第10話 ラッキー友情

 森の早朝は気持ちがいい。


「よく眠れたわ~」「ああ、わたしもだ。エミリアのおかげだな」


 木漏れ日と鳥のさえずりに包まれ、大きく伸びをするエミリアとデミリア。

 澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「……あの~」

 勇者コータローが我慢できずに訊く。


「なあに?」「どうしたコータロー」


「あなたたち、ゆうべ、何かあったんですか?」

 怪訝な顔だ。


「ん?」「何もないぞ」


「いやいや、いやいやいやいや……」

 息のかぎり続けると――


「何もなかった人たちが、恋人つなぎでぴったりくっついて、妙につやつやした肌でイチャイチャキャッキャしたりしませんよね!? 今の完全に朝チュンでしたよね?」

 オーバーアクションで全力の主張をする。


 エミリアは心底ウザそうに、

「あーうるさいなあ。せっかくいい朝なんだから、もうちょっと静かにできない?」


 デミリアも冷めた顔で、

「一緒に旅をする女どうし、仲がいいに越したことはないだろ」


 ふたりでそう言って、「だよねー」「うふふ」などと笑い合っている。


 仲間はずれのコータローはしばらく憮然としていたが、

「百合は構わん! むしろもっとやれ。……だけどな、お前らほんとにそれでいいのか? ベッドで何をしていたか知らんが、魔王のおっさんはそれを全部ぜんっぶじっくりすべての穴の奥まで観察してるんだぞ!? 忘れてないか?」

 指で穴を作り、そこを覗いてみせながら叫ぶ。


「忘れてないわよ」

 エミリアがその穴に指を突っ込み、目潰しされたコータローがのたうち回る。

「忘れてないけど、魔王はたぶんもう見てない。本当に休眠状態って感じで、意識も気配も全然感じなくなってるから。意識体というよりも、魔力を使ってアタシの肉体を維持する、臓器とかそういうもののひとつになっている状態だと思うの」


「それは、時間があまり残されていないかもしれませんね」

 タナカが遅れて出てきた。

 この男は律儀にも、朝食後の食器の後片づけだけでなく、エミリアの母親が行うはずだった各種の家事を手伝ってから出発したのだった。

「遅くなって申し訳ありません。母親というものに興味がありまして、少々、お話を伺っていたのです」


「出た、この天然マダムキラー……ぶっわ」

 デミリアに全力で投げられ、コータローだった汚い塊は柵を越えて森の奥へと飛んで行った。


「タナさんはご両親がおられないのだ、無礼者め。って、やりすぎたか?」

 どんどん小さくなっていくコータローを眺めるデミリアに、

 

「いや、さすが幸運の勇者です。行こうと思っていた方角がちょうどあちらなので、我々もなるべく急いで追いかけましょう。先ほども言いましたが、時間がありません。事情はあとでお話します」

 タナカが言いながら門へと向かう。


***


 ほぼ全速力で、森の西側へ移動する。


 鍛えているデミリアとタナカは涼しい顔で走っているが、エミリアは訓練を受けていない。

 徐々に遅れ始める。


「タナさん、もうすこしゆっくり! エミリアが……」

「ううん。デミリア、大丈夫」


 言って、両手でボールを持つような構えをして、何事かつぶやく。

 直後に光り始めた手を足に当てると――


 浮遊レビテーション


「これでちょっとだけ浮いたから楽になったわ。急ぎましょう」


「魔法が使えたのか!?」

 突然のことに驚愕するデミリア。


「えっ、今のやつのこと? いつの間にかだけよ?」

 そこでエミリアは気づいたように、

「あ、たしかにおかしいわね。なんでアタシ知ってるんだろ……」


「スキルの継承が行われたのだと思います」

 先頭のタナカが走りながら言う。

「魔王の意識が感じられないというお話と併せて考えると、おそらく彼は、エミリア殿の肉体を奪って復活することに、どこかのタイミングで見切りをつけたのでしょう」


 エミリアは焦る。

「復活に見切り……? 魔王は死んでしまったということ?」


「共存のひとつの形です。魔王というジョブを放棄することで、パッシブな魔力消費がゼロになります。あなたのたとえを借りるなら、臓器という裏方に専念することにしたんでしょう。ジョブ放棄でスキルは消滅しますが、継承しておけばあなたが使えるから、いざというときに役立つ。割り切り方が、彼らしいといえば、とても彼らしい」

 タナカは心なしか寂しげに言った。


 それを聞いたエミリアは思いつめたような顔になり、

「勝手に決めることじゃないわ。アタシに相談もなく……。魔王と話す方法はもうないんですか?」


「生命維持に必要な魔力は、きっとロックがかかって他のことに使えないようにしてあります。さっきの浮遊レビテーションなんかを使いすぎたせいで命が危うくなったら元も子もありませんから。余剰魔力がどのくらいあったかによりますが――きっとわずかでしょう。あなたがちゃんと魔術を基礎から学び、自分の力で魔力を練ることができるようになれば、話すくらいはできるようになりますよ」


「……わかりました。そうします」

 決心したように口を結んでいた。


***


 到着したのは、閉鎖された鉱山だった。


「おう、遅かったな!」

 コータローは先に到着していた。

 というか、さっきまで付近の木の根元で気絶していたのを、みんな見ていた。

 村から投げられて、直通でここまで飛んできたということだろう。さすがである。

「あれ? エミリアちゃん飛んでる!? お尻だけじゃなくてマジで天使になった?」


「……女の子には秘密があるものなのよ」

 エミリアは説明が面倒になったようだ。

「タナカさん、ここ、落盤事故が多発して閉鎖された鉱山じゃない。こんなところに入るんですか?」


「ええ、ここがベストだと私は考えています。魔王のジョブが空位となったことで、クリア判定の裁定のためのアラートが鳴ってしまい、連中が気づきます。デバイスのシミュレーションとは、まるで異なる歴史が綴られ続けていることに」


「? タナさん、何を言ってるんだ?」


「……かみ砕いて話す時間がもうないので、勇者殿にしか通じない言葉を使っていることを許してほしい。私はここを、『魔王が敗れて平和になった世界』にしたくない。私が20年かけて目指したものを、あんな強行策をとるような連中に任せられるわけがないのです。勇者殿――コータロー殿、足止め、お願いできますか?」


 コータローは話の途中からまじめな顔で、空を見上げていた。

「ああ、タナカさんとはおっぱいトークで盛り上がった仲だ。次、一緒に泊まることがあったら、古今東西お尻の呼び方で勝負しよう。オレは女の子を愛しているが、男の友情だって大切にする」

 そして上空を指さし、


「――だからオレは、あの女神が顔見知りでも、タナカさんのほうを信頼するよ」


 そこには、一柱ひとはしらの女神がいた。

 初めての下界で不安そうにきょろきょろする、幸運の女神テュケが浮かんでいた。 

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