551 ジャパニーズ




 ハークは、何故か懐かしい気持ちになり、にっと笑う。

 呼応するように、虎丸も口の端を持ち上げた。


『その姿ならバッチリじゃあないッスか! なんで戻らないなんて言うんッスか!?』


 虎丸の一言で、ハークの表情は先程の寂しげな微笑みへと戻る。そんな表情をさせることは虎丸の本意ではなかったが、聞かずにはいられなかった。


『ヴィラデルとシアの姿が、今見えるか、虎丸?』


『見えるッス。……え? アレレ?』


 虎丸は名の通り虎型の肉体のままで眼を擦る。

 その仕草が限りなく人間臭くてどうしても違和感を覚えてしまうのは、ハークの中に残された勝手な先入観がゆえだろう。まるで超絶リアルな着ぐるみを被った人間が、中にいるような感覚だ。

 表情が豊かになった気さえする虎丸が、ハークに真っ直ぐ顔を向けた。驚きに満ちた顔で。


『ヴィラデルの右足が……、治ってるッス。シアの右肩も、ボロボロだけど、右手までくっついているッス! 何でッスか? ご主人の記憶で見せてもらったものと全く違うッス!』


 虎丸の疑問を受け、ハークは何故か失敗の追求を受けたかのように顔を伏せ、視線を逸らした。


『そうだ。儂が治した』


『良いではないか、ハーク殿。ヴィラデル殿は気絶して意識を失う直前まで、シア殿に対してでき得る限りの最適な処置を施しておった。まぁ、あれでくっつくまではいかんが……。とはいえ可能性があるところまでは、あの状況でも何とか整えたのだ。奇跡的だと後に表現されるだろうが、全く理由の無い無茶な状況からでもない。それにヴィラデル殿の右足も、彼女自身が限界で、大分朦朧としておったからな。シア殿は全く知らぬ事実であるし、繋がっておっても自分が夢を見ていただけかと納得もできる。影響は少ないさ。反省する必要は無い』


『そういう問題ではないのだよ、エルザルド』


『反省? 何でご主人が反省しなきゃあいけないんッスか!?』


 納得がいかないようで、虎丸は詰問めいた詰め寄りをハークに行う。


『……確かにエルザルドが言うように、影響は少ない。片足と片腕がなかろうと、彼女らは儂の刀を見つけてくれるし、その後の行動も、我らが観測したものと全く同じ経緯を辿ってくれる。精々、スケリーたちの所に戻るのが1日遅れるくらいだし、ワレンシュタイン領まで到着すれば欠損も治療されるのだ。つまり儂のやった事は、ハッキリ言ってしまえば無駄に近い』


『無駄だって良いじゃあないッスか。傷ついた2人を見てられなかったんッスよね?』


『そうだ。だから、儂は甘い』


『甘い、ッスか?』


 虎丸は不思議そうな表情となる。ハークはそんな虎丸から視線を外して、太陽の光を受け青く輝く丸い地球へ眼差しを向けた。


『本当に美しいな、あの星は……』


 つられるように、虎丸も地球を見る。


『そうッスね。まるで暗闇に輝く宝石のようッス』


『そうだな。……虎丸よ、あの輝きは、永遠に続くと思うか?』


 虎丸は肯いた。

 何か、今の状態となってから虎丸の反応が幾分素直に感じる。融合した日毬の影響かも知れない。


『永遠に続くと思うッスよ。っていうか、永遠に続いて欲しいッス。』


『そうだな、儂もだよ。だが、残念ながらそうはいかないんだ。全てのものがやがては変化するように、あの輝きも決して永遠ではない。今から約40億年後には太陽の光度と表面積が増加し、海は完全に蒸発して青い輝きは失われ、地球は灼熱の星となる。太陽の、水素を始めとした貯蔵エネルギーが底をつき始めるのが原因だ。他は人類の力で凌ぐことも可能だが、こればかりはどう仕様も無い』


『40億年って……物凄~~~~~~~~く先の話じゃあないッスか。何とかならないんッスか?』


『人類の英知を結集しようとも無理だな。要は太陽のエネルギーとなる要素を補充してやればよいのだが、例えば同じ太陽系内にも木星や土星などに量としては多分に存在してはおるものの、全て移動させたとしても足しにはならん。何しろ太陽は、この太陽系の全質量の内、約99.9パーセントを占めているからな』


『残りは0.1パーセントッスか!? でも、ご主人なら何とかできるッスよね』


『……そうだな。既に滅んだ星系より残留した滞留物などをかき集めれば、幾らでも先延ばしにすることはできよう。だが、それはやってはいけないことなのだよ』


『どうしてッスか? 滅んだ星系なら、誰の迷惑にもならないッスよね? それともご主人がやった事がバレたりすると、何か不都合とかがあるんッスか?』


『いや、儂が手助けしたなどバレることはまずあり得ない。だが、観測によって、太陽の変化が止まっていることは明らかとなるだろう。原因は不明でもな。そうなれば、人類の変化も止まってしまう。地球から離れなければいけない理由が失われてしまうからだ。これは、人類が銀河系全体に進出する機会を奪ってしまうことになる』


『それは、いけないことなんッスか?』


『勿論だよ、虎丸殿。生息圏を広げることは、どんな種にとっても最善の策なのだ。多様性を広げ、全滅の危険を分散し、成長も促すことだろう。それによって生じる新たな違いが、諍いと争いの種になるとしてもだ』


『儂は戦争が人の業や、新しき時代への通過儀礼であるなどと認めてはおらぬがな。確かに技術面で大きな進歩をもたらした例もある。が、人個人の一生において一時の敗北や失敗が大きな学びとなってその後の人生に影響を及ぼすのと同じ理屈で、儂からすれば、戦争状態とは人類史に於いての敗北だ。今のところ発生する確率は52パーセントだな』


『……えっと、要するにご主人が万一余計な手助けをしちゃうと、人類の成長と、その後の進歩の機会が失われちゃうってことなんッスか?』


 虎丸の正確な理解に、ハークは彼女の確かな成長を感じて内心嬉しくも思う。


『うむ。正に有難迷惑、余計なお世話という奴さ。儂ら種族の先達たる方々の苦労が偲ばれるというものだ』


『ご主人の種族? エルフ族のご先祖様たちのことッスか?』


『そうさ。今の儂の心境だと、我らの遠い子孫・・・・たちとも思えてしまうな』


『え? え? どういうことッスか?』


『虎丸は、今の世界への儂とエルザルドとの考察はどこまで伝わっておる?』


『エッグシェルシティの成り立ちとエネルギー危機、オイラたち魔獣や魔物の由来と精霊の由来と正体ってとこッスかね。んで、『CU第3シティ』がドラゴンを始めとした魔物を発見して、人間達が『マインナーズ』を組織。現在のように魔物たちを狩ることで、その内部にある魔力の塊、魔石や魔晶石をエネルギー源として活用する術を世界中で共有するんッスよね。お人好しにも成果を無償で他のシティにまで発表して』


『よく憶えておったな。ちなみにその発表は同じ日本国である『CU第2シティ』だけ・・に伝えようとした可能性もあるがな』


『その確率は僅か14パーセント程度だがのう』


 エルザルドからの冷徹なツッコミに、ハークは顔をしかめる。


『ほとんど無いじゃあないッスか。あ、それで都市国家群は安定期に入るんッスけど、何か100年後くらいに事件が起こったんッスよね。ナントカっていう教団のせいで』


『エイル=ドラード教団だ。今も残るこの教団は、この1万年前当時、現在とは全く違う隠された裏の顔を持っていた。エイル=ドラード教団は元々、旧世界を半分ほど支配していた教えの一部宗派を元にして生まれたのだが、この当時は旧世界の支配者たちが失った権力と支配権を取り戻すための下地と、隠れ蓑としても機能していたんだ』


『旧世界の支配者たち? ……ってことは地球を一度破壊しかけた張本人たちじゃあないッスか!』


『その通りだ。当然、そんな奴らが表立って権力など握れる訳がない。無論、旧世界が滅びに向かったのは彼らだけの所為ではない。だが、彼らのみが防げた機会と手段は数多く有していたに違いなく、責任の大部分を背負うに足る立場ではあった、と言えるだろうな』


『待ってくださいッス! その時点で、旧世界が滅亡してからもう百数十年は経過してるッスよね!? 旧世界の支配者本人がまだ生きてたんッスか? その頃の人間ってそんなに長寿なんッスか?』


『勿論、次代に託して亡くなっていた者もいたが、多くは本人そのままであったようだ。この時代は延命処置の技術向上がなされており、資産と人員を所持していたままの彼らは他人の健康な部位を自らに移植させることで生き永らえていたんだ』


『何か、よく似た奴らをオイラたちも知っているッスね』


『ああ。規模こそ違うがどうやら『CU第3シティ』にもそういった輩がおったらしい。奴らはシティを牛耳るべく、まずは都市運営の要である『マインナーズ』の掌握に乗り出す。しかし『CU第3シティ』はこの時、奴らと敵対し、後のクーデターまで阻止する人物が現れるんだ。彼は当時、マインナーズランキング10位の人物であった』


『名は我が知っている。我が生涯初の友、眞榮城まえしろ大吾郎だいごろうだ』


『エルザルドの、初めての友!?』





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