第7話 ラッキー天使

「……ッ! なんつースピードだよ……」


 デミリアを追いかけて門にたどり着いたコータローとエミリアは、完全にバテていた。

 両ひざに手をついて肩で息をし、呼吸を整える。

 それでも治まらず、とうとうコータローは地面に大の字になった。


「あ、あのね……デミ……違……ッ」

 エミリアも呼吸のせいで、言いたいことが言えていない。


 デミリアの昔話に出てきたタナという剣士が、そんなに若いわけがない。

 人違いだからちょっと待ちなさい、とエミリアは言いたかった。


 そんなうちにも、先に到着したデミリアは、


 黒い鎧の男に勢いのまま突撃、


 ……していなかった。


「お嬢ちゃん、いったいどうした? トイレか? 漏らしそうか?」

 門番代わりのおっさんが心配して声をかけている。


 そう、デミリアは――


 顔を真っ赤にして、超絶モジモジしていた。


 超絶、である。


 前かがみになり、両腕で胸を挟んで、モジモジモジモジ……。

 デミリアの巨大すぎる胸のせいでそれは大変な光景だった。


「お前、何やってんだよ!? 古いアイドルの悩殺ポーズか?」

 思わず、地面からコータローがツッコミを入れる。


「い、いやあの、あのだな!」

 モジモジ。

「ええい、おっぱいはもうわかったから、話を進めろ」

 コータローに言われるとはよっぽどである。


「タナさんが、タナさんが……タナさんが若くてカッコイイんだ!!」


 カッコイイんだー

  カッコイイんだー

   カッコイイんだー


 その声は森の中に大きくこだました。


「いやそれ、別人ってことだからな」

 とても冷めた声で、コータローは一応言ってみた。

 エミリアも横で、うんうん、うんうん、と金髪ツインテを激しく跳ねさせて頷いている。


 だがやはり、デミリアにそんな言葉は通用しないらしく、

「いや~本当に焦ったよ。年齢差的にどうしても父親ポジションだったタナさんが、こうやってわたしにぴったりな年齢で再登場してくれるとはな。不運な人生だと何度も嘆いたものだったが、ここにきて大逆転満塁ホームラン。これも幸運の勇者のおかげかもしれない。ありがとうコータロー!」


「ホームランとか言うなよお前が……」

 つぶやきながら、コータローはよいしょと立ち上がる。


 そして言う。黒い鎧の男に。

「あのすみません、つかぬことをお訊きしますが、あなたタナさんではありませんよね?」


「……ええ、違いますよ」

 ゆっくりと、男が答える。


「あ〜♪ タナさんの若い声ヤング・ヴォイスも素敵だ。なんだこれ、なんか、じゅんって……」

「あのね、デミリアさん? 違うっておっしゃってますけど? ……ちなみにお名前は?」

 続けて訊く。


「名前ですか……。タナ……タナカ、タナカと申します」

 ゆっくりと、絞り出すように答えた。男は自分で言って、ちょっと首を傾げている。これはないかな的に。


 まさかのタナカ。


「えっ、タナカさん? じゃあわたし、タナさんって呼んでもいいですよね?」

「もうあんたムチャクチャだなー!」


 目がハートになっているデミリアに、コータローは己の無力を痛感するのだった。


***


 収拾がつかないので、エミリアの実家へと移動した。

 タナカも一緒だ。

 頑固そうに見えて、案外ほいほいついてきてくれた。


 実家に着いたときには、魔王への生贄として差し出したはずの娘が無傷で戻ってきたことで当然のようにちょっとした騒ぎとなったのだが、


「ちゃんと一回死んできたから大丈夫。今はそれどころじゃないからちょっと席外してくれる?」


 という無茶なひと言でなんとかなった。


 そして今――


 コータローとエミリア、


 タナカとデミリア、


 というペアで向かい合って椅子に座っている。


 ハーレム崩壊の危機に瀕した勇者コータローが、涙ながらに耳打ちする。

「今オレ、精神的にかなりつらいので、どうか、エミリアちゃんのお尻を触らせていただけないでしょうか?」


「はい? 殴るわよ?」


「マジで、マジでマジでつらいんです〜。土下座いくらでもしますから、お願いします。天使のお尻エンジェル・ヒップ〜」


「やめてよ……。アタシの中に魔王のおっさんいるけど、それでもいいわけ?」


「ありがとうございます〜」


「ちょお……もうっ……」


 実家でイチャつく馬鹿どもの前で、デミリアはまだハートの目のままタナカを見つめている。

 このままではどうしようもないという雰囲気を察したのか、タナカが不本意そうに、


「お話とは、どういったことでしょうか」


 と切り出した。


「あ、すみませんお客様のほうから」

 尻を触られてはいるが、パーティ内では一番まともなエミリアが答える。


「アタシたちの仲間のデミリアのことです。そこで貴方に骨抜きになっている子なんですけど……失礼ですが、本当に初対面ですよね?」


「……はい」


 タナカの返答を聞いて、エミリアはじっとタナカの目を見た。タナカは外見こそ二十歳くらいの若者に見えるが、その目はとても暗く、まるで数多くの死を見てきたような、そんな悲しい暗さを宿していた。

 数秒経って、エミリアはうなずき、


「わかりました。……この『わかりました』は、わからないけどわかった、という意味です。貴方はもっとちゃんと嘘をつけるはずなのに、ついていない。本当の貴方のことは何もわからないままですけど、その葛藤の裏にあるのがデミリアへの害意ではないということだけは、わかりました」


「……はい」


 タナカは、驚いた、という表情をした。

 これは嘘ではなく、実際に驚いたのだろう。

 エミリアがここまで聡明とは知らなかったようだ。

 尻を触られながらしゃべる女性の知性のハードルが恐ろしく低かったという理由も、まあ当然あるのだけど。


 コータローがまじめな顔で言う。

「して、この村へは、何をしに?」


「世界を救うため。つまり――」


「勇者様の御一行に、加えていただくためです」


 ハーレム崩壊が確定した勇者は、エミリアの天使の尻エンジェル・ヒップに手を伸ばしたまま、ゴンっとテーブルに突っ伏した。

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