エンディング 月下のカーテンコール
かくして、一九九九年に復活した魔王信長は、魔城――ジャスコ城と共に消滅。
近江八幡市から魔は消え去り、何日か経った後、安全が確認されると市民も元の生活が送れるようになった。
彼らは知らない。
ジャスコに安土城の天主が生え、ジャスコ城と化していたことを。
そこに魔王信長が、ジャスコ姫やジャスコ武将と共に、ジャスコ術を編み出し割拠していたことを。
そして、ジャスコ城に挑み、勝利した者たちがいることを。
苦しい時を共に歩んだ現代の聖戦士たち――
彼らには十児からの願いで、信長討伐記念祝勝会へと招待されることとなった。
その舞台とは、近江八幡市からそう遠くはない琵琶湖沿岸。太陽の輝きを反射し煌めく湖を前にして、彼らは集結していた。
「はいはい、肉が焼けましたヨ、皆サン」
「おおきに、ハマ。ほな、ワシが豪快に食べたるで。血を流し過ぎて足りんからな」
「アレキサンドリア、あなたは、食べれるの?」
《▼もちろんです、アンナ。本機は育ち盛りなので。食べ物を口にすることでプシュケー粒子が補充されるよう、設計されているのです。確か、たぶん。うん。とにかく、いただきます》
「こうして誰かと一緒に食事をするのも、僕はずいぶんと久しぶりな気がする。これが勝利の味なんだろうな」
「うむ、香ばしく旨味のある近江牛。この地で食べればより美味となるわけだ」
十児たちと共に戦った退魔師たちはそれぞれ、串に刺さった肉や野菜を味わっている。
そう、祝賀会と言っても、バーベキュー大会である。
「皆、満足そうで何よりだ」
「だねー。はあ、皆の顔を見ていると、ジャスコ城でのいろんなことが頭の中に浮かんで来るって感じ」
明智十児の隣に立つのは、もちろん風魔ルゥナ。ジャスコ城でも披露した水着姿となり、肉を頬張っている。そして、食べ終わった串を十児にぽんっと手渡すと、
「それじゃいっちょ一泳ぎして来るね、ばいば~い!」
そのままきゃぴきゃぴと駆け出し始めた。琵琶湖のエメラルドの水の中へ飛び込むと、美しい王冠のような飛沫を上げ、華麗に優雅に琵琶湖を泳いでいくルゥナ。生まれた場所こそ違えど、湖で泳げることを満喫しているようだ。
その姿を見て十児はふっと頬をほころばせた。
息を小さく吐くと、十児はバーベキューを楽しんでいる退魔師たちに語りかける。
「皆、改めて礼を言う。『天地』のエージェントとしてでもなく、明智家の子孫としてでもなく、明智十児という小さな男として。本当に、ありがとう。皆がいなければ、俺は確実にどこかで力尽き、魔王に世界を明け渡していたことだろう」
「水臭いですヨ、十児サン。朕たちは、出会うべくして出会った。これもまた、時の縁によるもの……」
「せやな。もしもなんてのも意味がないんや。ワシらは魔王に勝った。その事実だけを噛み締めたらええ」
「強者と戦えて、吾輩は満足だったぞ、十児よ。何よりも、お主たちと出会えたことが収穫だったと言わざるを得ない」
「僕も魔界の謎が解けたからね。ジャスコ城での経験は、今後も役立つことだろう」
「……アンも、強くなれた。ドンナはもういないけれど、その魂はアンが受け継ぎ、二倍がんばる」
《▼本機もネメシスを失いましたが、自由を得ました。これからは、気ままに生きたいと思います。ルゥナを参考にして》
仲間たちが次々と笑みを送り、十児の胸は温かくなってくる。
十児は小さく頷くと、
「俺はあのジャスコ城での一日を忘れない。子孫にも必ず語り継いでみせる。勇敢に立ち向かった聖戦士がいたということも。皆、本当にありがとう。では、今一度、信長討伐を祝して――」
退魔師たちは飲み物がなみなみと湛えられた紙コップを手に持ち――
「乾杯!」
祝杯をあげるのだった。
魔王に立ち向かいし聖戦士たち――
【仙術使い】ハマ
彼女は祝賀会の後、風のように去っていった。十児は彼女の消息を探ろうと「天地」の諜報部を動員したが、その行方を掴むことは結局できなかった。ただ、中国の山地には彼女に似た仙女が現れ、時折人里に現れては異国の魔王の話をしたと、伝承に残ることとなる。
【聖騎士】フィール・トリニティ
母国フランスに戻った彼はジェヴォーダンの討伐を再開する。しかし、ジャスコ姫が物質界から消滅した影響なのか、ジェヴォーダンの出現頻度は大幅に減り、暇を持て余すこととなる。エーテルの剣技を後輩に伝え、聖剣の後継者を探すことが新たな楽しみとなっているようだ。
【狂犬】松田重左衛門
近江八幡市にて六道会の活動を再開させることに成功。ジャスコ城で命を落とした原口の分まで六道会に尽力した。他の組との抗争には負け知らずであり、瀕死にまで追い込まれた者の中には、松田の背後に飄々とした老人の姿を見たという証言が絶えなかったという。極道でありながら特有の美学を受け継ぎ、何年か後に六道会代表の座を継いだようだ。
【メラネシアの音響術師】アンナ・ビー。
戦いの後、故郷に戻り退魔師としての傭兵業を再開、各地の悪霊や怪物退治に勤しむ。一人でありながら二人分の働きを見せる彼女の姿は多くの人々の希望となり、兄ドンナの姿を重ねる者までいたという。彼女は時折、奇妙な姿と言動の少女と共にいる所を目撃されている。その少女との関係を問われると、アンナは複雑な表情を浮かべるものの、結局答えなかったという。
【東北のレスラー】ベアタンク。
魔城で強者と戦い、満足した彼は再び東北の地に戻り、一人のレスラーとして巡業を始める。闘気を武器に戦う野性味溢れる姿には老若男女問わずファンが生まれ、虜にしたという。その後、タレントとして数々のバラエティ番組にも出演。その名は日本中に知られることとなる。
【ゴーレム】アレキサンドリア。
戦いの後、生みの親であるネメシスの研究所を破壊。世界を旅しては慈善活動を行う、ヒーローのような存在になったという。また、ジャスコ城で失った右腕の代わりに、竹製の義手を装備している姿が確認されている。音響術師アンナとは因縁があったようだが、結局のところ破壊されずに余生を楽しんでいるようだ。なお、モアイの外装は「天地」が回収し、渋谷ではなく六本木に設置されたという。
月が小判のように輝く夜。夏だがそれほど蒸し暑くもない時分。
祝勝会もお開きとなり、他の者たちも去った後、明智十児はベンチに座り、静かに琵琶湖の湖面を眺めていた。
そこにはまだまだ優雅に踊り、歌まで歌う人魚――いや、芦ノ湖の精霊の姿があった。
「ふう、本当に気持ちよくてチョベリグチョベリグ~!」
体中に水滴を纏ったまま、風魔ルゥナは水着姿を相棒に晒し続ける。
「…………」
「な、何、十児。あたしの髪に、何か付いている? 蟹とか、タニシとか?」
「いや、なんでもない。ただ、お前が楽しそうで嬉しいだけだ」
そう告げられると、ルゥナは頬を赤くしギャルの仮面を剥がしてしまう。
「わ、わたしだって……十児様が健在で、本当に、嬉しいんですから……。やっと、やっと……十兵衛様との約束を果たせたんですから……」
きゃぴきゃぴとした姿はどこへやら。ルゥナは口をアヒルのようにすると、もじもじと十児から視線を逸らしてしまう。
「ルゥナ……。お前には、助けられてばかりだったな。特に、信長との最終決戦での――」
「あっ……あの、それは……ちょっと恥ずかしいので、そっと心の金庫に仕舞っておいてください。わたしだって必死だったんですからっ」
ぷいっと唇を尖らせて、ルゥナは十児の隣に座る。
マシンガントークが特徴的だったルゥナの面影は完全に消えてしまい、二人の間に沈黙の時間が流れた。
再び会話が生まれたのは、ルゥナが十児の横顔を見つめ、素朴な疑問を漏らした時だった。
「十児様。信長は……また百年後に復活すると思いますか? だとしたら、またわたしは戦わねばなりません」
信長の脅威は寄せては返すさざ波のようなもの。百年後を想像し、憂いの瞳を見せるルゥナだったが、
「聖刀を通じて、光秀公の声が聞こえた。人々の負の想念が最大に集まるこの一九九九年においても俺たちに敗れたんだ。もうその魂も執念も光に屈し、消滅しただろうと。元凶となった濃姫もお前たちが斃したしな」
十児がふっと微笑むと、ルゥナは安堵の息を吐く。
「なら、安心です。そういえば、世間では一九九九年に恐怖の大王が降臨するって予言もあったみたいですよ。あれも負の想念を増やす原因だったみたいですが、信長がそうならなくて、本当によかったです」
桃の花が咲いたような笑みを浮かべるルゥナ。十児は大きく息を吐き出した。今までの重荷を全て地面の上に置いたような解放感と共に。
「ふふ、十児様もさすがにお疲れですか。それとも、信長を斃したことで生き甲斐を失いましたか? わたしはありますよ。この守った人間の世界で、もっと遊ぶという野望が」
「いや、生きる理由は当然ある。信長の脅威は消えたが、濃姫のように魔界の住人が紛れてくる可能性もなくはない。その時に備えて、俺たちはまだ強くならなければならない」
結局のところ、明智家の役目は変わらない。聖人の祝福を得た退魔の一族として、これからも戦い続けることになるのだ。
「十児様、結局ジャスコ姫って呼ばないんですね……」
そう指摘され、十児は小さく笑窪を作った。
「信長は俺たちが結束して斃したことで、退魔師界のパワーバランスも保たれそうだ。懸賞金の話もうやむやになったそうだしな」
「徐蛮さんの遺灰を山に還す時に、その話を伝えましょうね」
それからも十児とルゥナは会話を弾ませた。邪魔者が誰もいない、二人だけの時間が流れていく。ルゥナは十児に肩を寄せながら、桜色の唇を潤わせた。
「そういえば、ジャスコ近江八幡店……そう遠くない時期に改装し、映画館ができるそうですよ」
「……そうなのか。街の人たちには嬉しいだろうな」
悪戯っぽく微笑みながらルゥナは呟く。
「映画の力を持ったジャスコ武将がいたら、どんな感じだったんでしょうね」
「さてな、想像を絶する力で俺たちを楽しませてくれただろう」
「また今度、わたしたちでジャスコに行きませんか?」
「ああ、いいだろう。俺たちが戦い、守り抜いたジャスコ。本来の姿を、見てみたいと思う」
「ふふっ。楽しみです」
ときめきを胸に宿しながらルゥナは満面の笑みを浮かべた。
「ルゥナ……」
「何ですか、十児様」
「これからもよろしく頼む」
いつも傍で戦い、励まし、見守ってくれた少女に、十児は誰にも見せたことのない黄金のような笑顔を向ける。
「はい」
少女も柔らかな光を宿した笑顔で、そう答えるのだった。
繚乱たる星空の光は、まるで舞台を終えた役者を讃える拍手のように煌めき続けた。
戦乱の世からの巡り合わせ――時の果てに出会った男女二人。変えられない運命を背負った彼らは激動の時代を生き抜き、未来へと駆け抜ける。その先に待つのは光溢れる世界だと信じて。
月灯りはいつまでも二人を優しく包み込み、その行く道を照らし続けていた。
ジャスコ城ノブナガ おわり
ジャスコ城ノブナガ アルキメイトツカサ @misakishizuno
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