第2話 中編
朝、目覚めたとき、横たわりながら全身を爽快感が包んでいるのを感じた。なんだろう? それと同時に昨夜のことを思い出した。
下着の中に手を入れてみる。性交のあとがうかがえた。夢ではなかったのか。だが現実というなら説明がつかない。
霊に犯されたという話を聞いたことがある。その性交で得る快楽の度合いは生身の人間によるものとは比較にならないとも。そういうものを体験したのか。いや、馬鹿馬鹿しい。淫夢のようなものだったのだろう。原因のわからない爽快感に包まれながらコーヒーと食パンだけの朝食をとり、身支度を整えた。
駅までの道でまたあのガードレールに手向けられている花を見た。花が昨日とは違ったように見えた。私は何か得たいの知れないものを引き寄せてしまったのか。我知らずのうちに歩調が速まった。何かから逃れたかったのか―――。
―――その夜から1週間ほどは何事もなかった。
だが、また眠りにつこうとする頃、あの音がした。
びちゃっ……、と。
身構えたい気持ちとは裏腹に急速に意識が混濁していく。
そして、私は本当は期待している。あの時のような快楽が訪れることを。
得たいの知れないモノにもたらされる快楽でさえ期待し、貪ろうとするほど私は淫らな女なのだろう。身構えたいなどいうのはうそだ。それを認めると恐怖感はもうなかった。
思う存分、私を犯してほしい。めちゃくちゃに感じさせて――。
願いを聞き届けたかのようにまた足元から手が這い上がってくる。
それだけで、その時点で、私はどうしようもなく濡れていた――。
―――それから男、いやその黒い影は不定期に私を訪れ、犯していく。
はじめの出現から一ヶ月ほども経った頃には、そう、私はすっかり待ちわびるようになっていた。霊でもなんでもいい、あの快楽を味わえるなら――。
しかし、最近、不思議な自分でも説明のつかない体調の変化に悩まされてもいた。
全身の感覚が研ぎ澄まされていながら、けだるい倦怠感があり、それでいて、いつも焦燥感に囚われているような。
今までに感じたことのないものだった。インターネットでオカルト話を拾うと、霊との情事は次第に命をけずられいくというものがあった。それならそれでかまわない。長生きしたくなるような人生でも国でもないだろう。
朝、起きるたびに思う。
今夜は来てくれるだろうか、来てほしい―――。
そんなことを思いながら出社した。
―――昼休み、男性社員は出払っていることが多い。そんな時の女性同士の会話は遠慮がない。
「ええっ!うらやましい 私のとこなんてすぐ終わっちゃうのに」
「でも、あんまりしつこいのもねえ」
「適度な時間と回数よねえ」
「あはは、たしかに!」
必要以上に嬌声をあげているのは私やその他の男にモテそうにない彼氏もいそうにない者に聞かせるためだろう。本を読みながら弁当を食べている私にも視線が注がれるのがわかる。彼女たちは正社員だ。女としても社会人としても、あなたたちより勝っていると誇示したいのだ。
この手の事なら子供の頃から慣れている。女はいつだって女として優位にいることを女として劣る者に突きつけたがる。いくつになっても変わらない。
心に波風はたたなかった。だが、不意に普段は持たないような攻撃性が頭の中をもたげた。この弁当をつついているハシをこの女どもの目に次々と突き刺してやったらどんな顔をするだろう。眼球にハシがささったまま狂ったように逃げ惑うんだろうか、そんな妄想が浮かんだ。そして本を読んでいる体なのをいいことにクスっと微笑んだ………。
そして攻撃性をとりなす様に心の中でつぶやいた。あんたたちは本当の快楽を知らない。肉体だけでは本当の快楽を得られない。肉体を超えた幽体とでもいうのか、魂の領域でもたらされる快楽こそが至高だ―――。
あんたたちが喜んでいるような生身の男など、もういらない―――と。
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