第2話 ラッキー復活

 魔王と同座標に転生して瞬殺した、最高に幸運ラッキーな勇者。

 その男は、デミリアの胸に名残惜しそうに顔を埋め、弾力を確かめるようにして立ち上がった。


幸運ラッキー、ごちそうさまでした」


「はあ? なんだそれは?」

 とりえあず殴る。二発、三発。いやもう一発だ。


「待て、待て待て! 違うんだ」

「何が違う?」

 ぎろりとにらむデミリアに、へらりとした顔で勇者は答える。


「これは転生前から考えていた、オレの決め台詞なんだよ。ほらオレって幸運の勇者だろう? だから、ラッキーなことが起こって敵を倒したときに、こうやって決め台詞を言うって――」

「あきらかにわたしの胸に言ってただろうが!」

 五発、六発。いやもう連打だ、連打。


「おごご……」

 ぼろぼろになった勇者が土下座をする。

「悪い、悪かった! 胸を舐めたのは本当にごめんなさい!」


「舐め……ッ」

 胸を見下ろすと、唾液がべろりとついていた。

「うわ、くさい! ヨダレくさいぞ!!」

 このゴミ野郎はとにかく蹴るしかないとデミリアは思った。思ったときにはもうひたすらに蹴りつけていた。


***


「――オレの名前は、コータロー。幸い太郎と書いて、コータローだ」


 ぼろ雑巾、いや、勇者コータローはデミリアに名乗った。

 本気で蹴る殴るしたのに、致命傷は負っていないようだった。持ち前の幸運とやらで、うまいこと急所をかわしているのかもしれない。戦場ではないのでデミリアが帯刀していないというのも、幸運だったと言えるだろう。


 というか、こいつはなぜわたしに警戒しない?

 デミリアは不思議に感じていた。


 狙った座標に転生する。

 そのこと自体は、不可能なことではない。

 勇者が転生する位置というのは担当する女神のほうである程度は決めることができるのだ。しかし、それはあくまでも女神の加護が及んでいる範囲に限られたことで、魔王城などという最も加護から遠い場所には、それこそ聖なるエネルギーが充満していたりしないかぎりは……


「あっ、してたわ」

「ん? どうした?」


 そうだ、あの瞬間はばっちり充満していた。

 聖なるエネルギーが。


「そうか、エミリアの……」


 エミリアの、彼女の踏み潰された血だまりから溢れ出た聖なるエネルギーを利用して、魔王は儀式を執り行っている最中だった。

 そうなると、この勇者は……いや狙ったのは女神か? とにかくこいつらは、聖なるエネルギーが儀式に使われることを、生贄が魔王に捧げられることを知っていたことになる。


「エミリアを、利用した……?」


 短い付き合いではあったが、エミリアに対して感情移入をしないわけではなかった。デミリアはなぜか最初から彼女に対して妙に近しい気分を抱いてしまい、それもあって、みずからの身の上話を延々聞かせるような真似をしてしまったところがある。

 不運レベルを競うなんて、不毛な言い合いばかりだったけど。

 そんなことをしようと思ったことすら、これまでは一度もなかったのだ。


 暗い顔で睨みつけるデミリアに、コータローは、


「あっ、エミリア! そうエミリアちゃん。女神の話だとシワシワにしぼんでるってことだったけど、すんごいしてるじゃん。回復薬持ってきたんだけどさ。もしかして、エネルギー吸われるまえはもっともっと爆乳だったとか?」


「は?」

 ぼこっ。


「ちょっ、もう口と同時に手が出てるよね? 俺の運命のエミリアちゃんってずいぶん乱暴な村娘だなあ」


「わたしは魔王軍が四天王のひとり、魔運のデミリア将軍だ」


 コータローは、「ん?」と首を傾げる。

「エミリアちゃん、いつの間に将軍になったの? スピード出世すぎない?」


「エミリアは、そこの……」


 デミリアが指で示した血だまりを、コータローはまじめな顔で見つめた。

 サーっと顔が青くなる。

 状況を理解したらしい。

 女神と勇者が想定していたのは、エミリアと魔王のみが儀式を執り行っているという状況だったのだろう。聖なるエネルギーが充満したタイミングで転生して魔王を倒せば、そこにはエネルギーの抜かれたエミリアのみが残っているはずだった。衰弱しきっている彼女を回復させて離脱する。これが本来の作戦だったことになる。

 しかし、実際はデミリアが立ち会っていた。

 そのうえ、デミリアが足を引っかけたせいでエミリアは魔王に踏み潰されてぺしゃんこになってしまった。


 いかに幸運の女神といえど、デミリアの度を越えた不運までは想定できなかったらしい。


「ふふふ……」


 自虐にも似た笑いが、デミリアにこみ上げる。

 幸運の女神と勇者に勝つほどの不運。先ほど名乗った二つ名、「魔運のデミリア」の名に恥じることのない活躍と言っていいだろう。

 戦場では必ず狙った敵の〝隣のやつ〟を葬ってきた、この魔運。もう他の四天王からドジっ子なんて呼ばせはしない。魔王軍最大のピンチを回避するのは、この魔運のデミリアなのだ。



「おい! ドジっ子! これはいったいどういうことだ!?」


「!?」

 デミリアとコータローが、弾かれたように通路を見る。


 そこには、燃える瞳の色をした、全身真っ赤な竜人が立っていた。

 その身体は怒りのような赤いオーラに包まれている。


「グレンゴン……」

 デミリアが名をつぶやく。

 レッドドラゴン族のゆうであり四天王がひとり、熱殺のグレンゴン将軍。


「魔王様の魔力が霧散したから、慌てて駆けつけてみれば……。デミリア貴様、これはドジっ子程度の話で済むような失態ではないぞ? そもそもそいつは誰だ? 人間の匂いがする。まさか……」


「いやいやいや、裏切ってなどいない。誤解しないでくれ! 魔王様は女神と勇者の姑息な策略によって倒されてしまったのだ。わたしは四天王が集まるまでの時間稼ぎをしていたにすぎない。ほら、この男を見ろ、ボコボコだろう? わたしがやってやったんだぞ」


 言って、こぶしを向けると、コータローは「ひっ」と身をすくませる。

 たしかにデミリアが殴ったらしい、とグレンゴンは思った。

 だが同時に、ふたりの間に妙に気慣れた空気を感じ取った。

 まるで、胸のひとつでも揉まれたような……。(竜人の勘はするどいのだ)


「……まあ、細かいことは後で聞こう。デミリアの時間稼ぎのおかげで、魔王様のほうも、そろそろ復活できるほど魔力が集まってきていらっしゃる」


「復活だと?」

 コータローが言って、広間の中央を見る。


 弾け飛んだ魔王の細胞のひとつひとつが、竜巻のように渦巻き、集まり、ひとつになろうとしていた。


「おお、さすがは魔王様。よかった」

「デミリア貴様、あんなことごときで魔王様がおたおれになるなどと考えていたのか? 甘い甘い! この世界が束になっても敵わない生命力、それが魔族なのだ。たとえ破片ひとつ、塵ひとつになろうと、魔王様は復活できる。それこそ――」


「他の生物の遺伝子と、混じり合ったりしていないかぎりはな」


 かっかっか、というグレンゴンの高笑いを聞きながら、デミリアは「はて?」と考えた。

 他の生物の遺伝子。

 生き物の破片。

 なんか、えっと、あった……ような……。


 血煙の竜巻が大きく渦を巻き、


 そして、


 ついに蘇った。


「あ~……そうなるか~……」


 魔王の細胞と融合し、広間の天井に届かんほどの巨体となったエミリアが、そこに復活を果たした。

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