第9話 ラッキー就寝

 場面は変わって、再び神界。


 幸運の女神テュケの部屋には、虹の女神イリスが呼ばれていた。

「テュケあなた、下界観察デバイス壊しちゃったって、本当ほ~んと?」


「違うの違うの。私、何もしてない」

 ぶんぶんと首を振るテュケ。

「勝手に壊れたみたい」


「デバイス壊す女神ってみーんな同じこと言うのよね……」

 ジト目でテュケを見る。

「それで、なんであたしを呼ぶわけ? 修理なら〝へパじい〟が専門じゃん」


「ヘパイストスねー……。私、なんかちょっと男神って苦手っていうか。においとかさ、あるし」


「あ~、うーん。慣れてくるとあれがいいんだけど、あなたにはちょっと早いかもね。男神って下界に行って直接あれこれ行使したがるから、そういう野蛮やば~んな感じがにじみ出てたりもするし。あたしたちみたいに、勇者のステータスちょちょっと設定して転生ゴーでお任せ解決するほうがスマートよね」


「うん! 私もそう思う」

 テュケは、楽しいな、と思った。

 イリスを呼んだのはこういう女神トークを楽しみたかったからでもある。

「イリスの場合は疾速の権能があるから、勇者のSPDスピードの上限がみんなより高いよね。MAXいっぱいまで振ったりしてる?」


 イリスの目が虹色にきらきら輝く。

「振ってる振ってる~。昔はね、バランス型でちょいSPD寄りみたいなことをやってたのよ。でも、つまんないんだ、これが。だから最近はもうSPD全振り。他ステは勇者の顔見てノリで決めてるけど、これが案外ハマることが多くて観察するのが楽しいのなんのって。『30回攻撃して逃げるしかできない紙装甲の俺が、人生ヒットアンドアウェイでスピード婚&スピード離婚しました』って記録書ログ、読んでくれた?」


「あははは、何それ~?」

「もう人生のスピード感が違うの! 冒頭の一文聞く? いくよ?」


『俺は転生した日に王女と結婚し、夜更けには侍女たちと浮気をしてしまった』


「手が速すぎる! ていうか『侍女』って! あはははは」


 大笑いしながらテュケは、コータローの〝オーバーLUCK〟のことを話そうかどうか、すこし迷った。

 ノリのいいイリスなら、「またバグ見つけたの~? 上限突破なんてあなたやるじゃん」と手を叩いて笑ってくれそうだ。


 幸運の女神であるテュケは、過去にもステータス系のお得なバグを発見することがたびたびあった。

 上限突破じゃなくて、ちょっと合計値を多めに振れるとか、そういうのだけど。

 勇者にステータスを割り振っているときに、くしゃみをしたのが最初だっただろうか。

 変なところに力を入れると変なことが起こる、くらいにしかテュケは考えていなかったが、に報告して修正されるたびに「こんなことするのはお前だけだ」みたいなお小言を言われるので、きっとテュケの幸運の権能が勝手に働いてしまっているのだろう。


 お小言が嫌だからもうバグを見つけても黙っていようと思っていたのだが、ただ今回は、コータローを見失っているという問題がある。

 バグの利用と関連していたら罰則があるかもしれない。

 でも、先に自己申告して無関係だったら、怒られ損。


――やっぱり今は、デバイスを修理するのが先だ。


 イリスは、馬鹿話をしながらもデバイスを見てくれていた。

「うーん、あたしの持ってきた携帯型デバイスで同じチャンネル観てみたけど、駄目だ。同じものが見える。これさ、あなたのデバイスがおかしいわけじゃないんじゃない?」


「え、それって、どういうこと?」


「これに映る映像ってね、リアルタイムに下界から取得してるわけじゃないの。シミュレーションってやつ。あたしたち神界が何かしないかぎりは、下界は演算どおりにしか変化しないっていう理論に基づいてるのよね」


「わからないこと言わないで~!」

 テュケはじたばたしながら、髪をかき回した。

 演算とか理論とか理系っぽい話をされると、頭の中が痒くなるのだ。


 イリスは伝令の権能もあるので、神界における情報工学の知識がある。

「ん~。に言っちゃえば手っ取り早い気もするけど……はいはい、嫌そうな顔しないの。じゃあそうね、たぶん演算がずれちゃってるから――」


「あなたより先にその世界に干渉した神がいないか、調べてみたらど~う?」


***


 場面は戻って、エミリアの実家。

 エミリアの部屋。


 夜になり、エミリアとデミリアがひとつのベッドに入っていた。

 ひさしぶりの静かな夜だ。


「タナカさんと一緒じゃなくてごめんね?」

 自分のパジャマを着たエミリアは、毛布を顎のところまで深々とかぶっている。


 デミリアはバストサイズに合うパジャマがなく、上着のボタンをほぼ開けている。半身を起こして肘をつき、エミリアのほうを見るともなしに見ていた。

「ううん、いいんだ。タナさんはな、やっぱりわたしにとっては家族なんだよ。甘えたい気持ちはあるのだが、今のタナさんとわたしでは、親子みたいに甘えるのは難しい。そういう、距離をとりたいという意思を込めて、あの姿で現れたんじゃないかな」


「昔のタナさんとあのタナカさん、同じ人だって信じているのね」

 こうやって至近距離にいると、同じ女でも、デミリアの大きな胸には自然と目がいってしまう。

 それでちょっとだけ恥ずかしくなって毛布に潜っているのだ。


「だって、わかるさ。どれだけ一緒にいたと思ってるんだ。今のわたしはたぶん19か20だと思うのだが、魔王様のところで季節が三回巡ったから……ええと……」


 指での計算に苦戦しているデミリアを見て、くすっと笑い、

「16か17のときまで、タナカさん……タナさんと一緒にいたのね。いつからなの?」


 だいぶ間があった。


「……いつからだろう? エルフの村を追い出されたときの記憶だと、わたしは10歳くらいだと思うのだが。でも、よくよく考えてみれば、その前もずっとタナさんといたような気がする」


「そんな気がするくらい、タナさんとの日々が充実していたのよ」

 急にデミリアが弱々しい、小さな子どもになったような気がしてきた。

 エミリアは身を起こし、デミリアの背中をさする。


「ああ……そうかもしれない。でも、なんか、本当にもっと幼いとき、ずっとずっと幼いときから、タナさんに大事にされてきたように感じてしまうのだ。なんだろうこれは」

 両手を顔に当て、ブルっと身を震わせる。

「わたし……なんだかわからない。怖いよ……。過去も、今も、ろうそくの灯みたいに、ふと消えてしまいそうだ」


「大丈夫よ。デミリアには、アタシもコータローもいるでしょう? 何かあったらアタシが守るし、コータローだって、馬鹿みたいにふるまう馬鹿だけど、人を助けたい気持ちはちゃんとあって、まあそれなりに頑張ってるわ。バッドエンドは許さないってやつ、あれはきっと本気で思っていることだと思う」

 言いながら、ぎゅっとデミリアを抱きしめる。


「ありがとう、エミリア。なんだかこうしていると、すごく安心した懐かしい気分になる。……今晩はこのまま、抱きしめといてくれないか?」


「もう、甘えん坊なんだから。いいけど……アタシの胸のこと笑わないでよね?」


「笑うわけがない。エミリアだってわたしの尻の筋肉を馬鹿にするなよ? あと、その……盆に載せて運んでいるときにコケちゃってごめん」


「ぷっ、それ今言う? 絶対許さないんだから。コータローにも触らせてないところ触ってあげる」


「えええ……。こ、こら……」


 女子たちの夜が更ける――


***


 そしてまったく不要な、男たちの客間に場面は変わる。


 コータローがベッドに寝て、タナカは床で横になっていた。

 客間がひとつなので当然の帰結なのだが、こう決まるまでには、エミリアの部屋に三人で寝ることのメリットを熱弁するコータローをどうにかする必要があった。


 最終的に、デミリアの腕力でどうにかされたわけだが。


「……タナカさん、まだ起きてる?」

「……」


「オレ思うんだけどさ、巨乳の上に爆乳って言葉があるじゃん?」

「……」


「さらに上になると奇乳とか言われるのが納得いかないんだよ。奇妙なおっぱい。これって馬鹿にしてるよな?」

「……」


「だからオレだけでも、鬼のほうのだと思うことにするよ。強そうだし、鬼のねーちゃんってなんか胸おっきそうだしさ」

「……」


「あと、尻のほうの大きさを表現する言葉が、胸に対して少なすぎるのも腹が立ってて――」

「……勇者殿、そろそろ寝ないと明日に響く」


 男子たちの夜が更ける――

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