魔王瞬殺‼ 〜オーバーLUCKで魔王座標に転生して内部から瞬殺したオレは、ハーレムパーティで性愛の神となる〜

かえる

第1話 ラッキー転生

 ふたりの人間が、1枚ずつ銀貨を拾った。


 ひとりは「ラッキー♪」と大喜びし、

 ひとりは「金貨じゃない」と落胆した。


 幸運の女神は、幸運について悩むようになった。

 ふたりのLUCKは同じ数値だったのだから。


***


「ほんっとに、わたしは、ツイてない!」


 露出度が高いのに防御力も高い特注の全身鎧に身を包んだダークエルフが、愚痴りながら〝生贄〟を運んでいた。


 生贄――

 ダークエルフが頭上に掲げた大きな銀の盆の上で、その少女は今は気を失っている。

 ずいぶんと毒づいて暴れたものだったが、気絶をすればただの生贄。


「村から献上されたのが、こんな馬鹿女はねっかえりだとはな……。少々手こずってしまったが、早いところ魔王様のところに運ばなければ、儀式の時間になってしまう」


 愚痴りながら急ぐ彼女の名は、デミリア。

 豊かな胸を上下に揺らしながら走るその姿は人間族の女性にかぎりなく近い。だが、褐色のその肩に浮かぶ紋様は魔王直属の部下の印。


 彼女は、四天王の一角を担っていた。


 本人に言わせれば、それもまた不運の果ての不本意なことなのだが、魔物ではない彼女が四天王に名を連ねることをよく思わない者は魔王軍にも多かった。


「うう……」

 生贄がもぞりと動いた。


「おいおい、もう気づいたのか!? ちゃんと首のところをトンってしたのに! ほんとにわたしは――」


「うるっさいわねー!!」

 盆の上から怒鳴り声が響いた。


「あんたツイてないツイてないって、何なのよ! 生贄にされようとしているのはアタシのほうでしょう? 首をトンって、あんたのは力任せに殴りつけただけじゃないの。超痛くてずっと星が飛んでたわ! どう見たってここで薄幸の美少女ぶっていいのはアタシ、このエミリアちゃんのほうなの!」


「くっ、揺らすな。運びづらい。転んだらお前だって困るだろう」


 また始まってしまった。

 生贄のこの少女――エミリアとはまるで話が合わない。


 どっちの不運レベルが上なのか、言い争いになってしまう。

 デミリアはこの少女が苦手だった。


「お前のような小娘に何がわかる。わたしの人生がどれほど不運の連続だったか、朝からずっと聞かせてやったではないか」


「そ・れ・を! 延々聞かされるアタシの不運を考えなさいよ! アタシは生贄として差し出された少女なんだから、もっと恐怖を与えられて、これから死んでしまう自分の運命に深く深く悲しむのが普通じゃないの。差し出された生首には涙の筋が残ってるものなの。何が悲しくて、あんたなんかのどーでもいい生い立ちを聞かされて、それは不運でしたね~なんて慰めなきゃいけないわけ!?」


「な、生首にはならんぞ。儀式に必要なのは生娘の聖なるエネルギーだけだ。毒を薄めて薬を作るように、未成熟な者の聖なるエネルギーを取り込んだ魔王様は、聖属性への耐性を得ることができる」


「……それってアタシ死なないの?」


「いや、シワシワの搾りカスになるから結局死ぬ」


 激しく騒ぎだした生贄を落とさぬよう気をつけながら、デミリアは通路を急ぐ。

 この先の儀式の間で、魔王様が生贄を待ち望んでいる。

 儀式に最適な星の位置となるまえに、何としてもお届けする必要がある。

 あとすこし。


「搾りカスはイヤぁ~!!」


 盆の上はあいかわらずうるさいが、逃げても仕方がないことは理解しているのだろう。騒ぐ以外の行動をとるような愚かなことはしてこない。

 エミリアという娘。

 やかましいが愚かではない。

 わたしが魔王軍でさえなければ、こんな出会いでさえなければ、もうすこしくらいは仲良くなれたかもしれない。そう思った。


「……ほんとにわたしは、ツイてないな」


 この通路を抜ければ――


「あっ!?」


 通路と儀式の間の境目に、段差があった。


「ヤバっ」


 つま先が引っかかった。

 なんとか踏みとどまろうと頑張るが――


「あうっ」


 無理だった。

 コケた。


「あ、あ、あ~!!」


 銀の盆が床に落ち、そのままスーッと前方へ滑ってゆく。

 盆が滑りゆくその先、


 そこには魔王がいた。


 巨大で、見る者を圧倒する黒いオーラをまとった存在。

 この世界に現存する、数少ない魔族の末裔。

 モンスターとも人間とも異なる美しき悪魔。


 儀式のために天窓の開いた広間の中央で、魔王は空を見ていた。 


 禍々しい杖を手に、天を仰ぎ見て星の位置を確認している。

 その横顔は険しく、羊のように大きな角の陰に光る瞳は、何事か思案しているようだった。


「ま、魔王様! 申し訳ありません、お足元に!」


「……デミリアか」


 巨大な魔王が身体ごと振り返った。

 建物ごと揺れるほどの存在感。



 ぷちっ。



「ん? 何か踏んだか?」


「あああああ! エミリア!!」


 象が蟻を踏み潰すくらいの感覚で、盆ごとエミリアが踏み潰された。

 ひとたまりもない。

 これでは、生首も搾りカスも残らない。

 魔王の足の下から鮮血が広がった。


「ま、魔王様! 今その、生贄が……」


 言いながらデミリアは思った。

 朝からうるさかった人間の小娘が、一瞬でその生を終えた……それは不運だろうか?

 いや、苦しみも恐怖もなかったのであれば、不運ではなかったかもしれない。


「ああ、踏んでしまったか。星の位置を見て、何やら悪い予感がしていたのだが……。まあ、このくらいのことであれば大過ない。聖なるエネルギーはまだこの部屋に在る」


 始めるとするか――

 そう言って、魔王は両手を横に広げ、宙に浮かび上がる。


「おお……」


 デミリアは嘆息した。

 天窓から差す星の光に照らされた魔王の姿は、禍々しくも美しい。

 世界を恐怖させている最悪で最強の存在が、そこにあった。


 エミリアだった血の海から、聖なるエネルギーが白い靄のように浮かび上がる。

 その靄は魔王の全身に吸い込まれていく。


 エミリアの命は消えてしまったが、このお方の糧になるのなら、不運ではないと言える。

 人間ごときの死に多少なりとも感傷を覚えてしまった自分に違和感を覚えながらも、デミリアは心の中でそう思うことにした。


「ぐ、ぐぐぐ……」


 宙に浮かんだ魔王から苦しみのようなうめき声が響いた。

 聖なるエネルギーを取り込む儀式は、苦しみも伴うものであるらしい。たしかに、みずからと相反する属性のエネルギーが体内に入るのだから、拒絶反応がないわけがない。

 それに打ち勝つことができる魔王であるからこそ、そして星の位置が魔王の闇のエネルギーを最大まで高めてくれている今だからこそ、行うことができる儀式である。


「ぐがっ、ぐ、これ……は…?」


「魔王様!?」


 魔王が不穏な言葉を発し、デミリアにも緊張が走る。

 両手を横に開き、十字架のような体勢となっている魔王の手から、杖が落ちた。


「ふ、ふざけるな。こんな……こんな……!」


「魔王様ーーーー!!!!!」


 デミリアが叫ぶが早いか、魔王の全身がひび割れ、そのひびから無数の光がほとばしる。


 魔王の身体はそのまま粉々に弾け飛んだ。


「ま、魔王……様……?」


 魔王様が聖なるエネルギーに負けてしまった?

 デミリアは腰を抜かし、その場に崩れ落ちる。


「ば、馬鹿な……。本当に魔王様の魔力が消えている。あれほど強大な魔力だったんだ、わたしですらそれはわかる。し、死んだ!? こんなことであの魔王様が死んでしまわれたというのか?」


 この異変に他の四天王もすぐに集まってくるはずだ、とデミリアは思った。

 聖なるエネルギーに耐性のない魔物が立ち会うのは危険ということで、この広間には耐性をある程度持っているダークエルフのデミリアしか呼ばれなかった。


「連中がこの部屋に来たら……や、やばい! わたしが魔王様に何かしたと思われるかもしれない」


 腰を抜かしたまま、デミリアは辺りを見回した。

 何か、証拠となるようなものを連中に示せなければ、自分が犯人にされてしまう。

 何か……何か……。


 証拠を求めて、這いつくばったままエミリアの血だまりに入る。

 魔王が弾け飛んだ、その位置を見上げた。


「あ、あれは?」


 空中に、光が集まっている。

 魔王の身体に集まっていたと思っていたその光は、魔王がかき消えてもなお、その空中に留まっていた。


「聖なるエネルギー? いや違う、あれは……人?」


 光の中に人の姿が見えて、


 次第に大きく、


 大きく、


「落ちてきてる!?」



 ぼよんっ。



 デミリアの胸に飛び込んできた。

 そのまま揉み揉み……。


「お、おい!」

「すげー、すげー巨乳! あんたがオレの幸運の器ラッキー・ラックってわけか。たまたま落ちてきたところにこんなクッションがあるなんて、ほんっとオレってツイてるよな~。まあわかってたことだけど」


 落ちてきたそれは、人間の男だった。

 デミリアは自分の胸に顔をうずめている男を見て、腰が抜けたまま問い返す。


「……わかっていただと?」

「ああ! オレがして、そして美人のお姉さんと運命的な出会いをするっていうのはわかっていたことなんだ。だって俺は――」


「最高に幸運ラッキーな勇者だからな♪」


 デミリアの双丘に顔の下半分をうずめたまま、キメ顔をする謎の男。いい笑顔の変態だ。

 勇者と名乗ったその男を見ながら、


「ほんとにわたしは、ツイてない……」


 デミリアは、大きく大きくため息をついた。

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