552 ジャパニーズ②
一際大きい驚愕を表す、エルザルドは宥めるかのように語る。
『そんなに驚かなくとも良かろう、虎丸殿。我とて幼き頃はある』
『それはそうだが、エルザルドの最初の友も人間であったのか……』
『ふぅむ。それを聞くと、我と虎丸殿はどこか似ておるかも知れんの』
『そうか?』
『こうして今も同じ人物に心酔しておるのが何よりの証拠だよ』
『なるほど。確かに』
納得した様子の虎丸を尻目に、ハークは本題の進捗を促す。
『それで? どのような人物だったのだ?』
『彼との出会いは、彼が我と生活を共にしていた当時最強のドラゴンを倒した次の瞬間だ』
『何!? ではその
『判らん。我もその時は誕生して数年程度であったからな。知能も低かった。ただ、共に生活していたドラゴンは、我を育てるつもりであったのだろうな』
『当時最強のドラゴンだったのだろう? 良く倒せたな。矢張り、その人物は相当な実力者であったのか?』
『当時最強、と言っても、まだ魔族もドラゴンも発生して間もない頃だ。スモールからミドルにサイズが変わるくらいであったろう。ただ、彼が当時の『マインナーズ』で間違いなく頂点の実力者であったのは確かだと記憶している。ランキング10位というのは、彼が未だ学生の身分であり、学業と両立した上での成績だったようでな。よくボヤいていたよ、出席日数がギリギリだと』
『マインナーズとして活動できる時間に限りがあったということか。どっかの誰かさんに似てるッスね』
そう言って、虎丸はハークを見る。
『儂か?』
『具体的には半年前くらいの、ッスね。まぁ、出席日数ギリギリじゃあ両立しているとは言えないッスけど』
『虎丸殿は手厳しいな。彼は出会った当時、マインナーズとして『ダイゴ』と名乗っていたが、我と共に生活していたドラゴンを倒して酷く後悔をしたらしい。恐らく、先のハーク殿のように我の肉親を退治してしまったと思ったのだろう。彼は我を保護し、手厚く育ててくれた。少し成長してからは共に狩りも行ったおかげで言葉も操れるようになったよ。無論、教えてくれたのはダイゴと彼の仲間だ。だから彼に我の肉親を殺したかも知れないと伝えられても、特に感謝しかなかった』
『だからエルザルドは、最初から人間種に理解があったのか。近年では人間種とは交流は全く無いと初めて聞いた際には不思議に思ったものだ。しかし、本当に感謝しかなかったのか?』
『ご主人、オイラたちみたいな魔獣や魔物には、人間種の言う肉親の情ってヤツはほとんど無いッス。実際のところ、恩だとか仲間意識だとかの繋がりの方が重要ッス』
ハークの脳裏に、エルザルドのことでキレまくっていたガナハのことが思い浮かぶ。
『成程な。納得したよ』
『大体からして、ダイゴに討伐されたドラゴン自体がかなりの数のマインナーズを殺しておったらしいからな。それで実力者の彼の元に依頼が回ってきたようだ。弱肉強食という論理に於いては仕方が無いとも言える』
『しかしマインナーズの方は、魔族と同じく命を失った訳ではないのだろう?』
そう訊いたのは虎丸である。
『そうだな。マインナーズは、魔族が使っていたアストラル体放出遠隔固定機を使い、普段は壁の内側、シティ内部で生活をしながら、仕事時には魂を外部の強化肉体に移し活躍していた。いいや、魔族どもがマインナーズの使っていたアストラル体放出遠隔固定機などの技術をそのまま流用している、というのが正しい表現だな。なので、虎丸殿の言う通りに厳密な意味での死は回避可能だ』
『厳密な死? 死は死だろう。それとも最大3回でマインナーズとしての死を迎えることを言っているのか?』
『そうは言っても、1回でもやられてしまうと復帰しても手足の麻痺などの後遺症が現れ、かなりの違和感を抱えることになるらしい。更に、痛覚も抑制されているとはいえ、生きたまま喰われる体験は味わうことになるからな。一度の敗北で心を病み、引退する者も多いとダイゴから聞いたよ』
『想像するほど気楽ではない、か』
ハークもここで口、ではなく念話を挟む。
『でも、相手取ることを考えたら、釈然とはしないッスね!』
『うむ。虎丸殿がそう思うのも仕方ないことだろう。ただ、ダイゴは本当に、まだ弱い存在であった我に良くしてくれてな。先程言ったように、まだ学生であったので、昼は学校であったから基本的に我と共にいられたのは夜だけだったが、毎回隠れ場所を用意してくれて、昼間はそこから動かぬようよく言い含められたよ。ごく稀に彼の仲間が面倒を見てくれた時もあったな』
ハークも虎丸も、この時心の内で、自分たちの関係に似ていると思った。
エルザルドの話はなおも続く。
『この時の経験は、後にガナハの面倒を見た際に役に立ったよ。結局、我はダイゴが負けるところを見ることはただの一度も無かったが、ある時、彼は『CU第3シティ』内に発生したクーデターを阻止するため、マインナーズとしての強化調整体そのままで、仲間たちの協力もあって壁の内部への侵入をすることになった』
『『CU第3シティ』内で勃発した事変、クーデターは失敗したと聞いておる。つまりはエルザルドの友が見事に阻止してみせたということか』
ハークも歴史科の授業でそう教わった。ただし、その後に起こる大きな流れへの前触れとして。
『そうだ。しかし、代償はあった。クーデター側の首謀者の1人が最後の悪足掻きで、ダイゴの本来の肉体を殺してしまったのだ』
『何? つまりは本体を、か? となると、どうなってしまうんだ?』
『死した肉体に魂を戻すことはできん。本体を失ったダイゴはもう、眞榮城大吾郎には戻れなくなってしまった。ずっと強化調整体でしか、いられなくなってしまったのだ』
『イローウエルたち魔族が本体の老いた肉体ではなく、ずっとこちら側の若々しい魔族の身体に宿っていたのと同じようなものか。強化調整体とは、一体どのようなものなのだ?』
『マインナーズの強化調整体は、魔物との戦闘は勿論のこと、壁の外部の世界でも問題無く活動できるよう、特に汚染への強い対策がなされていた。ただし、元となる本体と全くの繋がりが無くては、アストラル体放出遠隔固定機であっても魂の受け皿とさせることはできん。そこで、本体の遺伝子をベースに、汚染に強い耐性を持つ複数の魔獣の要素を混ぜ込んだ』
ここで、ハークからも注釈が入る。
『魔物ではなく魔獣を選んだのは、魔獣の方が外来生物の寄生による変異率が少なかったからだろう』
『そうなんッスか?』
『ああ。どれもこれも、儂の記憶にある旧世界の生物たちに近く、強く面影を残しておるよ。今改めて考えれば、何が元となったかは一目瞭然だ。フォレストタイガー然り、ドレイクマンモス然り、グレートシルクモス然り。多少巨大化し、体色が変化した程度だ。それに比べて魔物は変化がデカすぎる。キマイラなど何が元だったのか想像がつかん程だ。比較的マシな魔物でも身体のあちこちに角やら爪やら牙やら身体の部位やらが追加されておるので、シルエットから別物だ。儂からすれば、魔獣は魔物に比べ『まだ、ちゃんとした地球の生物』といった印象だよ』
『なるほどッス』
少しだけ脱線した流れを、エルザルドが引き戻した。
『人間に魔獣の要素を多く取り込んだ強化調整体は、今の獣人族の姿に酷似していたよ。獣と人の割合や、表に出る種族的要素まで千差万別であるのも同様だった。ただし、ワレンシュタインのエヴァンジェリン殿のように、獣かヒトに偏り過ぎた容姿を持つ者はいなかったな』
『む? ではまさか……?』
『まァ、結論は最後まで待ってくれ虎丸殿。ダイゴの強化調整体は獣と人の割合が半々の、虎の要素が色濃く発現した姿で、身長は2メートルを優に超えていた。そんな肉体で壁の中のシティでマトモに生活などできる筈がない。姿が特異に過ぎるし、何より身体能力が強力過ぎる。そこで、クーデターを阻止した彼の働きに報いるため、シティの政府機関の強制依頼によって強化調整体の製作元である研究機関が総力を挙げ、ダイゴの肉体から魔獣の要素を一時的に抹消する措置を施した』
『何? じゃあライカンスロープの!?』
『そうだ。彼はライカンスロープ族の始祖に当たる人物だ』
『何だって!? では、ライカンスロープ族は日本人の遺伝子を受け継ぐ直系の子孫なのか!?』
『それだけではない。日本人は、全ての亜人種を生み出すことになる直接的な先祖であり、開発者でもあるのだよ』
『は!? 全ての亜人種って……。じゃあ、エルフ族も!?』
驚愕を成す術無く表に出す虎丸に対し、とどめの一言はハークからであった。
『そうだ。だからこそ彼らは最終的に儂が受け継ぐことになる、あの剛刀を所有していたのだよ。
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