554完 邂逅 -encounter-




 エルザルドが次の話を引き継ぐ。


『日本人の末裔でありながら、エルフ族の外見は元となった日本人らしくないどころか、人種としてバラバラであるのも理由がある。ハーク殿は白人系3に対して日系1のクォーターといった感じが表に出ており、ヴィラデル殿は旧南米系の、人種の坩堝といった交ざりようの様相を呈しておる。これは人類以外の要素に極力頼らずに少しでも耐性を引き上げるべく、素体となった遺伝子と共に世界中の人種の遺伝子を組み入れ、交ぜ込んだ結果のようだな』


 血統書付きの純粋種よりもミックスされた雑種の方が病気に強く、寿命も長くなることが多いという。

 これと同じことが人間の場合でも起こる。遺伝子が多くのウイルスや厳しい気候に曝された経験を持つために、強靭な身体を構成し易いのだ。

 生物面において、ひいては人間として正しい進化の道ではなかろうか。今のハークの先人たちは、これを目指していたのである。


 更に、この進化はエルフ族に『容姿の平均化』をもたらした。要するに美男美女が生まれやすくなる傾向が備わったのである。


 寿命も限りなくやれるだけ長くしたことによって成長速度が遅くなってしまったが、生殖能力までをも調整したのはラボの判断であった。この時点で寿命500年は確実と出ていたため、通常の人類と同様に増えていったら再度地球環境を破壊する原因となってしまう可能性があるからだ。


 しかし、この決定はラボの人間たちの仮説から導かれており、その仮説には1つの誤算が含まれていた。


『今のエルフ族を設計したラボは、先にロールアウトされた人間種、今現在のヒト族の肉体が、あまりにも急造品であるとの判断を下していたんだ。旧日本国の2都市から市民達が壁の外への進出を始めたのは、他の都市の進出開始時期に比べて30年もの開きがあったが、この30という期間だけで、先に進出していた人類は生存競争に敗北して文明を失い、既に全滅の危機に瀕していてもおかしくないと予測した』


 虎丸はまたも小首を傾げる。


『今もヒト族が現存するどころか、数として人間種の中でも他を圧倒しているッスから、その予測にはズレか誤りがあった、ということッスか?』


『結果的に言えば、間違いなくそうだな。文明こそ完全に崩壊していたものの、数自体は半分ほどまでしか減らしていなかった。ラボの先人たちは、判断こそ正しかったのだが、予測は外れた。彼らは1つ、大事な要素を見逃していたんだ。それは、他者からの助力だよ』


『誰かに助けてもらった、ってコトッスか? そりゃあ、予測が外れても無理からぬッスねぇ。あ! もしかして、先に外界に出ていた元マインナーズの、エルザルドの友人たちが作った村にでも受け入れてもらった、とかッスか!?』


 ハークが肯きつつ、ここからの説明を再度エルザルドに譲る。


『それもあった。既に世代は一巡しておったがね。ただ、当時の彼らでは数が少な過ぎた。数十万という数のヒト族を受け入れるには圧倒的にキャパシティが足りなかったのだ。住む場所を追われて文明を維持することすらできず、散り散りとなった彼らを保護することになるのは、結果的に我らであったよ』


『え? 我ら、って……ドラゴンが!?』


『再度言うが、結果的には、だ。まぁ、驚く気持ちも解る。今現在、我ら龍族は一部を除いて人間種、特にヒト族との関わり合いを完全に避けておるからな。が、前にも言った通り、我らとて最初から疎遠であった訳ではない。とはいえ、当時の我らにあまり守っていた、助けていたなどという認識は無かった。我らドラゴンが存在する場所は魔物の空白地帯になり易い。害とならぬのであれば、邪険にするまでもないということさ』


『鬱陶しい目障りだから、と見つけた傍から食い散らかしていたと想像しておったぞ』


『あながち間違っていないぞ。若い頃のアレクサンドリアなどは、その想像通りのことを地で行っていたからな。対価を要求した者もある程度はいたと聞く。しかし、種族は違えど同じ言語を話すことができる存在を、中々食すことなどはできんよ』


『ん? 同じ言語?』


『うむ。当然、日本語だ。そもそも我がダイゴから教わった言語が日本語であるし、最も最年長で成長率も高かった我が、最初の『仮想領域イマジネーション・エリア』を作成し他の龍族もこれを介して言葉を学んだからな。ダイゴたちの子孫でもある亜人種たちも当然に日本語しか使わない』


 ここでハークも追加の解説に入る。


『人間生き死にまでかかれば大抵の障害は軽く乗り越えられるものさ。逃げる過程で文字すら失ったグループもあったくらいだ。この世界全体の公用語がほぼ全て日本語に置き換わるのもそう時間はかからなかったろう。恐らく数十年、いや、もしかすると20年以内だったのかも知れないな。異世界転生を経験したとばかり思い込んでいた儂にとって、言葉がそのまま通じるということは本当に僥倖だったのだが、本来、これはどう考えても異常な事態であったんだ。前世の儂は転生についても異世界についても無知であったから、この姿に変化するまでは特に気にも留めていなかったのだが、別の世界というものが存在するのであれば、そこで使われる言語は確実に儂らのものとは別である筈なのだからな。言わば、言葉が通じるというその事実こそが、儂の記憶に残る前世の世界から続いた未来だと指し示す、重要な証拠だったんだ』


『もし、そんな世界だったら、オイラが通訳までする必要があったッスね』


『ふ、そうだな。もし、そんな世界線であったならば、な。まァ、そんな訳で、今の・・儂の先人たちの予測は外れた。大外れさ。彼らが思い描いた世界線では、エルフ達が外に出た時点でヒト族は滅亡、或いは滅亡しかけている状況で、少なくとも数は旧日本国の第2第3シティの市民と同等以下であると考えていたんだ。彼らの当初の計画では、数を減らした他シティ出身のヒト族を今の亜人種の祖先である同出身者たちと共に保護することで、徐々に取り込んでいくつもりであった。そのために遺伝子上で負けることの無いように設計もしたらしい。名前も、日本的なものから、女性に一部だけ継がせて世界基準に寄せたのも同じ理由からだったのだからな。が、思惑はものの見事に外れた訳だ。他の亜人種と合わせても、ヒト族と比べて圧倒的少数派マイノリティであることは明白。と、なれば、取り込むのはこちらではなく、逆に取り込まれる側になる。武力を行使するつもりの無い当時のエルフ達は、儂の前世の頃のような豪族政治めいたヒト族の社会に絶望して、迎合を拒否した。そして僻地に移動し、ここから独自路線を歩んでいくことになる』


『長い時間をかけ、第2シティ出身者は森林地帯と高地に。第3シティ出身者は海の中の島々と砂漠内のオアシスを起点にそれぞれの里を形成していく。前者はウッドエルフにハイランドエルフ、後者はシーエルフにデザートエルフと後年呼ばれることになるな』


『っていうコトは、ご主人は第2シティエルフの血を、ヴィラデルは第3シティエルフの血を色濃く継いでいるんッスね』


『そうだな。ただ、家系的に儂の出身家は、遥か昔にシーからウッドに移り住んだ者であるらしいがな。ズース御祖父様の曾々々祖父様くらいだ。エルフたちにとって、どこの里出身というのはそれほど重要でもないし、里同士の交易や人的交流は断続的ではあれど、そこそこ行われていたようだ』


『エルフ族が迎合拒否した外界の人間たちは、その後どうなったんッスか?』


『ん? 流れとしては歴史科の授業で習ったものと同じだよ。ヒト族は数を増やす一方で、ドラゴンの信頼を損なう行動を何度か起こし、全体的に疎遠となっていく。それに伴い、魔族が多くを従え、支配化領域を拡大していった。対抗しようにも、ライカンスロープ族はヒト族と交配を続けたことで変身能力を失って今の獣人族へと変化し、逆に血を保っていた者たちは排斥を受けてヒト族とは袂を分かち始める。力を失い、人間たちの国家は魔族に対して成す術無く徐々に押し込まれていくのだが、そこに勇者が現れ……ん?』


 ハークが下を、地球の大地の方向へと向くと同時に虎丸も顔を向ける。


『ご主人、何か近づいてくるッスね』


『うむ。そのようだな』


『速いッス。オイラと同じくらいか、それ以上じゃあないッスか?』


『どうであろうな。だが、明らかに飛び慣れて・・・・・おるぞ』


 多少なりとも緊張感を滲ませ、ハークは言い終わると同時に肉体を急速成長させる。次いでその身体を再び龍麟が包み隠し、集まったそれらが甲殻となり美しく輝く蒼い龍の鎧を構成していく。

 虎丸は変化しない。彼女にとっての戦闘態勢は、未だ獣型とも言える今の姿の方だった。


『ハーク殿、我の予想通りであるならば、近づいてくる者に危険は無いぞ』


『解ってる。だが彼も、この形態・・・・で近づいて来ているんだ。礼儀のようなものさ』


『ご主人、来たッス』


『ほう。矢張り早いな』


 そう言ったハークの眼は、既に1キロ圏内までに到達し、尚も速度を落とさずにこちらへ一直線で近づいてくる存在の姿を捉えていた。

 そして彼はハークの目前数メートルで雄々しくを広げ、急停止してみせる。


 止まり方が、空龍と呼ばれるガナハと一緒だった。ただ、空気の薄い現在の高度では、地上付近と同じように空気抵抗のみでの空中停止は不可能である。

 ハークと違い、身体の前方側にもスラスターのような噴出孔を複数形成しているに違いなかった。


 対峙するハークに来訪者。

 その姿は両者非常によく似ている。一方の翼を除けば、輪郭はほぼ同じであった。

 ただし、来訪者の方が背が高く、四肢を含めた身体の各部位が太く、大きかった。

 更に、その身体を包む龍麟と甲殻の様相も異なっている。

 ハークが、青龍をモチーフにしたような純然たる鎧に近い形のそれに比べ、来訪者のものは幾分、より生物的に視えた。特に頭部の角がハークよりも倍近く大きくて印象深い。


 何より色が違った。来訪者のものは赤と紅であり、縁が所々赤黒い。

 しかしながら、その姿はどこか虎丸にハークと同種であると思わせた。

 内包する力さえも。


『ようやくお会いできたな、赤髭卿。いや、ヴォルレウス=ウィンベルとお呼びした方がよろしいかな?』


 ハークがそう念話で伝える。


 ここに2人の超越者が邂逅していた。太陽の光を受けて、冷たい宇宙の中で暖かい輝きを放ちながら回る、青き地球の上空で。








 エルフに転生した元剣聖、レベル1から剣を極める -Hero Swordplay Breakdown- 完




※ 次回より、ジャンル変更のためHero Swordplay Showdownに続きます。https://kakuyomu.jp/works/16817330650248289616

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エルフに転生した元剣聖、レベル1から剣を極める -Hero Swordplay Breakdown- 大虎龍真 @ootora-ryouma

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