550 龍斬刀




『……ちょっと待って欲しいッス、ご主人。ご主人とモログが先の戦いに……って』


『ああ。モログは残念ながら死んだ。魔族相手で、しかもあんなナノマシンを使用されては、相打ちにまで持ち込めたのが奇跡と言える』


 虎丸は一瞬沈痛そうな表情を浮かべる。

 こういった変化はハークにとって好ましいものだが、彼女が本当に聞きたかったこととは別だったらしく、頭を振る。


『そ、そっちじゃあないッス、ご主人。確かにモログのことは残念だし、ビックリしたッスけど、そっちじゃあなくて……』


『…………』


『ご主人、ッスか?』


『うむ』


 ハークはしばし無言となると、右手の人差し指で眼下の地球を、ある一点を指し示した。その場所は、虎丸にはすぐ解る。灰となった旧帝都の皇城と遺失技巧研究所とを繋ぐ直線状の一点だ。


『もうすぐヴィラデルと、そしてシアが眼を醒ます。彼女たちは苦労して、さっきまで儂らが戦っていた場所にまで到達する』


『オイラたちが戦っていた、あのホールッスか?』


『そうだ。そして2人は刀を見つける。儂の大切なあの刀をな。イローウエルからの波動光をまともに喰らった際に落としたんだ。床に転がる刀と、その周囲に大量に残る儂と虎丸の血痕。状況証拠は明らかだ。彼女たち2人は、ほぼ同時に1つの結論に達することだろう』


『モログと同じく、ご主人とオイラ達も敵と相打ちッスか? どこか別の場所で戦いを続けている、とは思わないッスかね?』


『こう言っては何だが、最初は期待を込めてそう思ってもくれることだろう。しかしすぐに都合の良い想像だと判断する。大量の血痕だけならばまだしも、ヴィラデルもシアも儂があの刀をとても大切にしていたと知っているからな。放置したまま姿を消すとは考えんよ』


『それは……、そうッスね』


 エルザルドがまた捕捉を始める。


『2人は悲しむ事であろうな。また、ヴィラデル殿は怒り、その怒りをテイゾー=サギムラへと存分に発揮することとなる。こうして人類、ひいては地球の幾度目か危機は回避される。2人は例の剛刀をモーデルへと持ち帰り、ハーク殿たちの死を報告することであろう。女王主催の元、英雄たちの葬儀が大々的に執り行われる。剛刀は亡骸の代わりを務め、ヴィラデル殿が弔辞で語る龍を斬った逸話によって、『龍斬刀』と名をつけられる。そして、女王以下数多くの臣下、多くの市民の望みにより、正式にエルフの森都アルトリーリアから譲り受け、王国の御神刀として大切に祀られることになる』


『ふ……。まるで天叢雲剣あめのむらくものつるぎに対する扱いのようだな。大仰に過ぎる』


『良いではないかね。実際にこの後も王国と人類の危機に幾度か使用され、役目を全うするのだから。霊験あらたかという訳だ』


『なぁに、御神刀にまで達するというのが解っていたら、実用一点張りではなく、僅かにでもいいから細部の意匠にでもこだわっておけば良かったと、今更ながらに後悔しているだけさ』


『何だ、そんな事かね』


 ここで虎丸が若干遠慮がちに訊く。


『ご主人は……それで良いんッスか?』


『良いさ。この姿となってしまったからな。もう振るうことはおろか、握りしめることもできん。あれは天青の太刀と違い、鋼の塊でしかないからな』


 ハークは今や龍人と化している。エルザルドが持っていた、成体以上に達した龍の特殊能力も全て受け継いだ。

 その内の1つに『武装解除アームブレイク』というものがある。触れている武装とみなされるもの、武器や防具全てを破壊し易くしてしまう能力だ。

 このスキルは習得すると常に稼働している状態にあるため、これがあるとものを装備するという概念自体が不可能となる。ただし龍族にとっては本来全く問題にならない。肉体を包む龍皮と龍麟は人間種が着用する鎧など比較対象にならないくらいの防御性能を持ち、爪や牙が剣などの通常武器の代わりを充分以上に務めてくれる。


 問題となるのはハークのような人型に生まれた龍、龍人だ。

 彼らは過去に複数体存在し、どれこれも苦労を経験している。

 ただし、天青の太刀を持つハークだけは別であった。


 天青の太刀はそもそも刀身に空龍ガナハ=フサキの牙を使用し、作成しているからだ。更にその他の部位、柄や鍔、鞘に至るまでハークが龍人へと変化した際に龍麟、龍皮に材料を差し替えて補強済みである。今のハークが全力で握りしめ、振るおうとも全く問題は無い。


『え、ええと、そっちも気になるッスけど、そっちだけじゃあないッス。……ご主人は、もうモーデル王国に帰らないつもりなんッスか……?』


『………………ああ、そうだ』


 ハークにしては長い沈黙の後、彼は肯定した。頭部全体を包む甲殻はただの兜でも仮面でもなく、内部に連動して稼働もするが、さすがに細かい表情までは判然としない。


『ご主人は、それで良いんッスか? だって、約束もしたじゃあないッスか、必ず帰るって』


 ハークは首を振る。横に。


『この姿となってしまったからな。さすがに帰れんよ』


『ご主人なら、元の姿にも戻れるんじゃあないッスか? 戻ってみて欲しいッス! オイラも戻るッスから!』


『……解った』


 虎丸の半ば必死な説得に、ハークは応じる。

 そしてハークは、己の内の内に循環する力を移動させていく。表面から魔力が失われていくのと同時に、カシャカシャカシャと今のハークの表面を包む龍麟の鎧が重なり合い、一つにまとまっていき下へと移動していく。

 まず頭部が、髪が顕わとなり、次いで顔面も顕わとなる。


 ハークは、虎丸の想像通り、少年の頃のハークを正統に成長させたかのような美青年となっていた。

 面影が強く残る顔で、彼は優しく、少しだけ寂しげに微笑んだ。

 龍麟はハークの手先も開放、そして首の下、胸元まで下がり物質変換を始める。ハークが先程まで身につけていた、エルフ族の特有の意匠を持つ服装が、青年時の身体に合うようサイズアップされて再現されていた。


 一方で、龍麟が余ったのか、籠手や天青の太刀の鞘など分厚くなっても困らない箇所が幾分か、目立たない程度に分厚くなっている。

 また、長い金髪を髷のようにまとめた髪結いが金属に似た硬質なものへと変化していた。

 更に腰元まで届くまとめられた髪の先端部にも、保護するかのようにカップ状の硬質な髪飾りが新たに括りつけられていた。


 次いで、ハークは先程の虎丸のように自身の周囲に極薄の防御障壁を構成させ、同時に更に更に内側へと、限界まで力の源を押し込んだ。それに伴い、ハークの身体が時を戻すかのように縮んでいく。

 顔も、あどけなさの残る少年のものへ……ではなく、幼児に近づいている。


『ご主人、戻し過ぎッス』


『ぬ? 難しいな。エルザルド、手伝ってくれ』


『承知した。……これくらいではないか?』


『あ、良い感じッス! これぞご主人ッス!』


 虎丸もそう言うと、自身の肉体を変化させていく、毛皮が彼女の身体を包み込み、猫背となり、四肢が変わり、特にくるぶしから先が異様に伸びていく。姿勢も変わり、人間種のヒト族そっくりだった彼女は、元の虎丸と化す。

 ただし、顔には隈取のような赤い毛が一部追加されており、他の場所にも、白と黒の虎柄の間に一部赤い線のような柄が追加されていた。更に、今まで彼女の飛行を支えていた浮世絵状の雲型噴射装置が、全て四足のつけ根へと移動していた。


 ここに、ハークと虎丸が元の姿に、多少付け加えられたものもあるものの、戻った。




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