はっ」

 気づくと、ついうっかりコータローの首を脇にはさんで絞めていた。

 コータローは顔が胸にむにっと埋まって恍惚の表情だが、さすがに窒息はやばい。生存の可能性がないダメージの場合は、いくら幸運であっても回避できない恐れがある。

 慌てて離れた。


 コータローは咳き込みながら、「あと妊娠にも気をつけような!」などとふざけたことを言っている。

 とりあえず今は大丈夫そうだが、自分がデストルドの忠告をいつまで守れることか、デミリアは一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


「え~コホンっ」


 エミリアが咳払いをして、


「そろそろ出発するわよ。最初の目的地はアタシのいた村。ふたりともいい?」


 なんだか馬鹿とセットのように扱われているのが気になったが……。


「もちろんだ」「おうよ!」


 三人プラス魔王の、先の見えない旅がここに始まった。


***


 出立を無言で見届けたレイドン将軍。

 長い口髭を撫でながら、何事か考え込んでいる。


 グレンゴン将軍はすぐに城のほうへと戻り、竜人部隊による修復作業の指揮をとっていた。

 レイドンはそれをちらりと横目で見やり、また考え込む。


「……なんか、妙じゃな」


 思わず口に出ていた。

 千年を超える時間を生きてきた――それも、ただ生きるのではなく全力で思考を巡らせ世界を憂いながら生きてきた彼は、神界に住まう神たちには及ばないものの、神性と呼ばれるような生物を超越した感覚が生まれ始めていた。


 あともう千年も生きれば、それこそ神として神界の門をくぐることができるかもしれない。


 ただ、


 まだ神ではない。


 その違いは絶望的だった。


「まあ、気のせいかもしれんの」

 思い直し、城のほうへとゆっくり歩を進める彼に、運命を変えるすべはきっとない。



「ええ、気のせいですとも。それでは城のほうはお任せしますよ、レイドン将軍」


 黒い影が勇者たちを追いかけていき、


「……? なんじゃ?」


 そして魔王城には、竜人たちだけが残った。

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