第3話 後編

 



 黒い影が前に現れてから十日が過ぎた。こんなに間隔が空いたことはなかった。

 欲求不満と焦燥感で叫びだしたくなるような気持ちを抱えながら、ベッドに横たわる。

 暗闇の中で耳に神経を集中させる。

 あの音はまだか………、今日も来てくれないのか―――。




 びちゃっ……… びちゃっ………




 ああ……きた……やっときてくれた……この音よ、この音から始まる。すぐに私の意識は混濁しいく。冷気、いや霊気を感じる。そして足元からあのゴツゴツした手が這い上がってくる。



 まどろみと混濁した意識の中で、私は快感の完全な奴隷となる。体がとろけてしまうなんて生ぬるいものじゃない、快楽の速射砲で絶えず全身の細胞を撃ち抜かれているようだ。きっと私はまたヨダレをだらだらと垂れ流し、途方もなく淫らな表情をしているだろう。

 そんなことはどうでもいい、もっと欲しい、もっともっと犯して――。

 


 すさまじい快楽で失神しそうになるのを必死でこらえる。

 もっと味わっていたい―――。

 そのために意識をつなぎとめなければいけない―――。

 

 

 私の中だけにとどまれないほどに増幅された快感が、空間に向かいどこまでも飛んでいくようなこの感じ! 宇宙の果てにまでだって飛んでいける! 私を離れながらもその快楽の分子は私の掌握下にある。宇宙の隅々にまで私が広がり、私が宇宙の全てを満たす!

 

 

 ああ…もう死んでもいいとすら思えるこの感じ! 死んでもいいとす―――



            ■



「でもびっくりよねえ、毎日物騒な事件ばかりだけど、まさか職場の人間が事件に巻き込まれるなんて」


「犯人、彼女の部屋の前の住人なんだって!鍵そのまま使って待ち伏せしてらしいよ。週刊誌に詳しく出てた。クロロホルムみたいなのを床に撒いて意識を混濁させて失神させた後、覚せい剤を使って散々に犯してたらしい。

 でも、ほらよく言うじゃない クスリを使ったセックスの快感ってすごいって」


「短期間で高濃度の覚せい剤を使ったショック死なんでしょ? 自分の知らない間に覚せい剤を使われて中毒なんてヤダなあ。

 彼女どことなく最近変だったもんね。なんか仕事中急にぼーっとしてたり、変になんか色気を出してたような気もする」


「うんうん、スカートも短くなったし、メイクも急に変わったよね」


「とんでもない快楽を味わいながら死んだってことかあ。死ぬほど気持ちよかったのかなあ。でもほんとに死んじゃったらだめだよねぇ」


「怖い怖い、戸締りはしっかりして、引っ越したときは鍵を必ず変えてもらわないとね。

 さぁごはん食べにいこ! 今日はどの店にする?」




                            


                       (了)










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淫夢と霊とその実相 雨月 @ugetu0902

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