553 ジャパニーズ③




『ダイゴがまた壁の中でも無事に生活ができるようになって、しばらくは何事もなく時が過ぎた。だが、段々とダイゴにとある変化が見られるようになった。良い変化だ。既に強かったのに、増々強くなっていったのだ』


『マインナーズとしての仕事を続けていたというなら、レベルアップの恩恵ッスかね?』


『それもあるが、恐らく新しい肉体に対する習熟が伸びたのであろう。慣れてきたのだ』


『そういうことだ。すると、事情を知るマインナーズの中からダイゴと同様の処置を望む者が複数人出てきた』


『ほう』


『命のストックを捨てても、エルザルドの友のようになりたかった、と?』


『うむ。進んで自らの元の肉体まで処分する者は少なかったが、アストラル体放出遠隔固定機を介してではなく強化調整体の方が本体となってしまえば魂の保全はできないからな。他にも痛みの抑制が効かないなど、アストラル体放出遠隔固定機を間に挟まないデメリットは幾つかあった。それでも最初はマインナーズとして伸び悩む者が多く志願し、彼らの成績が上がってくると、古参や新人を問わずランキング上位者まで続くようになったようだ』


『次第に数を増やしていった訳か』


『決して主流派とまで成り代わった訳ではなかったらしいがな。この頃になると強化調整体の製作元である一部の研究機関とも、ある程度の連携が取れるようになったらしい。クーデター阻止で一時的にでも互いに協力し合えたのがキッカケの1つであったようだ。以前は一方が勝手な事ばかり言う現場と、一方が融通の利かない裏方などと罵り合っていたらしいがな。ダイゴはラボと呼んでいて、当初は頭でっかちの老人どもと陰で罵ることも多かったが、変わっていったよ』


『へえ、雨降って地固まるってヤツか』


 虎丸が覚えたての諺を使う。


『そういうことだな。その後、どのくらいの期間であるかはドラゴンであった我には正確に記憶していないが、恐らく数年であったろう。今の魔法に似た技術の発見があった後、魔物の回復因子の発見と、巨大因子の発見があり、それぞれ鬼族、巨人族の元となる新しい強化調整体が制作された。現場の声を受けて、通常形態から戦闘形態への変化が少ないのが鬼族、巨大な魔物と正面切って戦えるように、或いは大火力火器を多数携帯できるようにと造られたのが巨人族だ』


『魔物の遺伝子を使ったのか』


『いや、遺伝子ではないんだ、虎丸。因子を組み込んだだけだったんだ。しかし、これの所為でヒトとしての姿を維持する抑制措置が定着せずに、2~3世代で失われてしまったようだな』


『あ、元々は魔獣の要素を抑制する効果だったんッスもんね』


『さて、ここで一度、クーデター側とそれに陰ながら加担していたエイル=ドラード教団に焦点を変えよう。クーデターの首謀者は、『CU第3シティ』における教団随一の出資者でありながら、シティの意思決定を行う政府の一部にも浸食していたため、教団がクーデターに関わっていたという証拠こそ出なかったものの、警察機構にも危険な宗教であると認識されて、その規模は大幅に縮小されることになる。また、情報が逸早く同じ旧日本国の『CU第2シティ』にも伝えられたことで、第2シティのクーデターも未然に防がれた結果となっていた』


 ここからはハークも知っている、というより解る内容であるのか、彼が再び率先する。


『おかげで旧日本国2つのシティからエイル=ドラード教団の影響は徐々に薄れていくのだが、他のシティでは別だったようだ。この時期の記録が残っているのは旧日本国2つのシティのみで、詳細まで伝わってきてはいないが、他のシティではクーデターが起きることすらなかったらしい。どうやら、各都市の教団幹部らがクーデター勃発前に首謀者から距離を置いたことが原因のようだ。旧日本国2箇所での惨敗という結果を受けて、危険な賭けに巻き込まれることを拒否した形だろう。おまけにこの2つ以外のシティでは、教団は信者数など順調に勢力を伸ばしていたようで、危険な手段に出る必要も無かったに違いない、という事情も考えられる』


『見捨てられた様相となった首謀者らは、ここで力と自分たちのみしか信じないようになっていくようだな。残された権力と資金、人員を総動員して第2第3シティの最新型強化調整体の情報を入手する。別に研究機関も隠していなかったようだからな。彼らは自分たち専用の新たな肉体を研究、開発、製造をし、即座に魂の入れ替えを行った』


『既に奴らの元の肉体も、限界が近かったであろうからな。旧世界崩壊からであるからもう相当な年代物だ。しかし、強化調整体は武器と同じ。製造や使用は厳しく制限され、都市内でのマインナーズ以外の使用など言語道断。彼らは追放、もしくは自らの意志でシティから去ったらしい。これが、自分たちを天使などとのたまう魔族たちの始まりだ』


『奴ら魔族の肉体能力が高く、他人のものと取り換えることで生き永らえられるなんてのは、元からのコンセプトだったんッスね』


『そうだ。そのために奴らは魔獣ではなく魔物の要素を最初から取り入れたようだ。おかげで奴らは半人半魔、いいや、人間の形を残したモンスターと呼べる存在となった』


『一方その頃、旧日本国2都市でのエイル=ドラード教団はすっかり勢いを失ってしまってな。最後の悪足搔きとばかりにもう一事件を引き起こすことになる。これもダイゴとその仲間たちが結果的に防ぐのだが、その際に数人の一般人が巻き込まれて死亡してしまう。エイル=ドラード教団にとってはこれがトドメであり、後に旧日本国2都市内では消滅する直接的な原因となるが、ダイゴたちの責任を問う声も数こそ少ないがあった。これを機に、ダイゴたちもシティの外、壁の外の世界へと去ってしまう』


『ちなみにこの時、壁の外でマインナーズの強化調整体の整備を担当していたドワーフ族や犬人族の始祖たちも、彼らに同行したようだ』


『ドワーフ族や犬人族もッスか?』


 虎丸の頭の中に聖騎士クルセルヴの従者であったドネルや、フーゲイン直属の部下であり、勇敢な拳士でもあったエリオットの姿が浮かぶ。


『ああ。整備を担当する彼らは基本的にずっと壁の外で作業をしなければならないため、罪人たちの魂が使われたらしい。彼らの背丈が小さく、他の人間種に比べ体系的に戦闘に不向きであるのは、反抗された場合であっても鎮圧が容易に行えるためだったようだ』


『とはいえダイゴたちについって行った彼らは、教団に貶められたかクーデターの首謀者によって政治犯とされた者たちばかりで、全員気の良い連中であったよ』


『ほう。魔族たちと奇しくも時を同じくして、エルザルドのかつての友人たちも外界がいかいへ、か。両者は覇でも競ったのか?』


『いやいや、世界も広いからな。その頃はまだ出会うことも、接触することも無いよ。ダイゴたちは村を作り、そこで子孫を生み、育て、生涯を全うした。しかしこの時のダイゴたちの行動と結果が、後の世界的に大きな動きへと繋がってしまうのだ』


『世界的に大きな動き?』


『うむ。十数年経って、ダイゴたちの村が発見されるのだ。そこで彼らが無事に生活し続けていることが明らかにされるのだが、このことで狭い都市生活から脱出し、壁の外で生活をしたいと願う人々が出てくるようになるのだ』


『都市内での生活は、どこも不自由で狭く、ギリギリであったようだからな。旧日本国2都市ではまだマシであったようだが、制限が非常に多く、住民たちは強化調整体となれば壁の外に出れると強い希望を抱くようになる。都市機構側や連盟も、シティの壁や施設の耐用年数が残り少ないことからこの動きに同調。ここから人類は一気に、壁の外に出るということを目標と定め、行動していくようになる』


『こうした動きの中で生まれたのが、既存の人類から能力も姿もほぼ変わらず、耐性のみを高めたヒト族の元となった人々だ。無難極まりない形となったのは、最終的に恐らく投票のみで決められたからであろう。元と大きく変わらぬ姿で壁の外に暮らせればそれで良い、という願望が籠められているとも思えなくも無いが、一般市民にとって壁の外の世界がどういうものかがあまり広まっていなかったのも原因の一つに違いない。更に市民達の外界に出たいという運動が次第に加速していき、旧日本国の第2第3シティ以外では抑えが効かなくなってきた、というのもあっただろう。暴動まで発展し、悠長に開発する時間が無くなってしまったのだと考えられる』


 ここで虎丸が再度口を挟む。


『ん? 旧日本国のシティ以外って、その2つのシティはどうなった?』


 答えたのはハークであった。


『第2第3シティでは他とは全く違う歴史を刻む。比較的余裕を保っていたこの2都市では、暴動も無く、市民に急かされることも少なく、住民の大半が壁の外に進出して破棄が決定される都市の数が増える中、長い期間を経て徹底的に研究し尽くされた全く新しい肉体をラボが開発したんだ。非常に強い耐性を持つがゆえに病気に罹らず、毒も効きにくく、寿命も長く、視覚、嗅覚、聴覚、触角、味覚の五感全てに優れた肉体を。……まァ、やり過ぎて耳はこのように大きくなってしまったがな』


 ハークは自身の耳を指差してから続ける。


『というか、聴覚は耳が物理的に大きくなくては、集音能力など上がるものでもないがな。更に、巨大で基本身体能力が高い魔物に対して、人間の身体で正面切って戦わなくとも良いように魔法使用の適性も限界まで引き上げた。それが、儂らエルフ族であったのだよ』


 彼の声は、幾分感慨深げでさえあった。




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